095 棄てられた奴隷と貧民窟⑥ ~模擬戦~

「では、メリル様。先ずは個別指導から入りましょうか?」

「うむ。ルシウス、頼む」

 

 メリルは剣や槍を振るう時、関節を固定したまま無理矢理力だけで振るっていた。

 それは攻撃において力の伝え方が正しく無い状態だ。

 それでも、常人より速い剣速や突きが出ていたのだから、メリルは異質であり異常なのだろう。

 現在、関節を使用した力の伝え方を強制しているところだ。

 足は大地に根を張るイメージで、足から腰、関節を通して力と速さを伝導させる。

 そうする事でキレが格段に上がり、剣速は倍以上になった。

 後は剣を振り下ろすも振り上げるも、それの応用だ。

 自身の身体との対話が必要になるが、上から振り下ろすのも、下から振り上げるのも身体の使い方を正しく行い、しっかりと力を伝えれば良いだけなのだ。

 メリル本人が、その事を一番実感しているし、痛感をしていた。

 「これまでの動きは無駄があり過ぎたのだな...」と。

 だが、訓練を重ねるごとに強くなって行く事で、とても楽しそうに訓練を励んでいた。

 メリルは言動も志も、そうなのだが、“騎士とはこうあるべき”を地で行く感じだ。

 孤児の女の子達が、「メリルさまぁ、素敵です♡」と、熱を上げるのも頷ける。


「では、そろそろ魔力の使い方から、魔力を全身に纏う訓練をして行きましょう」

「うむ...全身となると、まだ不安定なのだが、これも、もうじき感覚が掴めそうな気がする」


 メリルと訓練を行う時は、最初に身体操作(+剣技)の訓練をしてから魔力操作の訓練へと移る。

 これは魔力を纏った状態では、今までの不器用な攻撃だとしても強化をされてしまう為だ。

 関節を固定したままの下手な一撃でも、その強度が上がってしまい攻撃の威力が高くなってしまう。

 強くなると言う事には変わらないのだが、それでは強さの本質を錯覚してしまう。

 もし、同じように魔力を纏える相手と対峙すれば、その身体操作のより上手な方に、剣技のより上手な方に優勢となるからだ。


「先ずは、魔力操作です。体内の魔力を意識して、全身へと行き渡るように流して下さい」

「うむ」


 もともと魔法が扱えたメリルは、魔力操作に関しては特に問題無く使用出来ている。

 だが、魔力を下半身に集める事がそこまで上手では無い。

 まあ、それも仕方無い事だ。

 魔法を使う時、詠唱により魔力が強制的に変換されるのだ。

 そして、丹田から生成された魔力は、詠唱を通して自動的に体外に放出される。

 その際、魔力が自動的に移動するのは丹田から両手のどちらかへだ。

 稀に失敗した場合は両手以外からも放出されるらしいのだが、それは体内から魔力が弾ける時で、身体の一部を失うか、最悪死に至るらしいけれど。

 僕はこの時に詠唱の重要性と言うものを知った。


「だいぶ魔力操作も板についてきましたね!まだまだ下半身への移行が甘いですが、これなら十分問題ありません」

「やはり、課題は下半身になるのか。こればかりは、日々の積み重ねで習得するしか無いな」


 僕との個別訓練が無い日でも、メリルは毎日欠かさずに魔力操作の訓練を行なっている。

 まだ始めたばかりの為、直ぐに成果が出るものでは無いが、早く強くなりたいとの一心で毎日必ずだ。


「では、メリル様がもっとも苦手な魔力を纏う訓練を始めましょうか?」


 僕は少しばかり、メリルをからかうように言った。


「なっ!?ルシウス、私は苦手な訳では無いぞ!ただ...今はまだ上手く出来無いだけだ」


 「シュン」と自信が無くなったメリルは、普段では絶対に見せない表情をしていた。

 今まで、お互いの事を知っているようで実は何も知らなかったのだ。

 表面上だけで相手の事を判断していたのだ。

 すると、浮き彫りになって行く“相手から見える自分”と、“本人が思う自分”。

 その違いを、相手の内面を、個別訓練を行う事で知っていったのだ。


「メリル様、冗談ですよ。それに、メリル様なら直ぐ出来るようになりますから」

「な!?じょ、冗談だと?...ふむ、なるほどな。ルシウスも言うようになったでは無いか」


 冗談と解り、突然、威圧をして来るメリル。

 その表情が、鬼のように険しい顔だ。

 「うそ?そんな怒る部分あったか?」と僕が怯え出すと、メリルはその表情を崩し「ぷっ。はははっ!」と笑い出した。

 冗談を冗談で返す。

 僕は心の中で(良かった)と笑って安堵した。

 今のメリルの表情も、笑顔も、個別訓練を始めてなければ見れなかったものだ。

 上辺だけでは無い、お互いの関係性がしっかりと構築され始めていた。


「では...訓練を始めましょうか?魔力を右手に集めて下さい」

「うむ。右手にだな」


 言われた通り、メリルが魔力を右手に集める。

 だが、その集約された魔力は不安定なものだ。

 丸では無く、歪な形で揺らいでいる。

 身体の中で魔力を循環させる事と、放出された魔力を維持する事では、その難易度が何倍にも跳ね上がる。


「くっ!維持する事が、ここまで難しいとはな!?」


 何度もチャレンジをするが、どうしても上手く出来無いメリル。

 しかし、こればかりは本人の感覚によるもので、アドバイスこそ出来るが、僕ではその感覚を教える事が出来無い。

 本人が掴むしか無いのだ。


「...メリル様。時間的にも魔力量的にも、魔力を纏う訓練は、ここまでにしましょうか?」

「むっ?...そうか」


 もう少し「訓練を続けたい!」と、そんな表情をしているが、この後には僕との模擬戦が控えている。

 魔力を使い過ぎて体調に支障が出てしまえば、折角の実戦が出来なくなってしまうのだ。


「では、最後に指導のおさらいを含めて、模擬戦を行いましょうか?」

「うむ!今日こそは...ルシウスに一撃を入れて見せる!」

 

 最後に行うのが僕とメリルで一対一の模擬戦。

 これこそがザックが最も見たかったものだ。

 何時間も並んで乗る事が出来る人気のアトラクションを前に、苦労の末ようやく自分の出番が回って来て「待っていました!」と言わんばかりの表情だ。

 ザックの目が、今までで一番キラキラ輝いている。


「では、いつでもどうぞ!」

「ルシウス、行くぞ!」

 

 メリルが、先ず攻撃を仕掛ける。

 これまでの出だしの際の硬さが無くなり、天性の筋肉のしなやかさが合わさる事で動きの無駄がだいぶ減った。


(動きそのものは、だいぶスムーズになったけど、まだまだ無駄な動きが沢山あるな。まあ、ここら辺は訓練を続けて行けば解決出来る事だ)


 今までのメリルは、「身体を動かす→武器を構える→関節を固定して全身に力を込める→相手目掛けて攻撃する」と、攻撃までに最低でも四行程が必要だった。

 だが、今では「身体を動かしながら武器を構える→相手目掛けて攻撃する際に力を込める」と、半分の工程まで減った。

 但し、現工程の動きにまだ慣れていない為、完全に二つの工程で収まる訳では無かった。

 それでも、以前とは比べ物にならない程の進歩を遂げている。

 

(それよりも、問題は癖の方だな...メリル様が攻撃をする瞬間、その狙う箇所が丸解りなのだから)


 今まで無理矢理攻撃をしていた為、どうしても、身体に分かり易い癖が染み付いていた。

 攻撃をする瞬間「行くぞ!」と言うような、利き足での大きな踏み込み。

 対峙した場合限定の、狙う箇所を見続けるブレない視線。

 他にも細かい癖はあるのだが、メリルと同レベル帯の相手と戦うならば問題無い部分だろう。

 だが、この二つに関しては早急に改善が必要だった。


(これは、癖を理解させた上で対処しないとな)


 人に何かを指摘された場合、その場で注意される事が最も効果が生まれる。

 行為の後に注意をしたところで、相手には全く響かないものだから。


(先ずは、視線から)


 メリルが見ている(攻撃を当てる)箇所を察知し、僕は先回りするように攻撃を避けて行く。

 もし、この時、メリルが我武者羅に攻撃する場合では視線どころでは無い闇雲な攻撃となるのだが、あれは感情が振り切れた時や集中力が高まった時だけの限定だ。

 普段はそこまで奇抜な攻撃はしてこない。


「何故だ!?攻撃が全部当たらないだと!」」


 メリルは、僕に攻撃を当てる事が一才出来ずに「ハァハァ」と肩で息をしていた。

 だが、疲れた状態でもその攻撃の手を緩めない。

 きっと動きを止める事が、相手にチャンスを与え、自分が死ぬ時だと理解しているのだろう。

 素直に感心してしまう根性だ。


「メリル様。どうしてだと思いますか?」


 戦闘中だと言うのに、僕はメリルに問い掛ける。

 それは、本人にいきなり答えを教えるのでは無く、先ずは自分で考える事をして欲しいからだ。

 答えを教わるのでは無く、自分で答えを見つける事を。


「...」


 メリルは考えながらも攻撃の手を止めない。

 だが、その表情には苦悩が見られる。

 “攻撃が当たらない”、その理由を懸命に考えていたのだ。


(まあ、最初は考えたところで、「何故教えてくれないんだ?」となるんだろうけどさ。こればかりは、自分が教える側に立たないと解らないだろうな...)


 教える側と教わる側。

 これは、実際にその立場に立たないと違いが解らない事だ。

 それ程、二つの行為は掛け離れているのだから。

 メリルは「ブツブツ」と何かを言いながら模索している。

 だが、考え過ぎて頭がパンクしそうになったのだろう。


「くっ!何故かなど、そんな事は私には解らん!」


 うん。

 これ程素直だと、これ程潔いと、ある意味清々しくなるね。

 一応は、必死に悩んでくれたので、その答えを教えて行く(その場で注意する)。


「メリル様は攻撃を狙う箇所を見過ぎなのです。どうか視線に注意して下さい」

「視線だと!?ルシウスは、そんな部分まで見ているのか!?」


 メリルが、今までに格下の相手としか戦っていなかったからこその発言だ。

 これは、後に本人に聞いた話だが、「今まで、対人戦の時どうしてたのですか?」と聞いてみたら、「相手より早く動き、相手より早く攻撃を当てれば良いのだろう?」と考えていたらしい。

 成る程。

 それは真理でもある。

 但し、誰が相手だろうが、どんな時だろうが、その理想を実践出来ればに限る事だ。

 パワーオブザパワー。

 見事なまでの脳筋で考え方がとても逞しい。

 まあ、今はそんな風に考えておらず、相手を観察した上で対処するように教育をしているところだが。


(視線の事は伝えた。じゃあ、次は攻撃をする際の踏み込みだ)


 早速、視線の動きを注意するようになり、攻撃の質を変化させて来た。

 まだ、動きがぎこちないものだが、癖を認識する事で矯正をして行ける。

 それに、直ぐに直そうと行動する所がメリルの強みでもある。

 だが、メリルの癖はそれだけでは済まないのだ。


「メリル様、覚悟して下さいね?」


 僕は、メリルが剣を構えて踏み込む際、重心の乗った足を払い除けて体勢を崩す。


「なっ!?体勢が!!」


 大きく足を踏み込むので、どうしても無防備な状態が生まれてしまう。

 本来その部分を狙う事は相手の攻撃を掻い潜らなければ出来ず、とても難しい事だ。

 だが、毎回同じ動作ならば、タイミングを合わせる事は容易。

 メリルは尻餅を突くようにその場で体勢を崩した。


「キャッ!?」


 前回もそうだが、悲鳴を上げる瞬間は、その人の地が出るのかも知れない。

 普段の凛々しい声とは逆の、乙女らしい声が。

 それからは何度も同じ事を繰り返して、自分の癖を無理矢理認識させる。

 答えを探そうと考えているが、メリルの頭からは既に煙が出ていた。

 うん。

 メリルだから仕方無いね。


「攻撃を行う際、足の踏み込み方が毎回同じです!タイミングをずらすか、踏み込み自体を無くして下さい!」

「そんなところまでよく見ている...やはり、ルシウスこそが天才か?」


 自分では考えられない(思い付かない)価値観を、相手から教わった(知った)時、相手の事を自分より格上の存在だと認識してしまう。

 それは、尊敬なのか、嫉妬なのか、そのどちらかに分かれてしまうが。

 メリルの場合、特に考え無しの言動だ。

 少しばかりの尊敬は含まれているだろうけど。


「癖の事を意識しながら攻撃して下さい!絶対に、良い加減な攻撃をしないで下さい!!」


 その都度、その場で注意をしながら模擬戦を行った。

 まあ、模擬戦と言うよりは指導戦って感じだけど。

 それでも孤児同士の模擬戦とは違い、速さも迫力があるものだ。

 ザックは一挙手一投足を見逃さないように、隅々まで食い入るように目を見開いて見ていた。

 そして、メリルが動けなくなるまで模擬戦が続いた。


「くっ!結局、一撃も入れられないとはな!...今日も私の完敗だ。だが、良い訓練になった」


 メリルは、負けて悔しそうだが、確実に強くなっている自分の成長を噛み締める。

 自分の知らなかった事が、出来なかった事が、教わる事で改善されて行く事を。

 模擬戦を見ていたザックは、「すごい。たたかい。みえない。ざんねん」と、目で捉えきれない速さの戦いを残念がっていた。

 でも、それでも「たのしい。いっぱい」と嬉しそうだった。


「では、今日の訓練はここまでにしましょうか?」

「うむ。ルシウス、ありがとう。私は、アナスターシア様の支度をせねばならぬ。悪いが先に戻っているぞ」


 訓練が終わった後でも、従者としての仕事をこなすメリルは凄い。

 あれだけ動いて、疲労が溜まっている筈なのに。


「はいメリル様。私はザックを孤児院に送って参ります」

「そうか...なあ、ルシウス。そろそろ“様”付けは辞めてくれないか?」


 メリルが、真剣な表情で僕に言った。

 だが、僕とメリルでは、見習いと灰色修道員と言う明確な身分差がある。

 それを抜かしても相手は元貴族。

 今は奴隷かも知れないが、そんな事をするのは、とても恐れ多い。


「メリル様?それは何故ですか?」

「...私はルシウスよりも年上である。確かに、教会内でも灰色修道員と立場は上だ。だが、ルシウスは、孤児院の副院長でもあり、私の師匠だ。それに私は...ル、ルシウスの、か、家族だろう?」


 メリルは、前置きを長く説明していたが、要は最後の言葉が重要なのだ。

 家族なのだから、様呼びで突き放すなと。

 照れながら「家族だろう?」と言うメリルは、普段の威厳のある態度と違って、とてもしおらしいもの。

 このギャップこそが、度々ゲーム内で耳にして来た「“萌え”と言うものなのか?」と疑問に感じた。

 たが、そう言った感覚や感情が全く解らない僕は、「...かしこまりました。ではメリルさん。宜しくお願いします」と普通に切り返してしまったが。

 すると、メリルは「今はそれで良い。だが、その内...」とゴニョゴニョ一人言を話していた。

 ゴニョゴニョの部分は「ねえさんと〜」とか聞こえて来たが、声が小さ過ぎて全部を聞き取る事は出来なかった。

 しかも、どうやら一人の世界に入ってしまったらしい。

 ブツブツと独り言が続いた。

 何分か時間が経つ事で「ハッ」と我に返り、ようやく落ち着いた所で「では、ルシウス。先に戻っている」と挨拶を交わして、教会へと戻って行った。


(この目紛しさは、一体何だったんだろうか?)


 メリルの言動や行動に訳の解らないまま。

 まあ、メリルの事だからと、深く考える事を辞めた。

 待ちくたびれていた(欠伸をして眠そうな)ザックを孤児院に送るべく、ザックの下へと急いだ。


「ザック、お待たせ。模擬戦は楽しかった?」

「ルシウス。みる。できた。ありがとう!」


 今も尚、模擬戦の興奮が冷めないようだ。

 ザックが、先程見た戦いを再現するように身体を動かしていた。

 その動きは、「シュン!!」「バシィーン!!」と口から出る擬音の方が大きく、動き自体はお粗末なもの。


「ザック。まだ激しく動いちゃだめだよ?今は、まだ元気な状態では無いのだから」


 栄養も足りていない病み上がりのザックは、まだ安静にしていなければいけない。

 それは、身体を守る為の機能や抗体が弱まっているからだ。

 これ以上病気に掛かれば、生命に関わってしまう。

 そうなれば、次は助かるか解らないのだ。


「おさえる。できない。ルシウス。すまない」


 理性よりも興奮が高まり、身体の抑えが効かなかった。

 僕もその気持ちは良く解る。

 僕だってアニメや漫画を見た後は、ヒーローの真似を良くしたものだ。

 その強さに憧れるものだ。


「じゃあ...元気になったらザックも一緒にやろうね!」


 ザックの身体が元気になればいつでも出来る事だ。

 その時が来る事を約束する。


「うん!たのしみ!」


 こうしてザックを孤児院に送った後、僕は教会へと戻った。

 訓練が終わった後、これから夕食の準備が始まり、アナスターシア達と一緒にご飯を食べるからだ。

 お腹もペコペコだし、早く戻って手伝わなくちゃ。

 そう思って教会の玄関を開けば、そこには身形の整った男性が立っていた。


「あれっ?ウィル伯父様!来られていたのですね?」

「やあ、ルシウス。また大きくなったのでは無いか?」


 僕が話している人物は、アナスターシアの兄、“ウィリアム”。

 アナスターシアは義理の母親になる訳だけど、その兄が伯父となる為だ。

 僕とアナスターシアは血が繋がっていないのに、ウィリアムもそれを解った上で「私の事も家族のように伯父と呼びなさい」と言ってくれた人物だ。

 その事からも、とても優しい人で、僕達の生活を陰ながら支えてくれていた。

 ただ、アナスターシアはどう見ても20歳前後の女性。

 ウィリアムは40~50代で、少なくても20歳差、多ければ30歳差と、二人の年齢はかけ離れていた。

 まあ、2人の顔立ちは似ているし、アナスターシアの反応からも、兄弟なのは間違い無さそうだけど。


「ウィル伯父様?今日はどうしたのですか?」

「少しばかり、アナスターシアに用があってね。それよりも、お土産を持って来たから、あとで皆で食べると良い」


 多い時は、一月に一度。

 少ない時は、半年に一度は顔を出すウィリアム。

 大体はアナスターシアと話をしたら帰るのだけれど、その度にいつもお土産を持って来てくれる。

 最初の頃は、教会に置いていない野菜が中心だったけれど、最近はお肉と豪華になって。


「ウィル伯父様ありがとうございます!これは...豚肉ですか!?」

「そうだよルシウス。良く解ったね」


 そう言うと、ウィリアムは微笑みながら、僕の頭をクシャクシャと撫でた。

 この時、ウィリアムはいつも撫でられて照れている僕の反応を見て楽しんでいるのだ。


「今日は、だいぶ良いものがあったからな。しかも、捌きたてだぞ!皆で分けると良い」


 ウィリアムは、そのダンディな顔で笑う。

 イケメンならぬイケオジだ。

 捌きたてのお肉なら、味や品質が保証されたもので安心出来る。

 但し、お肉は決して安い物では無い。

 上級貴族でも召し上がるのは、大体一週間に一度程度。

 量だって100gあるか無いかの話だ。

 僕達が買える物でも、状態の悪い汚肉一歩手前の物で、値段の安い猪肉か鶏肉。

 それなのに此処にあるお肉は、豚肉二頭分。

 教会と孤児院で分けたら、一人当たりの量はそんなに多くないけど、それを買えるお金が謎だった。

 猪肉と豚肉では、値段が何倍も違う物で、更にこの捌きたての品質。

 一体、値段が幾ら掛かるのかも想像が出来無い。

 (ウィル伯父様、悪い事していないよね?)と僕は不安になってしまう。

 何故なら、アナスターシアも、ウィリアムも、貴族ではあるけど裕福では無い。

 ...筈なのだ。

 身形は整っているけど、最低限と言う感じで、贅沢をしていない。

 もしも、ウィリアムが上級貴族ならば、馬車の一つくらい持参している筈。

 だが、ウィリアムが教会に来る時はいつも徒歩なのだ。

 まあ、僕達を支えてくれているからそんな事はどうでも良いんだけどさ。


「ウィル伯父様、ありがとうございます。美味しく頂きます」

「うむ」


 僕がお礼を伝えると、ウィリアムはとても嬉しそうな表情で笑った。

 だが、何かを思い出した途端に、その表情が一瞬で曇った。


「...そう言えば最近、街では、色々と物騒な事件が起きているみたいだ。何が起きるか解らないから、子供達だけで教会から離れないでくれよ?」


 その表情や言動から、ウィリアムが僕達の事を真剣に心配してくれているのが伝わる。

 僕達孤児が、子供だけで恵の森に入っている事を知っているからだ。

 まあ、僕達は基本、一人で行動をする事が無いので大丈夫だと思う。

 ただ、街で起きている事件とは何なのか?

 此処が一番気になった。

 しかし、ウィリアムに詳細を聞く事は出来ず、僕は返事をするだけで終わった。


「はい、ウィル伯父様。気を付けます」

「では、私はアナスターシアのところにでも寄らせて貰おう」

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