偽予言者狩り

 場所は商業区画の一室、鋼光社の持つ拠点の一つ……であるらしい。らしいというのは想像よりも遥かに設備に穴があるところだ。本当に拠点の一つ、使い捨て用の場所なのだろう。しかし俺のスポンサーからの優遇度を考えると本拠地に来ても良かったのではないのだろうか。まあ先輩方という外部の人間がいるから当然と言えば当然か。



「一先ずこれで変装完了です」



 俺の前で満足げにカナが頷く。だがもの申さずにはいられない理由がそこにはあった。ほぼ初対面であるにも関わらず俺はカナに向かって叫んでいた。



「なら何で女装させたんだよ!!!」



 黒髪黒目、髪はショートであるが美しくウィッグであるとはわからない。顔立ちも化粧の恐ろしさを実感させるような出来上がりになっており顎も鼻も本来の俺とは明らかに異なる。初めはこんなものではなかったのだが化粧に不慣れなカナに痺れを切らした裏色先輩が担当した結果このざまだ。



「でもお義父様は抵抗しなかったじゃないですか」


「設計に夢中だっただけで受け入れてたわけじゃない!」


「愛華が楽しそうだからヨシとしよう」


「うう……勢いに任せてやってしまった……私が誘導する予定だったのに……」



 いつの間にか移動していて女装させられていた、傍から聞けば意味が分からない。服の方は上から被っていた作業服を裏色先輩の装備しているものに近い、しかし地味な色合いの女性服に変化している。幸いにも下着周りは弄られなかったようだがそれでも恥ずかしすぎる。むしろ良く気が付かなかったな俺。



 手にも気が付けば手袋を嵌められて、肩幅を隠すような服の仕組みになっている。確かにジェンダーフリーなんて言葉は以前より随分広がり男性が女性の服を、女性が男性の服を着やすいよう技術が発達したなんて聞いたがここまでかよ、と肩を落とす。



 そんな俺にカナは指をグッと立てる。いや父を女装させる娘とかどんだけ話をこじらせる気だよ!? もうお前とどう接していけばいいのか分からないぞ。



「部品の発注、確かに受け取りました。3日後には指定の部品と組み合わせて納品します」


「生産職じゃなくて設計職の間違いだろこれ。というかカナの所属ってどこなんだ?」


「『教団』です。鋼光社とは契約実態『は』存在していません。因みに今のトップは田中のおじさんですね」


「いつものおっさんか」



 まあ想定通りか。さて、と周囲を見渡す。実は時間がえらいことになり始めていた。既に夜11時、明日には大学で身体測定があることを考慮すると寝なければならない時間である。しかし一方でこのまま終わるというのはかなり不味い。



 理由は借金だ。リアルタイム換算で増える以上3日後を待てば俺は既に破産している計算となる。つまり何をするべきかと考えるのであれば3日以内で稼ぐ道筋である。



 勿論眼鏡先輩に頼ったり娘に頼るのも良いだろう。しかしいい加減お世話になりすぎているというのが俺の本音であった。だって二人とも会ってから半日も経っていないのにこんなによくしてくれるのだ。これ以上はばちが当たる。



 故にどうするか、と考えていた時に扉の向こう、大通りから音がした。宣伝の音だろうがそれにしても騒がしい。



「偽予言者狩りに参加せよ! 我らの象徴を騙る者を許すな!」


「何が象徴ですか、2055年の死兵として都合が良かっただけなのに」



 カナが顔をしかめて毒を吐く。だが次に続く言葉に俺は目を見開き立ち上がった。



「参加するとまず100万、さらに日当として1日100万を支給する。倒せばさらにボーナスだ」


「偽予言者狩り、参加させて下さい!」


「お義父様!?」


「未島君!?」


「!!!!!!!」


 やっぱり金こそが最高!!!偽予言者は悪い奴だ、倒すべし!!!





 4月6日夜12時。ふぅと深い息を吐きながら眼鏡の男、仲本豪はVRマシンから体を離した。



「会えたのか、予言者と……」



 想像の数十倍破天荒な立ち回りをするオレンジ、後輩を思い出して仲本は苦笑する。まさか自分を狩るクエストに自ら志願するとは。予言者は未来のそのまた未来を見ることが出来るというが、仲本にはただの考え無しにしか見えなかった。



 実際仲本はオレンジが予言者として立ち回っている期間をそこまで長くは見ていない。何故なら彼は2040年以降予言を行えていない。それは『固定』された未来の中であり不安定な足場から能力を発動すると『固定』そのものを揺るがしてしまうからだと言われていた。仲本のような未来予知だと言われているだけの、しいて言うなら今を見るだけの能力とは格が違う。2040年は2060年であることを活かした機械にすら模倣可能な能力では決してないのだ。



 まああの姿を見ると実は担ぎ上げられただけの少年なのかもしれないが、仮にそうだとしても仲本は未島勘次を尊敬していた。



 何故なら彼はVer1.07でもログイン制限がかかっていなかった。あの人脈を持つ未島勘次であれば戦わずに生き延びることができた。にもかかわらず彼は2055年の戦いに挑み戦死したのだ。この話は同じ観測機の仲間から聞いた話であるので間違いない。



 そして仲本豪は初めからログイン制限がかかっていた。あの状態で機械獣に立ち向かわず惨めに生き延び続けていた。それはVer1.07でもVer1.08でも同じだ。



 戦わずに逃げ続けていたのだ、破滅から。



 だがあの分裂体討伐戦を見て。頭の中に同期する負け犬の自分が如何に惨めかを思い知りこうして立ち上がったのだ。「世界最強のApollyon使い」としてVer2.00の未来で評価を受けていると知った時、一瞬呆然とした後に深い喜びが内から出てきたのを覚えている。



 未だに頭痛が残り続けていた。Ver1.08段階での『同期』の影響は勿論のことながら現在のVer2.00によるダメージが尾を引き続けている。未島勘次は恐らくもっと影響が酷いであろうにそのような様子を見せずに活動を続けている。いや、あるいは別の形ででてしまっているのだろう。



 夜空を見上げる。今の仲本豪に存在するものは負け犬の自分から引き継いだ技術だけだ。『受動的未来予知能力』を用い生存していた2060年の自分の知識をこちらに移しただけで努力も何をしていない。イカサマで手に入れた不当な評価は自身にはあまりにもふさわしくない。



 だがあがくしかないのだ。あのような惨めな自分だけは許容できない。故に身に不相応であろうと走り続けるしかないのだ。

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