3-2章『Ver3.00』無限地平線攻略篇:深界潜航

カナといっしょ

 5月28日。気が付けば新技術展示会は3日目となりもう閉会の日だ。展示会にしては余りにも早すぎだ。これが費用の問題なのか、それとも別の目的があるのかは俺には分からないがいずれにせよバトロワには出なければいけない。薬を2錠飲んだ上で俺はホテルを出る。



 あれから『HAO』についての確認の為にレイナと紅葉にメッセージを送ったところ紅葉からは「終わってからな! 新技術展示会終わってから!」と、レイナからは「だいたいそれで合ってるよ、詳細は紅葉に聞くと良いよ、説明上手いし」と返事が来ていた。そのため完全に紅葉待ちの状態である。



 しかしこうやって本人たちから確認を取れるとちょっと動揺してしまう。紅葉の告白だとかレイナのキスだとかが真実だったのか――と顔を赤らめるより早く同時に昨日の顛末を思い出し暗い顔になってしまった。



「『HAO』解説のんびり動画の時間だぜ。早速昨日起きた事件を説明してくれマリー」


「了解だぜイムー。まず昨日、遂に無限地平線攻略作戦が実施されたわけだが結果としてほぼ壊滅で終わってしまった。一部NPCのナカモト率いる部隊は生存し撤退しながらサンプルの確保を行っているようで、これはまだ配信をやっているみたいだぜ。そして今回の件で分かったことがいくつかある」


「というと?」


「まずアップデートが行われなかった点だ。今までは情報がある程度開示されるたびに行われてきたのに今回はほとんどない」


「確かにそうだな。しかも今Verについては機密の漏洩報告が余りない。一時期盛んになったオレンジなりすましも鳴りを潜めたしオレンジ自身の配信でも今回はそんなことをしなかった。訴訟を警戒しての事ではないかと言われていたな」


「事実は分からないが一般への情報漏洩がほぼないというのが一つ。次に無限地平線の中核地点が判明したことだぜ。これはアメリカサーバーのNPC情報らしいんだがラスボスの脳はオホーツク海の中心にあるらしい。そういえば聞き覚えのあるニュースはないか?」


「あるぜ。オホーツク海の1点に10を超える輸送船が集まっているという話だったな。中には銃器専門の会社の名前もあって何故あんな場所で止まっているのかと一部で話題になっていたんだぜ」



 端末から動画の音声が流れ出すのを止める。そうだ、現実なのだ。仕組み的にはあのテオも『海月』もどちらも必ず消えるらしいとはいっても納得できるものではない。もしそうなら寿命で死ぬ人間は全員笑顔で送られることになるだろう、どうしようにもないから。でもそうではないのだ。……あれ、そういえば渡した資料に不老化ってあったはずだからそもそもこの例えが成立しなくなるのか、何やってんだ俺。端末を閉じると合流予定だった少女がいつの間にか俺の前にいた。



「まずはホテルでお母様と合流ですね」



 そう笑顔で語り掛けてくるのはカナだ。今日は動きやすそうな長ズボンと黒のジャージといった服装だ。俺の手を握りながら楽しそうにしている彼女もまたこの現象の一部なのだろうか。そう思って聞いてみるとあっさりと答えが返ってきた。



「ここを触ってみてください。今は小さいですがこれから急速に耳が大きくなるのでお母様のように帽子か何かで対策をする必要があります」



 カナの頭をかき分けると髪色に混じり分かりにくかったがかなり小さな耳がぺたりと畳まれて隠されているのがわかる。俺が分かりにくいと思ったのだろうか、ピコピコと自己主張を始めた耳は白銀の、しかし若干金属のような光沢がある毛が生えていた。つまり、獣人だ。



 本当にいたのかという衝撃と納得。そして何気なくレイナのイキった中学生みたいな発言が全て真実であることが明らかになってしまった。確かに獣人だったら爆発物とかでも耐えられるわ、内心で馬鹿にしてごめんレイナ……。



 同時に気になる事が出てくる。彼女が『同期』でその幼い体に見合わぬ知識を持っていることはテオから聞いた。……それはどんな気分なのだろうか。見捨てられた、破棄された未来の自分の記憶を持つというのは。



「次こそは。それだけですね」



 だが答えは極めてシンプルだった。カナの表情は柔らかなままで負の感情を抱えている様子もない。むしろ手を握ってからは機嫌が上り調子である。納得しない様子の俺を見て言葉が足りませんでしたね、とカナは言葉を続けた。



「私としては攻略サイトを閲覧している気分なんです。それに研究所出身ですから明日生きてるか分からないなんて慣れっこで、だからお義父様が変な事をして攻略サイトと全く異なる世界が出力されていくのを見ると何というか、興奮するんですよ」


「なんだか特殊すぎて参考にならない話だな……。そういや『同期』って毎回やっているのか?」


「やってますよ、今回分の『同期』は昨日の午前中に終わらせました。その情報の中でお義父様がメイドロボに目移りしたという情報があったのですがお二人に伝えておきますね」


「なんでだよ! もっと伝えることあるだろ!」


「冗談です。お義母様もログを見て自分の見当違いに顔を真っ赤にされてましたから」



 メイドロボ、カッコいいから導入させてくれよ。あと流石に思い寄せてきている相手いる状態でそんなことしないに決まってるだろ! 話によるとメイドロボを18禁目的で使ってた人多いらしいけどさ。すこし陰鬱さの薄まった俺を見てからかうようにカナが目を薄くする。



「でもそうやって理解できるようになったということはやはりあの薬が有効だったみたいですね」


「騙されて飲まされたやつな、まあお陰で大分思考が戻ってきた感覚がある。なんでゲームが現実ではないという考えをあれだけ固定してしまったのか……」


「お義父様は素で頭が残念なのでそれに『同期現象』が重なれば仕方ないかと」


「言ったなコノヤロ!」



 キャーと言いながら逃げ出すカナをとっちめるべく勢いよく走り出す。周囲に人がいなかったからこそ全力疾走をするも全く追い付く様子がない。明らかに異常な速度にぜえぜえ言いながら付いていくとふとしたところでカナはピタリと止まった。何事かと思いながら近づくと声が聞こえる。それは新技術展示会の会場周辺で起きていた。メガホンから鳴らされる質の悪い大音量の声が響き渡る。



「日本近海での兵器取引を中止せよ!」

「義体技術の軍事転用に反対!」

「現オホーツク海に鋼光社、そして銃を製造輸出しているホライゾン社の船が集結している! 不老化技術を海外に流失させた国賊が今度はテロの武装を国内に持ち込もうとしているのだ!」



 思想の強い声が響き渡っている。向こうをよく見るとなにやらプラカードを掲げた集団が立ち並んで声を張り上げているのが辛うじて見える。そういえば何かあったなと思い出して『オホーツク海 鋼光』と打ち込むとそこそこの数の画像がヒットした。軍事企業を複数含んだ輸送船が集結し1日以上その場にとどまっている、ただし昨日の夜に位置をある程度変えたとの事だ。


 カナは自身の手元にある端末と叫んでいるデモ参加者の顔を見比べている。そして笑顔で言った。


「よし、大丈夫ですね。ではお義母様と合流しましょう」


 何が大丈夫だったんだおい。今ちらっと端末に「『SOD』と連絡を取り合っていた痕跡あり、武装などは保有せず」とか書かれてたんですが。

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