狙撃戦

 戦力を確認する。こちらはレイナ、紅葉、俺、裏色先輩。眼鏡先輩は未だに到着していない。一方相手はグレイグしか見えない。銃弾のサイズからして背後にいるのは砲台とかではなくスナイパーの類。当然Apollyonでもない。



「OK,『教団』の皆が他の護衛と交戦中なんやな。……いい度胸やん、うちら相手に2人とは」


「それより仲本先生はどうした、あの人も巻き込んでいるのか?」



 レイナは俺の前に立ちながら後ろで2本指を立てる。グレイグの言葉はレイナ判定では真実のようだが、確かに初手があの一射だけであったことを考えれば妥当だ。あるいはスナイパーの居るところに誘い込むつもりなのかもしれないが首魁のグレイグがここにいる以上、餌の無い罠に価値はない。



 つまりこの二人で全員殺せるつもりなのだ、本気で。



「仲本さんか、散歩に行きはったで。彼女と敵対するのは忍びないってな」



 紅葉がそう言いながら俺を突き飛ばす。改造人間としての力で3メートルは吹き飛ばされ、思わず文句を言おうとするものの背後を見て理解する。



「ここでオレンジを殺せば、状況が!」



 高熱が俺の後ろを駆け抜け空気と汚れた壁を纏めて赤熱、融解させる。その炎の大本は裏色先輩。……確かに変装云々言い出したのはこの人だった。つまり早い時点で裏切り者だったわけだ。そんなに金欲しい!? もしかしてこの世界でリボ払いでもしちゃったのかもしれない。なら仕方がないかもしれない、というかこのクソ借金システム早く滅びろよ。



 裏色先輩は決まったと思った攻撃を避けられ少し表情を歪ませ、そして裏切りを見ても納得の表情をしている俺達を見る。



「やっぱりバレてた……」


「バレバレやで先輩。相手が個人なら上手くいったんやろうけど、今までの相手とは規模と本気度が違うんや」


「まあ見せの要員としては適当か、仲本先輩を捕まえられているわけだし。『革新派』なんてものを見つけた時には流石に驚いたけどさ」


「そうそう、大人しくリボ払いを解約してください」


「どこからその結論が出てきたの!? くっそー、ここ最近振り回されっぱなしだし絶対ここで一発たたき出してやる!」


「同志だったのか。よし、こいつらを殺すぞ」



 自然に陣形が組まれる。グレイグさんの前にナイフを掲げたレイナが、裏色先輩の前に両手を向けた紅葉が。そして路地の、先ほど狙撃が来た方向に俺が。



 ……ん? これもしかして1人1キル必要なパターンなの?



 ◇



 もう一か月も前の話だ。対レイナ用にパワードスーツを買おうとしたときに言われた言葉。



『脳と連携させる関係上パワードスーツ付けるとAP操縦は出来ない仕様だよ』



 この言葉は真実だった。脳と連携するためのシステムが大きく違うため切り替えがメモリー的に不可能なのだ。特にApollyonという大量の外部情報を脳に変換して送らなければならないものであれば猶更。



 故に今回購入したものは全くの別物である。パワードスーツ側に補助脳が搭載された、Apollyon使いのための専用品。これが出来た理由がApollyonの普及に伴う需要増加らしいので実質俺のお陰と言ってもいい。嘘です、鋼光社様のお陰です。



 故に俺はApollyonを操縦できる状態でパワードスーツを着込める。しかしそこには一つ大きな弱点が存在した。ラグだ。



 本来はパワードスーツと脳の間をやり取りするだけなのに脳とパワードスーツ側の補助脳、そしてパワードスーツ、と情報を行き来しなければならない。そして狙撃戦というこの状況ではラグは余りにも致命的すぎたのだ。



 右腕に張り付いていた装甲が光と共に吹き飛ぶ。秘儀、AI殺しの技。チーターのオートエイムを外すために習得した謎ステップLv3を刻みながら何とか遮蔽に逃げ込むもの。相手の狙撃が余りにも正確すぎる。『狙撃VR』で体感したことのある嫌な感覚を受け咄嗟に身を回転させるとビルの壁ごと貫通した弾丸が俺の居たところに着弾、床を叩き潰した。



 いつもならもっと余裕を持って回避できていた。これは勘ではなく射撃間隔予測と狙いの先読みによるものだ。俺から視線を外しレイナ達を射撃しに行っていない。壁を打ち抜いて俺を殺そうとしており、その照準時間は上手いプレイヤーだと普段の1.7倍ほどである。……という気がする。知らんけど。



 さてどうするか。狙撃地点は走っているうちに確認できた。一番大きなスーパーっぽい建物の屋上である。が、今はともかく近づくたびに狙撃から着弾までの間隔は近づく。そしてこのラグにより回避することも不可能に近づいてゆくのだ。そう思っていると通信機から声が入った。聞いたことのあるようでない声が。



『……おい、聞こえてんのかオレンジ』


「あれ、何で変装してるのにわかるんだ?」


『知ってるも何もあんなクソみたいな動きをするのはお前くらいしかいないだろうが馬鹿野郎。チート対策とか言いながらそもそもチーターすらいないレベルの過疎ゲーでキモイ歩き方しやがってよ』


「あっ、思い出した!俺の歩き方にケチをつけるのが趣味の『☆スターナイト☆』だ!『VR狙撃』以来ですね!」


『20年前の名前で呼ぶな馬鹿野郎、死ね!』



 再び壁抜きした弾が飛んでくるが今度は余裕を持って躱す。しかし困った、この『☆スターナイト☆』君は単純な狙撃の精度はピカイチなのだ。彼と対戦した時の勝率なんて5割を超えれた覚えがない。『☆スターナイト☆』君は暗い、記憶よりもかなり老いた声で返事をする。



『過疎ゲーやってる変人かと思いきや世界を救うために動き出して『焦耗戦争』の引き金になりやがって……。本当に何だったんだお前』



 何なんだろうねホント。ゲームのメインストーリーにプレイヤーの名前入れるの不味いと思うんだよ。運営カス、と連呼していいでしょと思いながら俺は画面を操作した。そう、配信の画面を。



「あ、今配信を付けました。テステス、聞こえてますかー。コメント欄うるさくて最近見てなかったんですけど『HAO』のクソっぷりをご紹介するためにつけてまーす」


『おい何してるこの野郎!』


「ゲーム」


『そっちじゃねえ!あと俺たちの人生をゲームと呼ぶな!』



 目的は勿論一つ、『☆スターナイト☆』君の御尊顔の撮影である。これを映せばリアルの彼と一致しすぎていて如何に『HAO』がプレイヤーのプライバシーを無視したゲームか皆にもわかってもらえるはずなのだ!紅葉やレイナのような、個人のプライバシーを無視した余りにも本人に近いAIを造る事は問題視されるべきなのだから。



 幸いにも『☆スターナイト☆』君は顔出し配信をたまにしていたはずである。それと比べれば誰の目にもこのゲームのヤバさが伝わるであろう!



『オレンジ配信来た!』

『今どういう状況?ていうかこの娘だれ?』

『開始1分で1万人集まってて草』

『西東新聞社のものです。お聞きしたいことがあるのですが連絡を取らせていただくことはできませんでしょうか』

『骨格的に女装だな』



 それとともに俺は『設定』を終え。持っていたごついアサルトライフルの弾倉を切り替える。このアサルトライフルは様々な弾種に対応しており、散弾から擲弾まで装填可能という優れものだ。近距離用の対機械獣散弾をセットし格好つけて「……読めた」と言う。予言者っぽくない?



 そして銃を構え、一直線にスナイパーのいる建物に向かって駆け出す。パワードスーツで補強された脚力は体を怖い位の速度で押し出す。だがそれを潰す為に再び建物の上が光り、銃弾が俺の体に向かってくる。回避はせず、ただ死に向かって直進し―――



 弾は俺の横に着弾した。



『は?』


「読めたっていっただろ?」



 再び光と共に弾が風を斬る。だがそれをかき消す騒音が俺のアサルトライフルから鳴り響くと共に弾丸は横に逸れていった。俺は回避せずに真っ直ぐ走っているだけだ。



 通信機の向こうから震える声がする。更にもう一発飛んできたが俺は配信のコメントを見ながら迎撃する余裕があった。……いや見えてません、コメント数が多すぎて一瞬で表示が消えてるじゃん。



『散弾で俺の狙撃を迎撃してるだと……!』



 やっていることはお祈りゲーだ。対機械獣用の散弾の威力はイカれてる。なら相手の狙撃と同タイミングで射出すれば散弾やその風圧で狙撃の方向は捻じ曲がるはずなのだ。そしてこの散弾、馬鹿でかい口径だけあって一発で400発という数を機械獣の装甲を叩き潰す威力で射出するから不可能ではないわけだ。



『だがどうやって!どうやって俺の狙撃のタイミングに合わせているんだ!見てから引き金を引いても最低で0.1秒が脳のラグ、専用パワードスーツが0.3秒ある!対する距離が400m、俺の弾丸の速度は1600m/s、着弾まで0.25秒!どうあがいても間に合うはずはない!……まさか、まさか本当に未来を……!?』



 通信機から震え声が聞こえる。やっぱり動揺に弱い、そもそも俺に当たらない軌道の弾も混じり始めているじゃないか。そしてこのタネは言うまでもなく未来予知なんてものではない。画像処理だ。



 今俺のアサルトライフルのスコープは常に狙撃地点に向けられていて、そして端末を経由して直接ライフルの引き金に接続している。やっていることは単純、目的地点の光量が上がれば引き金を引く、というだけの代物。夜戦用に光量検知と砲台射撃ソフト(30万円)が投げ売りされたので買ってインストールしてみたわけだがなるほど、非常に素早い。なんせ嚙ましているのが端末1つだ、狙撃が着弾するより早く発射の命令を出して引き金を引くことができる。



 そしてある程度まで近づけば再び謎ステップの再開だ。散弾で迎撃が間に合わない距離になるが再照準の手間、そして威嚇の乱射が恐怖を誘い最早彼にまともな射撃はできていなかった。



『や、やめろ!来るな!その動きをやめろ狙いが定まらない、あ待って許して俺近接戦はまるで無理なんだ――!』

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