第89話

「魂?」


 水晶球の中に心臓がドクドクと脈打つ様子を想像して怖くなった。

 私が想像しているのを察知したのか、圭人くんがふっと笑った。

 くっ、これだから幼馴染は。

 なんとか誤魔化そうとクッキーをポリポリと齧りながら、ちらりと横目で水晶が置かれている祭壇の方を見る。


 この広いホールはこのフロア全体が一つの部屋になっていて、展望台へ向かう大きな扉が南向きだとしたら、北の奥に階下への階段がある。

 西と東には大きな窓。

 カーテンなんてなくて、ガラスは曇りガラスのようね。

 部屋自体の色は白。所々にある装飾は落ち着いた茶系でまとめられていて、この部屋の価値を上げている。

 部屋の中心にある銀色と虹色に輝く美しい装飾の台座に置かれた水晶は、よく見ると蔦のような金属に触れている様子がない。

 つまりこれは空中に浮いているということかしら、不思議。


「クリアレスから聞いた話は、まあおとぎ話というか、よくある話というか」

 

 そして話してくれた話は、なんというかファンタジーな神話の世界。

 この世界の創造神エアーが他の世界の神、どうやら地球の神、に恋をした。

 生まれた思いは魔素となり、地上の発展に繋がった。

 人類は増え文明は進み、神は愛する神の世界を真似て知識を信託という形で伝えていく。

 けど同時に、神に愛されなかった世界の歪みが集まり、形になって邪神になった。

 邪神は創造神エアーの思慕のかけらである魔素を取り込み消そうとして、破壊のために暴れ回る。

 世界を消されたら自身も消えてしまうためエアーは愛する神に助言を求め、その世界の消えそうな魂、だがエアーの世界よりもずっと強い生命力を三人分譲り受けた。

 その中の一人が聖女になったクリアレス。彼女は仲間と共に邪神を倒し世界とエアーを救った。

 たとえ邪神を打ち倒しても、歪みはまた次の邪悪を生み出す。

 そして、エアーは再び他の世界から魂を譲り受け召喚する。


 その時、この世界に呼び出される同胞に少しでも力になれるよう、彼女は魂を水晶に移し次の聖女へと助言を与えているそう。

 一緒に召喚された仲間はしっかりと転生して、この世界で生まれ変わっているそうだけど。

 不老不死のスキルは付かなかったのって光里ちゃんがクリアレスに聞いたら、邪神を倒した時のレベルは50だったそうで、残念ながらと嘆いていたそうです。


 あの白い人が創造神エアーというお名前なのも初めて知ったわ。

 それでも私の心の中では白い人だけど。   


「でも、ここ百年以上聖女が現れなくて暇だったんですって。私が近づいた時に、やっと来たーって声が頭に響いて、手を引いて逃げようとしたら逃さないわよ! って」


 光里ちゃんが身振り手振りでその時の状況を教えてくれる。

 私が、光里ちゃんがフラフラと水晶に近寄って手を翳したらそこで止まったと思ったら、ふふって笑っていたよと教えたら顔を真っ赤にして恥ずかしがってしまった。


「俺たちが剥がそうとしても無理だった時はどうしようかと思ったぜ」

「あの時、光里が大丈夫っていうから安心できたんですよ」

「いざとなったら水晶をぶっ壊そうと思ってたんだ。しなくてよかったな」


 お皿の上のクッキーはもう残り数枚。カップの中のお茶はもうない。

 そろそろ移動の時間かな。


「え? 私何も話してないわよ、ずっと黙って聞いていただけ」

「確かに光里ちゃんが話していたのよ。あれってもしかしてクリアレスだったのかしら。こ、こわっ」


 乗っ取られていたりしたのかな、今の光里ちゃんはいつもの通りだけど。


「ふふ、話は面白かったわよ、物語風に聴かせてくれたし。それともらった魔法もこれから必要だろうしね」

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