見知らぬ人
「すまん、先に打合せしておくべきだったな。60万くらいなら貸したのに」
「でもそれだと所持金0になりませんか?」
「まあな。だが外まで行けるなら安定して稼げる方法はいくらでもあるんだ。それにいざとなれば闘技場でワンチャンスを狙えばいい。ところで……」
約束の集合場所にて俺は無事に眼鏡先輩と合流に成功していた。
眼鏡先輩のアバターもまたリアルに近い見た目だった。髪の毛を七三分けにしていて堅苦しいスーツのようなものを着ているだけあって雰囲気倍増だ。ただしそのスーツには銃が仕込まれているのが明らかであるが。
一方で後ろには派手な女性、裏色愛華先輩が機嫌悪そうに陣取っている。こちらもまたリアルに近い見た目で可愛らしい白色のワンピース風を見せつけている。勿論ワンピース風でありところどころに金属製の装甲や武器を入れるベルトが付いているのだが彼女はそれを活用している様子はなかった。
そんな二人と顔を合わせた開口一番が謝罪、そして次が質問であった。
「君のプレイヤーネームはオレンジ、でいいのか?」
眼鏡先輩は戸惑った様子で聞く。なるほど、確かに『HAO』内では俺の名前は有名だ。勿論悪い意味で、でありあれ以来まともに掲示板も見ていないため真実は不明だが大層叩かれているはずである。イベント独占したプレイヤーとして。
勿論笑っている人も多いがそれよりも妬みの方が多かったのである。なんか一時期動画のコメントによくわからん外国のコメント乗ってたりしたし。
まあその通りです、と答えると難しそうな顔をしてそうか、と首をひねる。何を悩んでいるのだろうと思い聞いてみるととんでもなくどうでもいい答えが返ってきた。
「だからそんなにマスクにセンスがないのか」
「これ初期装備です! ていうかどうして『だから』で繋がるんですか」
「なんか有名人って趣味悪いの好きそうじゃないか」
「偏見!」
「因みに船内と闘技場は酸素が入っているからマスクする必要はないぞ」
まあこの人的にはそれはどうでもよいことのようで。後ろの裏色先輩が身を硬直させたのが気になったが、俺の視線を勘違いした眼鏡先輩は全く別の答えを返してきた。曰く、裏色先輩がどうしても遊びたいと急に言い出したので仕方なく連れてきたとのこと。なおその際に200万ほど貸した辺りが流石このクソゲーで生き延びている猛者の強さだ。
因みにこの借金は端末経由で行うと特殊な状態になる。具体的には貸した相手の所持金がすべて見えるようになり自由なタイミングで回収が可能になるわけである。だからある意味パクられる心配もないし貸してもいいよ、といつも通りの仏頂面で言う先輩の手を気兼ねなく取れたわけである。というわけで残金+100万。
「どうやって稼いでるんですか?」
「自分に全賭けを繰り返す。どうせ負けたらログイン制限だから気にせずに突っ込んでしまえばいい。それを繰り返したら凄い額になってしまってな。なんでもプレイヤーだから経験不足により敗北するだろ、なんて思われていたらしい。ここにいるのなんて2055年の戦いから逃げ出した雑魚ばかりなのにな」
「あーそれでオッズが上がり続けたと。因みにどうしてそんなに強いんですか?」
「お前もApollyon使いとして強いんじゃないのか?あの分裂体を倒したくらいなのに」
「まあ弱くはないと思いますけど、この前の一戦でほぼ全壊しちゃったんですよね」
「全壊?……そうか、前Verそのままだから弱かったのか。そういうことならいい機会だ、装備の強化をしてみよう」
「チュートリアルが始まった」
「本当なら公式にお願いしたところだな」
そう言うと先ほどと変化のない道を歩き出す。しばらくすると大きな広場が俺たちの前に現れた。そこには無数のApollyonやパワードスーツが鎮座し解体されている。その周囲を人が忙しく歩き回りひっきりなしに来る格納庫が騒音を響かせていた。
そう、巨大な作業場のような空間である。いくつかの場所では共用で使っている工具があるらしくその場所の取り合いでもめていたりと大変そうではあるが。
「ここが俺もよく使う共同調整所だ。主に外を担当している奴らが使う設備だな。ここでは購入した部品が直ぐに届く、例えばあそこのドアだ」
「本当だ、パワードスーツの腕部が出てきた……。ということはここで修理をすれば部品が好きなタイミングで届くからやりやすいかんじですか?」
「そうだ。なんせ部品が多い上に組み立て器具があるのはここぐらいだからな。Apollyon用のレーンは一つ空いているな。よし、あれを利用しよう」
そう言って眼鏡先輩の指定した場所まで向かう。高くそびえたったApollyon用の機体を固定する鉄柵は今はまだ何も入っていない。まずは部品を買おう、という先輩の指示に従って俺は端末を動かす。すると意味のわからない表示が大量に出てきてどういうことだと困惑し、そのうち一つについて聞いてみる。
「このApollyon用のMNBって何ですか?」
「マイナス質量物質によるブーストシステムだ。これはF式、フライト型だから飛行するタイプだな。軽量化のためにマイナス質量物質を積み込む必要があるから装備は貧弱になるし近接だと雑魚だが機動力は一番だ。右下のJ式がジャンプ型、マイナス質量物質を一部を切り離し空気中のアルゴンを無理やり反応させて大質量の固体足場を生み出す機構、簡易さと機動性のバランスはこいつが一番取れているな」
「マイナス質量物質って軽量化に使うだけじゃないんですか?」
「それは前Verの話だ、話を続けるぞ。そしてN型、つまりMNBを運用しない型だ。マイナス質量物質を多用しない分価格は安いが性能は大きく劣る。主にこの三種類を更に遠距離近距離中距離、そしてテーマで呼ぶのが主流だ。例えば俺のなら槌N近距離型だな」
「何かの注文みたいですね。でもどうしてN型にしたの……ってなるほど。接近戦を選ぼうとするとN型が一番有利なんだ」
「重さを力に変えるからな。J型でもいけないことはないんだが装備の拡張性にかけて一芸だけになってしまう。だがN型なら銃を持ちつつ遠距離も両立できるからな」
なるほどと思いながら部品の種類を見ていく。新品の部品高いな……って0円の部品あるぞ!?新品で整備と保証付きで0円、怪しい!と思ったが安心安定の鋼光社製である。
つまり以前と同じ紅葉の奢り状態が継続しているわけだ。他部品が数十万から数百万円する状態で0円の部品が大量に並ぶ様は壮観である。眼鏡先輩も目を見開いて画面を覗き込んできた。
「もしかしてもうスポンサーしてもらってるのか?」
「スポンサー?」
「ああ。俺とかはRE社と契約しているからRE社の部品は2割引で買えるんだ。その代わりにロゴを着ける必要があるがな。……でも0円は流石に聞いたことないぞ。どれだけ気に入られているんだ?」
いや社長もプレイヤーです、とは言い難いところである。因みにその社長さんは本日手術があるらしくお休みだ。もう即日帰宅できるタイプのらしいからあまり気にせえへんといてとは言われたがやはりお見舞いの必要はあるだろう。
まあこれなら予算に大分余裕が出てくる。何の装備を選ぼうか、とウキウキして画面に向き直ったところでトントン、と肩を叩かれた。
「どうしましたせんぱ……!?」
そこには少女がいた。白髪に獣耳を備えた獣人の少女だ。大人しそうな雰囲気をした彼女であるが問題はその見た目だった。
ピッチピチのスーツ。紳士服、とかではなく全身をボディラインに沿って覆うようなスパイもので出てきそうな服装である。そして俺が驚いたのはその見た目でもない。彼女は目を潤ませながら言った。
「お久しぶりですお
……what?
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