010 魔獣諸国連邦ポセイドン②

「準備は出来たのか?」


[YES/NO]


(今の今でおかしいんだけど、準備は既に済んでいるんだよね)


[YES]


「よし。ではこれより皇都ポセイダルへと向かう。道中は敵に遭遇しないルートを通り、体力を温存した状態で皇都へと潜入する」

「出来る限り戦闘は避けましょうね」

「では、行くぞ!」


 皇都ポセイダルへとリーダー救出に向かうメンバーはマーク、ジェレミー、僕の三人だけ。

 この三人だけで、敵の陽動からレオンハルトの救出まで全てを行わなければならない。

 正直、一人一人の負担が大きいのだが、その分身動きが軽くなっており、少数精鋭の救出チームとなっているようだ。


(少数精鋭...三人しかいないからやる事は大変だけど、精鋭って響きが格好良いよね!)


 僕達は町を出てると、周りを注意しながら出来るだけ戦闘を避けて地下水路へと向かった。

 僕達が目指す地下水路は、皇都から海までを繋げている排水路。

 その海側の方へと向かっているのだ。


(海の潮の匂い...波の質感...これまた凄い再現度だな。本物にしか見えないよ)


 地下水路の出入り口は、本来なら厳重に警備をしている場所。

 だが、既に相手の軍には革命軍のメンバーが潜伏しており、入り口の警備兵は、こちらの協力者が勤めている。


(スパイを任されるような人物...一体どんな人なんだろう?)


 スパイと言う想像だけの人物が一人歩きしている状態だ。

 どんな凄腕の人物が務めているのか、ワクワクが止まらない。


(もしかして...あの、人なのかな?)


 此処の警備兵の最低条件は海を泳げる事。

 その為、泳ぎの得意な海豚(イルカ)型の亜人が警備兵として潜り込んでいるようだった。

 ただ、この亜人は海豚のようなスマートさは無かった。

 どちらかと言えば海豹(アザラシ)のようで、横幅が広く、身体そのものがとても大きい人物。

 マークがその警備兵へと話し掛けた。


「“ルカ”、また太ったんじゃないのか?」

「マーク!やっと来たか!」


 二人は、お互いの右手を叩くように手を取り合い、身体を寄せ合った。

 コミュニケーションとボディランゲージを一体化させたもの。

 旧知の仲と言ったところだ。

 ただ、僕達の後ろから付いて来ていたジェレミーは、何故か一定の距離を保ったまま近寄ろうとしなかった。


(あれっ?ジェレミーどうしたんだろう...?)


 それは何かに隠れているように映った。

 何かあったのかな?


「長いこと待っていたぞ!体型は...別に変わって無いだろ?」


 海豚型の亜人“ルカ”は笑いながら体型は変わってないと話す。

 だが、その左手には烏賊の姿焼きを串に挿した物が何本もあった。

 確か、業務中じゃなかったのか?

 そんな事は何処吹く風の、自由気ままな人物だった。


「確実に、その左手が持っている物の影響じゃ無いのか?」


 マークは腕を組みながら呆れた表情で、ルカを半目で睨みつけた。

 それを受けたルカは、自分の左手へと視線を動かし、手に持っている烏賊焼きを慌てて隠して「ニコッ」と笑った。

 マークはその様子に、やれやれと頭を振って飽きれてしまう。


「まあ、それよりも内部に変更は無いか?」


 マークが表情を真顔に戻して、本題へと入った。

 摘み食いはいつもの事らしいので、気にするだけ無駄なのだと。


「それが...少し不味い事になった。どうやらこの処刑に三獣士・空将のエアホークが立ち会うみたいだ」


 ルカは、神妙な面持ちで眉間に皺を寄せた。

 それは、とても悔しそうな表情で、想定していた事が覆されてしまったのだと。


「そうか。やはり、三獣士が立ち会うか...」

「ああ。オレ達、革命軍対策だろう。だが、オレ達革命軍の実態から、その詳細までは向こうも掴めていない」


 敵も対策を施し、処刑に向けて万全な準備を整えようとしているみたいだ。

 唯一の救いが、革命軍のメンバーを知られていない事。

 危機管理に備えるだけ備えて、対策だけはしっかりと行っておこうとの事らしい。


「こうなると敵の陽動が重要になるのだが、皇都に潜伏済みの革命軍と協力さえ出来れば何とかなるだろう。だが、問題はレオンハルト救出だ」


 皇都潜入まではどうにかなるらしい。

 だが、肝心のレオンハルト救出が、三獣士が立ち会う事により、その難易度が何倍にも跳ね上がった。


「まあ、当然そうなるか...。だが、それに対しては当てがあるのだよ」


 マークが横目で僕を見た。

 期待が込められた、真っ直ぐな視線。


「...三獣士を相手にか?」


 ルカが不安な表情で聞き返した。

 三獣士は、一人で軍の一部隊に該当する戦力だ。

 数を揃えられない革命軍では到底敵わない相手。


「ああ、勿論。それについては、今回一緒に来て貰った新メンバーにやって貰う」


 自信満々に言い放つマーク。

 そこには一切の迷いが無かった。


「おい!大丈夫なのか!?オレ達の命運が掛かっているのだぞ!!そんな巫山戯た事に付き合う暇は無いんだぞ!?」


 ルカが怒鳴り込む。

 それは当然の事だ。

 革命軍の、しいてはこの国の命運を、見ず知らずの相手に任せようとしているのだから。

 だが、すかさずマークが反論して行く。


「解っている。だからこそだ」


 その言葉は先程と変わらず、一切の迷いが無いもの。

 力強く断言した。


「ああん?それは、どういった理由なんだ?なあ?納得できる答えがあるんだろうな?」


 ルカがマークの胸ぐらをつかみ声を荒げる。

 失敗の出来無い救出作戦。

 それを見ず知らずの新人に任せる事などあり得ないと。

 そして、マーク、僕と順番に睨みつけた。


「先ず一つは、彼が亜人では無いからだ。人間を忌み嫌う亜人の中に、ましてや、亜人革命軍の中に人間がいるとは向こうも思わないだろう」


 亜人革命軍と名が付いている事を逆手に取る作戦。

 そして、亜人が最も忌み嫌う人間に協力して貰うのだ。


「うむ。それはそうだろう。だが、救出は確実にやらないといけないんだぞ!」


 ルカ自身も人間に協力して貰う事には納得している様子。

 その様子からも、単に人間嫌いと言う訳では無さそうだ。

 今はそんな些細ないざこざよりも、レオンハルト救出が大事だと解っているから。


「ああ。その通りだ。ルカが言っている事は尤もだ。だが、それを踏まえた上で、これが一番の理由だ。それは俺達の誰よりも“彼”が強いからだ」


 言葉には絶妙な間があり、「誰よりも強い」の部分を溜めて言い放った事で言葉に力が宿った。

 それは有無を言わせない威圧のような、強制力のような力が。


「そう...なのか?オレには、棒みたいに簡単に折れそうに見えるが、見た目だけじゃ強さが解らないって事か?...だが、マークがそこまで言うなら...本当なんだろう?」


 それはマークの事を信頼している証。

 最後は聞き返しているのだが、既に自分の中では納得している様子だった。

 

「そうだ。それにどのみち、俺達では三獣士を相手に出来無いだろう?」

「...確かにな。...解った。その提案を快く受け入れよう」


 ルカは僕の警戒を解き、こちらへと近寄って来てはその手を差し出した。

 複雑な表情を浮かべているが、先程までの睨みを利かした怖さは無かった。 


(僕のこと、認めて...くれたのかな?)


 僕はその手を取って、力強く握手をした。

 すると、相手は握手したまま身体を引き寄せ、ぶつかるような勢いで抱き締めて来た。

 僕の身体が潰れるような、そんな力強さを感じて苦しくなった。

 ルカは僕の背中を叩きながら一言漏らす。



 僕はその言葉に込められた思いを汲み取る。

 その五文字に込められた複雑な意思を。

 それに対して僕は力強く頷いた。

 すると、それまで僕達の事を離れて見ていたジェレミーが近寄って来る。


「話は...終わったかしら?」

「わあ!ジェレミー♡居たのかい?」


 ルカが今まで以上の大声で話す(叫ぶ)。

 ルカの表情はだらしなく崩れ、ジェレミーに向ける視線が完全に恋をしている目だ。

 動きもモジモジしていて、さっきまでの男らしさや力強さが無くなっていた。


(えっ?急にどうしたんだ!?この豹変振り...さっきまでと違いすぎて気持ち悪いな...)


 こんな事を思ってしまっては相手に失礼だろう。

 言葉にしなかった事が、せめてもの救いだった。

 ネガティブな発言は、容易に相手を傷付けてしまうのだから。

 考え方を修正していかなければ。


「ジェレミー♡今日も素敵だね!時刻はもう夜。周りはこんなに暗いのに君だけ輝いているよ!何故だろうか!?そう、君は周りを照らす太陽なんだ!光り煌く君は、この空間を輝かせてくれる!ああ、それは光と闇。表裏一体であり、お互いに無くてはならない存在なんだ!」


 ずらずらと甘い言葉が瞬時に紡がれた。

 ルカのジェレミーに対する止まらない思いが詩のように自然と溢れて。

 ルカは周りを置いてきぼりにして、一人で延々と語る。

 これでもかと言う位に言葉を詰め込んでいた。

 それを受けたジェレミー。

 呆れを通りこした嫌悪を口にしてしまう。


「もう!こうなるから嫌だったのよ」


 ジェレミーは深い溜め息をし、ストンと肩を落とした。

 両手を広げて、どうしようもなさそうなそんな諦めが、その動きへと表れていた。


(なるほど。だから僕達から離れていたのか。まあ、あれを見るとそうなるか...)


 ジェレミーに対して少し可哀想な気持ちになってしまった。

 目の前で、あの思いを早口で饒舌に伝えられたかと思うと、身震いが止まらなくなる。

 慌ててマークがルカを遮った。


「ルカ!時間が無いのだ!早く地下水路への入り口の鍵を開けてくれ!」

(おお!流石はマーク!ナイスタイミング!)

「っ!?そうだったな。すまない。今開ける」


 ルカは自分の行動を反省しながら顔を伏せてしょんぼりとする。

 直ぐに行動を改めて、地下水路の鍵を開けてくれた。


「すまなかったな」


 この我に戻った時のギャップ。

 海豚(イルカ)型の亜人ルカは、見た目も性格も規格外な男だった。


「はあーっ。全くルカは。...では、ここから皇都までは一本道だ。中を警備している者も革命軍のメンバーだから問題なく進めるそうだ」


 マークが気を取り直した。

 こんなところで無駄な時間など使いたく無いからだ。


「ただ、ここは相手の拠点で何事も警戒は必要よ。注意しながら進みましょう」


 ジェレミーがそれに続いて注意喚起をする。

 だが、それが逆効果となってしまった。


「流石ジェレミーっ♡その用心深さが、本当に最高だよ!」


 ルカが再び興奮して我を忘れる。

 だが、ルカの一方的な思いが言葉として並ぶ前に、すかさずジェレミーが突き放した。


「もう、ルカは黙っていて!これ以上邪魔するなら一生口聞かないからね!」

「っつ!?それは無理だ!嫌だ!!はいっ!直ぐに静かにします!」


 この時の返事は、とても早口だが、先程の甘ったるさは一切無かった。

 ジェレミーの言葉を、めまぐるしく頭の中で反芻させての事。

 口を聞けなくなる事が、如何に自分にとって不利益になるのかを悟ったからだ。

 ルカは背筋を伸ばして、口をチャックするように手を動かし直立した。

 ジェスチャーが何とも言えない程、滑稽に映っていた。


(この人...大丈夫なのか?)


 僕は救出作戦に対して、急激な不安に襲われた。

 そして、周りも、これ以上ルカの相手をしていると作戦に支障が出る事を感じたようだ。

 皆が皆、ルカの事を放って置く事にしたのだ。


(信じるのは...己だけか)


 僕がリーダー救出をやりきれば問題無い事だ。

 頼れるのは己自身だけ。

 ルカを見ていると、そう思った方が気持ちが楽になると悟った。

 そうして、一段落(?)したところで、僕達は地下水路の入り口の扉を開けて、その中へと入って行く。

 だが、入り口を開けた瞬間、中に篭っていた空気が開放された。


(うっ!臭いが...)


 下水道のドブのような臭い。

 しかも、地下水路の中は、ジメジメして仄暗かった。

 辺り一面には、カビ臭い匂いが充満していて、長時間この場所にいると体調を崩してしまいそうだ。

 だが、そんな事で立ち止まっている暇など無い。

 それを思ってか、マークが先頭に立ち僕達を先導するように動き始めた。


「よしっ!では注意しながら進むぞ!」

「あっ、すまない。オレはまだ警備の仕事が残っていて...ここを離れられないんだ」


 ルカは、まだ警備の仕事が残っていたようだ。

 だが、僕達からすれば居ない方が助かる事。

 ルカからすれば、これ程残念な事は無いらしいが。

 ジェレミーと離れる事が、この世の終わりと思える程の喪失感を浮かべていた。


「...」


 マークはルカの話を聞いていない。

 これ以上構っていたら、救出作戦に支障が出てしまうからだ。

 ルカはジェレミーに対して何かずっと喋っているが、僕達は無視をして地下水路の中へと進んで行った。


「「「...」」」


 この時、僕達三人が終始無言だった事が変に面白かった。

 そして、今直ぐにでも「ルカの事は忘れてしまおう!」と皆がそんな感じだった。

 それ程に皆が、肉体的にも、精神的にも、疲れ果ててしまったのだろう。


(もう...お腹一杯だよ)


 道中は、休憩を挟みながらも、特に問題無く地下水路を進む事が出来た。

 それはそうだ。

 地下水路には革命軍のメンバーしかいないのだから。

 こうして、変な疲れだけを残し、無駄な争いをする事も無く、無事に地下水路を抜ける事が出来た。

 目の前に広がる皇都。


「ここが...皇都ポセイダルか!」

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