いっぱいいるとたのしいね

 これは巨大ロボットに含んでいいのか? モンスターという方が正しいだろこれ、と立ち上がった融合型Apollyonを見つめる。10秒もしないうちに全身に部品と呼ばれていた金属部品が行き渡りそれは立ち上がった。コクピットのパネルがその機体を青色の信号で仲間だと示してくる。



 融合型Apollyonは奇妙な位にスタンダードな姿を装っていた。灰色の、本当に無改造の量産型Apollyonを巨大化させた見た目。だが剥がれた装甲の隙間から覗く機械獣を刻みつなぎ合わせたそれらがこの融合型Apollyonがまともなものではないことを雄弁に物語っていた。そんな中SoundOnlyの表示と共に少し掠れたテオの声が聞こえる。



『聞こえるか勘次、オレだ、起動に成功した。そして悲しいお知らせだ』


「早速かよ」


『レーダーで確認したんだが現在追加で4体の分裂体が俺たちを囲むように動き出している。増援を待つ暇は無し、さっき言ってた作戦で行くぜ』


「融合型なら勝てるんじゃないか?」


「こいつ含めて5体を相手にするのは絶対に無理だな。消耗は勿論の事、生存者が少なすぎる。まともに陣形を組みなおすより俺達だけでも飛んだ方が可能性がある」



 いや更に4体も来てるのかよ。そら勝てるわけない、最速で中心を目指したほうがいいだろう。あと一応他にも生存者いるのは良かったが、と思いながら17式を見る。奴は動かない。



 何故動かない。というかそもそも融合型Apollyonはどうして生き残っている? 機械獣どもの餌になりかねないのに昔のまま現存していたのか。そんな都合の良いことがあるのか、分裂体の死骸があると近寄らないとか言う話があったがそれは17式には適応されないはずで今俺たちが見ているべきなのは捕食され尽くした融合型Apollyonなのではなかろうか。



 嫌な予感がする。数十メートルはあるだろう融合型Apollyonの、未だに液体金属の走る足に向かってそのまま走り出すが、やはり17式は動かず赤熱した砲台を融合型に向けて沈黙している。これは迷っているのか。何を迷うことがあるのだ、融合型Apollyonは明確な敵だろうに。



「オレンジ、こっちだ!」



 いつの間にか融合型の腰当たりに掴まっていた『海月』がこちらに手招きする。その声と液体金属の蠢く音、『ファルシュブルー』の歩行音以外何もない、奇妙な空間を進み融合型の足元にたどり着く。足元に来てみると分かるが親と子供なんてものじゃない。あれだけ大きく見えた量産型Apollyonがただの小人に見えるような、そんな大きさ。足に触ると融合型Apollyonの巨大な装甲の隙間から金属の触手が現れ『ファルシュブルー』を包み込む。その金属たちを見て思いだす、ああこれ『UYK』の狩りの時の触手と全く同じだと。



 ただしこの触手は俺を狩るためではなく守るためらしく、視界をわずかに残し『ファルシュブルー』は完全に融合型Apollyonに固定された。視界を伸ばすと触手が歪み溶け、レイナがやったように規格品の金属装甲が生みだされる。それと同時に融合型Apollyonの手からも金属が流れ出す。それは重力に従わず上下に波打ちながら広がり触手が骨格となって即席の装甲板が生み出されていた。



「いくぜ、勘次」


「ちょっと待ておかしいぞ。何故こいつは攻撃しない。さっきまで敵だった俺を見てもスルー、武装を展開しても警戒するだけだ」


「詐欺師のゲーマーは黙っていろ。この世界を生き抜いた私たちが太鼓判を押す、大丈夫だから早くしろ」


「ひっどい言い草! でもその通り!」

 


 コクピットの中、限られた視界以外暗く染まった空間で沈黙する。はいその通りらしいですね、知らんけど。とはいっても言い出しっぺなのに強く手のひらを返すのもなんだかなぁ、と思って口を塞いでしまう。くぐもった、しかし少し興奮した様子のテオの声だけが響き、装甲の隙間から融合型Apollyonの盾が17式に殴り掛かるのが見える。



 その瞬間、先ほどまでの沈黙が何だったのかという勢いで17式は砲台を煌かせる。背後に大量の白煙をまき散らし、耳を砕かんばかりの砲撃音が鳴り響く。そしてそれを理解していたテオは盾の中心に砲撃を捉え叫ぶ。



「MNB全開……!」



 全身が加速に包まれ壁に思いっきり頭を打ち付ける。遅れて体が着弾後の起爆音の存在を理解し、隙間から見える視界が無限に回転し続けるのを見て成功したと理解する。



 ……成功なのか? そう思う思考はぐるぐる回る世界によりVR酔いを起こしそうになり中断される。唯一固定されている配信のコメント欄を見て俺は酔いを止めようとする。



『女の子の声聞かせろミュートだめだって』

『フライング核アウェイ成功!』

『グロいんでチャンネル登録解除しました』

『オレンジ触手プレイ中って聞いて飛んできました』

『数十秒でトレンドワード入りおめでとうございます!「オレンジ」「配信」「触手」の3つが入ってます! 』



 最後の2行で思わず酔いが覚める。急速にログアウトしたくなってきた、このアカウントの事レイナも紅葉も知ってるんだぞおい。明日から触手プレイの勘次君って言われるのだけはいやだぞ。



 そうやってなんか60万人近く集まっている同時接続数をすげー、と他人事のように眺めているうちに回転が止まり壁に叩きつけられる回数が減り始める。少しダメージを受けたようで血が頭から流れ出していたが行動には問題なさそうなのでセーフ。BANされるかもしれないけど融合型よりはグロくないから許されるはず。



 回転が止まり出すと幾度かの砲撃音と共に大きな荷重が体に加わる。レーダーを見るとかなり乱雑で酷い精度になっているものの方向転換を行えているようだ。



 目的地、無限地平線の中心部へと。



「――ああ、そういうことか。オレ達の未来は広がったように見えていただけだったんだな」



 次第に降下の衝撃が体に襲い来る中、テオがそう叫ぶ。落下を邪魔する者は何もない。前回と同じ加速と、MNBによる衝撃吸収。2回目ともなれば感慨もクソもないな、と思いながら装甲を破り、そして俺は真実を見た。



 17式が攻撃をせず警戒のみをするわけだ。機械獣も分裂体もこいつを襲わないわけだ。そんなことをする命知らずなどいるわけがない。



 灰色の大地には無数の切れ目が出来ておりその隙間から触手がびっしりと蠢いている。だがそれすらも飾りだ。奴らは考えた。融合型という脅威と、それにどう対処するかをたった10年にも満たない期間で。どうやって人類の攻撃から身を守るのか。どうやって2055年の作戦を失敗させるのか。



「こちらCCSHW部隊隊長、右斜め前異常なし。異常なし。異常なし。問題はありません記録はすべて削除され」

「皆さまおはようございます。本日の天気を爆撃が相次ぐ美しい曇り空は人類。プロパティを表示してポイント3倍の内臓移植手術がなんと20%日本製!」

「金属は六足歩行の直射日光に当たるところに置かないで下さい」



 通信が混線し続けありもしない人間のつなぎ合わせた声が壊れた災害用ラジオのように流れ続ける。無数の電波に阻害され本来もう表示できないはずのマップはでたらめな海域の中心を示し続けている。そしてその根源である彼らは居た。



 俺たちを取り囲む数百体の、40メートルほどの人影。見覚えのある特徴の無い形状に特徴の無い武装。ああ、だから17式は俺たちをむやみに攻撃せず、また他の分裂体がやってきていたんだ。あれは助けなんだ。捕食者である『UYK』の尖兵を刺激しないよう警戒し続けて、他の分裂体の助けを祈り続けていたんだ。だから攻撃、ましてや捕食などするわけがなかったんだ。恐ろしすぎるから。



 どすん、という足音が幾重にも鳴り響く。人類の希望であったはずの融合型Apollyon、それが数百体、俺達に向かって歩みだしていた。己の主を害するものは一切合切殲滅するために。『UYK』の討伐確率は7%超え、つまり相当まで人類は敵を追い詰めた。だからこそその土壇場に『UYK』は進化を遂げたのだろう。融合型なら自分でも作れるんじゃないかと。それを見てテオの笑い声と『海月』の申し訳なさそうな声が雑音を割って聞こえてくる。


「大成功だ! この作戦行わなかったら次の周も無駄にしてたところだったぜ。ナイスだ勘次!」


「……詐欺師呼ばわりしてごめんなさい」


え、ここ絶望するところじゃない?

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