第一章 始まり

第2話 白い世界


「あー、すまなかった」


 真っ白な世界で真っ白な人が謝っている。

 かろうじて自分たちの姿だけが、この世界の中での色だった。

 高校に行く時のグレーの制服姿のまま、真面目な彼ららしく手には教科書の詰まった黒い学生鞄。

 それなのに、ここはひたすら白い。

 地面に落ちる影もなく、地平線も見えぬ空間にポツンと置かれた白いテーブルと5人分の椅子。

 そのうちの一客に座る、白いサラサラとした髪を足首まで垂らした白い布を身に纏った美しい人。


 なんて、寂しい風景。


 岡島ありす十六才の感想はそれだけだった。


 何らかの力によって地球からこの世界にさらわれたことはわかるが、もう起きてしまったことは仕方ないし、謝られてもどうしようもない。

 それよりも現状の説明をしてくれる方がよっぽどありがたい。


「あんたが謝るのはなぜだ?」


 黒髪短髪にきりりとした眉、高校二年生にして百八十を越える長身で剣道で鍛えたがっしりとした体つきの青年、秋川圭人が白い人に向かって眉間に皺を寄せて詰め寄っている。

 これはもう、怒ってる。

 ただ、圭人の怒りの原因は、なぜこの小動物のように可愛いありすまで自分たちと一緒に連れてきたということなのだが。


「僕の世界の理に巻き込んだ。君たちはまだまだ寿命がたっぷりあったのに、生命力が素晴らしすぎて眩しくて、うちの子達が連れてきてしまったんだ」


 白い人はどうやら異世界の神様らしい。名前はどうでもいいから神様でいいよ、と言っていた。

 彼の話では、滅びかかった世界を救う手助けをしてほしいということだったが。自分たち四人になにができる?

 たかが高校までの詰め込み教育を受けてきた未成年の一般人。

 社会に出た大人のような狡猾な知恵も技術も足りない。

 強いて言えば、自分たちにあるのは健康な体とまだ柔らかい脳みそくらいなものだ。圭人はこれからのことに思いを馳せ、どう考えても前途多難な道に頭を抱えた。


「ありすが行くなら私も行くわよ」

 艶やかな黒髪ショートカットの涼やかな美貌を持つ長沢光里はいつだって幼馴染のありす至上主義で、自分の生死がかかっているときでさえもかと、もう少し常識人だと思っていた圭人はがっくりとした。


「私は神様の世界で生きたいな。だってまだ十六だもん。大人になった光里ちゃん見たいなぁ」

 ありすは、きっとすごい美人さんだよねとふわふわの猫の毛のように軽い茶色い髪を揺らしながらにこにこと笑う。

 白い人が、ありすの笑顔から目が離せなくなっている。

 神も見惚れる笑顔に幼馴染達は、うちのありすは可愛いだろうと胸を張る。


「僕達がそちらの世界に行くとして、目的とメリットは?」

 一人冷静に観察していた長身痩躯に銀縁眼鏡の典型的図書委員タイプ、白坂夕彦が神に問う。ラノベ小説をよく読んでいたと後に語った彼は、あの神様は全部を教えてくれるタイプじゃないから自分から質問したと、仲間に教えた。


「目的は、僕の世界で暮らしてもらって魔素、生命力っていってもいいね。それを循環させてもらって、世界に活気を与えてもらうこと。君たちには僕の世界を旅してもらいたいんだ」


 白い人がさっと手を振ると、テーブルの上に紅茶セットとクッキーの乗った皿が現れる。ウインクで促され、それぞれがカップやクッキーを手に取りつまむ。


「あと、メリットね、異世界転生特典ってやつでしょ? もちろんあるよ。ストレージ、言語、鑑定は当然でしょ。その上で、武器と個人スキルをそれぞれの職業ごとにあげる。ステータスで確認できるからあとでしてね。最初は食べ物と水と一般的な服を。それ以上はありすちゃんが作れるよ。君たちは旅の中で色々な人と会って。きっと全てが世界と君たちの糧になる」


 無気力そうな外見と裏腹にペラペラと喋る姿に違和感を覚えるが、その勢いに口を挟むようなことはしない。今はただ情報を聞き漏らさず、与えてくれると言うものはありがたくいただくだけだ。


 これだけあげるのは破格なんだよ。


 そう言いながら白い空間が少しずつ揺らぎ、周囲に徐々に色がつき。

 四人は見知らぬ森の中にいた。


 鬱蒼と繁る草と大木。周囲の木々は見上げるほど高いものばかり。


「これはひどい」


 旅をさせるなら、せめてもう少し歩きやすい場所を選んでくれればいいものを。光がうっすら差し込む中で、四人は顔を見合わせた。

 圭人の嘆きは他の三人も同じ気持ちだったようですぐに切り替えをはかる。


「安全な場所を探してステータスのチェックをしましょう。圭人、この木登れますか?」

夕彦の言葉に、おう、と軽く返しながら圭人は目の前の桜に似た樹をするすると登っていく。


 木肌は桜に似ているのだが高さがおかしい。

 高層マンション、いや、東京で一番高い電波塔ほどありそうな木は、ありえないほど幹が太く、枝もしっかりしていた。


「圭人くん、なにか見えるかな?」

「おう、壁が見える。街がありそうだぜ! こっちには湖が見える!」


 街と聞いて下で待っている三人は視線を合わせ相談する。

 今の何もない状態で第一異世界人と遭遇しても大丈夫か、言葉は異世界特典でなんとかなるにしてもだ、常識が違えば我々はただの招かざる異分子に過ぎない。

 なんとか街単位ではなく村、しかも少数の人間と先に会えれば良いのだが。

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