もう新情報はありません
「こうして会うのは初めまして、かな。鋼光のお嬢さん。君の所のトップのせいでこちらは大層迷惑しているよ」
「そっちの悪名は良く聞いとるで、うちの国の自衛隊員殺しまくっといてその言い草できるあたり流石やわ。人類の9割を見殺しにするだけのことはあるやん、『革新派』さん」
スペースイグニッション社の社長、スペース社長の後ろで黒服は会話を聞きながら細くため息を吐く。最奥に存在するイベント用のホール。その上階席は展示会の他建物と同じく地味な、塗装だけされた床に豪華とは微妙に言いにくい家具たちが並べられている。全て防弾性の、見た目よりも実用性を重視したものだ。世界の宇宙開発を牛耳る人間に対して余りにも粗雑な対応。
つまり彼らは言い換えれば今日ここでコトを起こすと宣言しているのだ。このまともな対応をしないのも今日破壊しつくされるから関係ない、という意思表示。彼らの関係者に配られたパンフレットはそれぞれ別の逃走経路が描かれた地図が渡されている。だからスペース社長はここにきていた。
「剛毅やな、分かっててわざわざ来るなんて」
「逆でしょう、私が死ねば未来が終わる。あなたは私が死なないように立ち回る必要がある」
部屋には7人の人間がいた。スペース社長と護衛5人。そして紅葉一人。護衛5人は一見純正の人間に見えるが右腕が微妙に膨れ上がっていたり喉元に金属の輝きが見えたりと明らかに一般の人間ではない。だがその護衛5人全員が胃を痛くしていた。紅葉は変わらずため口で気安く話しかける。護衛も無しに。
つまり自身がスペース社長と同格であると示すと共に護衛全員相手にしてもなお勝てる、という意思表示でもある。現実問題、改造人間についての技術は『教団』が圧倒的に上回っている。数で勝っており能力者や薄いパワードスーツを着込んだ兵を用意してなお実際の勝率は測れないというのがスペース社長の予想であった。そしてそれは当たっている。
補助脳の引継ぎにより人工的に『同期』した紅葉は万一に備え常に自身の体を最高の状態に置換し続けていた。15年間のトライ&エラーを参考にすることにより生身の肉体の損失無く戦闘能力を上げ続けている。
「選手の皆様ありがとうございました! 解説の長喋先生、彼らについてはどう思われますか?」
「名前は酷いものの幾つものアクションゲームにて実績を残している強豪選手ですね。名前とは真逆の速攻で敵を倒す『Qu
「今回は協力可ですから信頼関係を初めから築けているのは非常に有利です。続きましては登録者100万人を突破した有名美少女配信者、
睨みあう二人の向こうでは遂に始まり出したバトルロワイヤルのプレイヤー紹介が始まっていた。会場が沸くが紅葉たちの視界の下に人はほとんどいない。一般人の被害を避けつつエンタメの体を遺す為にスピーカーから歓声だけが流れていた。
その間も紅葉とスペース社長の視線が途切れることはない。スペース社長は問いかける。
「それで、次の手として君は何を打つのかな?」
「次の手?」
「そうだ。君たちは常に身を張った奇策を使ってしがみついている。ならば次があるのだろう?」
探るような沈黙が続く。重い空気の横で
「さあ続きましては我らがオレンジ選手! 予言者という名で知られ世界経済を揺るがし有力者を続々失脚させている恐るべき男、しかしその実態はマスクの下に隠されている! 本大会優勝最有力候補の男、遂に登場です! オレンジ選手、ひとことお願いします」
「えー」
本当に威厳のない姿であった。ただの一般人のようでそれでいて世界に多大な影響を与える人間。嵐の中心と言う表現が正しいのだろう、何といったって中心は外より遥かに静かだ。そんな彼を見ながら紅葉は「消化試合やな」と返す。頭の上に?を浮かべるスペース社長にどうでもいいことのように紅葉は言った。
「もう勝ちは見えてんねん。あとはそちらを脅迫する材料を用意して『焦耗戦争』を終わらせればええ」
「勝ち? この一連の出来事に勝ちなどあるものですか、必ず多くの人が犠牲になる」
「流石にわかっとるやろ、うちらが2040年以内に終わらせると言っている意味が」
「あれは『SOD』を焚きつける偽装情報では? 君たちの手法は2050年までに終わらせようとするものだ、『逆潜』を利用して本来あり得ない兵力を展開して『UYK』を叩く。ただしその背後にあるのは『UYK』の抵抗だ、大地そのものが暴れれば星は終わる」
だから自身の宇宙に逃げる案も鋼光社の提案する案も大差ない。そう暗に言うスペース社長に紅葉は大きくため息をついた。その後ろではようやく思考を纏めたらしいオレンジがマイクを口元に近づける。
「何回同じ説明をすればええんやろうなぁ。本質的にはもうどんでん返しも衝撃の新情報もない。鋼光社と予言者はさっき言った二つ以外の鍵を揃えた。あとは淡々と、作業の如く全ては2040年の6月までに終わる」
「何……?」
「既存の計画に頭をとらわれ過ぎや。ハッピーエンドにたどり着くにはそれだけでいい。それ以上はいらへん」
背後でオレンジの言葉が流れる。それを聞いて紅葉は決めセリフを吐こうとしたが、最後の最後で言葉が止まる。勘次はいつもそうだ、必ず斜め下の方向に飛び込んで行く。
「引っ搔き回しますのでよろしくお願いいたします」
「らしいぞ?」
「……新情報あるみたいやね」
予言者を祭り上げている以上、鋼光社はオレンジの一挙手一投足を無視できず、それが本物の予言であるように裏から手を回さなければならない。ただの馬鹿を神輿に担いだが故の苦悩が遂に最大値まで高まろうとしていた。何故なら今日一日は、オレンジが生身かつリアルタイムで事件の中心にいるのだから。
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