第16話:クラン、作りませんか?
戦闘エリアから戻ってくれば、祝福してくれるのはコメント欄と私の自称弟子。
ジャンピングハグというゲームの最終盤でしか見ないアステを受け止めつつ、コメントを眺める。
:おつ
:GG
:gg
:なんだあのドラゴン○ール
:お疲れ様でしたー
「ん。はぁ、つっかれたぁ」
「師匠が勝ってよかったです!」
「はいはい、だったら強く抱きしめない」
:キマシタワー
:芳醇な百合の香り!
:カナタ、さん……?
百合だのなんだの。そのコメントを眺めるのはいいけれど、こっちの身にもなってほしいよ。
これはアステの友情表現であって、そういう恋愛感情の1つではない。それは断じて言える。だいたいこの子のことがよく分からないんだから、そういう感情になのかどうなのか。それすら分かってないこともありそうだし。
「カナタさん」
「なに?」
「アイドル」
「え? ……あ」
そんなことよりも重要なことがある。
それは私のロールプレイが完全に外れていたことだった。
油断していた。いやだって、あんなにも激しいバトルしてたんだから忘れてしまうのは当然のことなわけで。
「い、いやー。違うんだよー? ちょーっと疲れててー、こうーーーー、ね?」
:カナタちゃん、無理しなくていいんだよ?
:無理すんなって
:うわっキッツ
「無理してないし! というか誰、最後のキッツ! って!」
辺り一面に広がる草とwの数々。
まぁ、多少は気を逸らせただろうし、大丈夫か。
軽く終わりの挨拶をして、配信を終了させた。
さすがに疲れた。必殺技も切らされたし、精密戦闘は脳への負荷は思ったより大きい。今は、とことん休みたいところだった。
「さすがです、コーヒー卿」
だったのになー。
現れたのは3人のプレイヤー。
1人はクラシカルなメイドの風貌。白いロングヘアが頭を振るたびにさらさらと流れていく。
容姿も相まって美しい。そう思わせるのに、その肩にかけているミルクタンクはいったいなんなのだろうか。
なに。牧場出身ってこと?!
2人目はまさしくゴリラ。黒いゴリラ。毛深いゴリラ。そこにいるのはまさしく獣。
3人目はもう肌が青いエルフだ。変人アバターの巣窟かと。そう思わせるには十分な魑魅魍魎っぷりだ。
「惜しかったウホ!」
「私の計算ではコーヒー卿が100%勝利するはずだったのですが……」
なんなのこの人たち。
そう思わずにはいられない私を見かねてか、ため息をついたノイヤーは自己紹介を3人に促す。
いや、知り合いになるつもりはないんだけど?!
「私はミルクと申します」
「俺はマウンテンゴリラウホ!」
「私はオレアバターです」
ミルク以外、名前の味も濃い。
カル○スの原液を2倍にしてそのまま口にしたような、甘ったるさ。喉元に通る前のドロッとした感覚に、少し嫌気がさしてしまうぐらいには3人の自己紹介が重たすぎた。
「彼女たちはわたくしの……。なんでしょう?」
「なんでそこ疑問形なのさ」
「わたくしも分かってないので」
なにかは知らないけれど、ノイヤーは彼女たちを傷つけたみたいだ。
取り巻き3人は少しがっかりそうに肩を落としていたけれど、頭をブンブン振って自分を取り戻したミルクは胸に手を当て静かに語り始める。
「私たちはノイヤー様の。いえ、コーヒー卿のナイトです」
ちらりと幼馴染の様子を見ると、眉をハの字にし、完全に困っている様子であった。
「わたくしはそんなこと、頼んだ覚えはないですが?」
「憧れているのです! 悠々なる凪のような立ち振る舞いに、戦闘に入れば津波のように荒々しいお姿。こういうのをギャップ萌えというのです。そのくせコーヒーはいつも苦手と言いながら、それでも飲む姿にこの矛盾の塊、否。人間の縮図のようなお方を私は尊敬しているのです。故に自分から彼女のナイトになると決意したのです!」
聞いてないですけど。一言辛辣な言葉が飛び交ったが、多分気のせいだろう。
他の二人も同様で、実に信仰心が高い3人だと気づいてしまった。
そっか。要するにファンか。いいなー、ファン。私にもほしい。
「とはいえ、カナタ様も素敵なファイトでした。彼女たちにも拍手を」
おそらくミルクが3人のリーダー格なのだろう。
ゴリラと青色エルフがそろって拍手する。ま、まぁありがたいけど。そうじゃない気がする。
さすがのアステも困惑している様子であった。
「そういえばノイヤー。あのテスト、っていうのはなんだったの?」
「あ、それは気になりました! 試しているようでしたけれど」
ノイヤーは微かにクスリと笑う。不敵でなにを考えているか分からない顔。
容姿は美女寄りだからか、絵になるのが悔しいところだ。
「クラン、作りませんか?」
「……え?」
優しく、強制ではないことを感じさせる柔らかい微笑みが、今は胸をきゅっと苦しめる。
もうやめたはずなのに、人間関係のいざこざなんて見たくもないのに。なんで彼女は私をクランに誘いに来たのだろう。
心と呼ばれる不安定で曖昧極まりないものをガッシリ掴まれて、私は身動きを取れなくなっていた。
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