第41話 宿でお泊まり

 野盗に襲われるという事件の後、私たちは当初の予定通り宿へと向かっておりました。


「では私達が外に出払った後、すぐに拘束を解いてフィアさんに手を出したと……」


 その道中、フィアさんが目を覚ましましたので聞き取り調査を行いました。


「はい。自由になった手で杖を取り出し、フィアに向けた所までは覚えています」


 彼女が覚えていたのはそこまででした。


 その後、魔法で眠らされ座席に寝かされたのでしょう。


 調査の結果は私たちの仮説通りのものとなりました。


 少女が逃げる際に、フィアさんに騒がれぬよう魔法で眠らせていったのです。


(本当に悪い人だったら、迷わずフィアさんを人質に取っていたでしょう。そうしなかったのは……)


 単純にそこまで好戦的ではなかったのか、追われる可能性を考えて、フィアさんに手を出さなかったのか……。どちらにせよ、女の子には更生の余地がありそうでした。


「……師匠」


「はい。フィアさんを眠らせたのは、あの子で間違いないようですね」


 彼女の証言を得たことで、逃げた少女はクロだと断定する事が出来ます。


「まさか師匠の拘束を解くなんて……私だって出来ないのに」


 リベア、ちょっと悔しそうに言わないで下さい。


「ええ。手加減したつもりはなかったんですけどね」


 女の子だからと油断しました。杖くらいは奪っておいた方が良かったのかもしれません。


 もしくは私かリベアが、女の子の傍についておくべきでした。


 ここで悔やんでも仕方ありません。もう起きてしまった事ですから。


「ソフィー、これは私の責任です。申し訳ありません」


 私は黙って話を聞いていたソフィーの前に立ち、深々と頭を下げます。それに続いて弟子リベアも頭を下げました。


 事前に何も言っていないのに、私と一緒に頭を下げてくれるなんて優しい弟子でしょう。


 頭を下げたまま視線を横に移すと、リベアが「へへっ、ししょう♪」っていう顔をしていました。


 可愛い。


 リベアがいるならソフィーも許してくれる――その予想は間違っていませんでした。


「二人とも気にしないで。フィアもこうして無事だったわけだし、別に二人は私たちの護衛というわけでもないんだから」


「そうですね。私達が同行しているのは、ソフィーの家族間の問題を解決する為ですから」


「そうよ。だからよろしくねティルラ」


「……全力は尽くします」


 ソフィーが笑顔で優しく、私の両手をにぎにぎしてきます。


「ソ、ソフィー?」


「ん? なぁに?」


「い、いえ……」


 にぎにぎにぎ。え、なにこれ? ちょっと気持ちいんだけど。


「えっと……」


 にぎにぎにぎ。困惑する私をよそに、ソフィーはにぎにぎを続けます。


(あ、癖になりそう)


 私が顔を緩めたのを私に敏感(?)なリベアは見逃しませんでした。


「ソフィーさんばかりずるいです! 私も!!」


「え」


 ソフィーのすべすべの手に加え、更にリベアの柔らかい手が加わります。


「ちょ、どうして」


 私の疑問にソフィーはようやく答えてくれました。


「元気づけてあげてるのよ」


「はい!?」


 斜め上の回答を受け、私は混乱を極めました。


「師匠の生足ならぬ生手です!!」


 混乱する私を他所に、リベアがにぎにぎしてきます。


「普段からそうですって。というか人類の殆どが生手ですよ」


 リベアの手つきは、ソフィーよりだいぶねちっこいものでした。


 とにかく私の手をにぎにぎしてきます。なんか息づかいも荒いような気が……。


「リベア……」


 そうこうしている内に、ソフィーがフィアさんを手招きします。彼女は「じゃあフィアも……」と若干遠慮気味に私の手を握ります。


 だからどうして私の手を握るの? 元気づけるには手を握る事が必須なの? と色々言いたくなりますが、ソフィーの無言の圧で言えません。


――『大人しくしててね?』


 美人の笑顔ほど怖いものはありませんでした。

 

「師匠の手、柔らかいです」


「はい。赤ちゃんみたいですね」


「ティルラは昔からこんな感じなのよ。それでよくお母様に触られていたわ」


 へーと感心する二人。


 私はというと、意図せず美少女三人(?)に囲まれ、更には手まで握られて恥ずかしくなっておりました。



「……いや、なんですかこの状況?」

 


 その言葉が口から出るのに暫くかかりました。


◇◆◇◆◇


「やっと宿につきましたねー」


 フィアさんはうーんと言って立ち上がると、両手を頭の上で組んで思いきり伸びをします。


「私も今日は疲れました」


 ぐでーんと弟子が私にもたれかかります。


「早く部屋を取ってお風呂に行きましょう。ここは規模としては小さい宿だけど、温泉が有名な所なのよ」


「へぇーそうなんですか、流石は王都近くの宿屋ですね。お客様の心をばっちり掴んでいます」


 リベアやソフィーにも疲労の色が見えます。今日は色々あってお疲れのようでした。


「……もう動きたくない」


 かくいう私も、もうくたくたです


「師匠、頑張って一緒に温泉に入りましょう」


 胸の前で両拳を作り、「頑張って下さい!」と可愛い仕草ポーズをとります


「リベア。私は部屋に付いているお風呂で済ませますから」


「ここ、一人一人の部屋が狭いからそんなのついてないわよ」


「え」


「師匠は温泉に浸かって身体を清めないんですか? 身嗜みを整える事は女性の基本ですよ?」


「ティルラ様。一緒に行きましょう!」


 私を除いた三人は既にタオルと洗髪剤、化粧水などを手にしておりました。


 みなさん女子力がお高いですね……。それに比べて私は……。


「行きましょう師匠! 私が師匠に合うような洗髪剤も用意しておきましたので」


 弟子の腕が私の腕に組み付き、もう片方の手で買ったばかりの洗髪剤、その他諸々を見せびらかしてきます。


「え、そんなの聞いてない。あ、ちょっ離して、まだ行くとは言ってま――」


「さぁ行きますよー! 私が師匠の事を隅々まで洗ってあげますから」


「や、身体は自分で洗いますからぁー」


 そうして私は弟子に引き摺られながら、三人で温泉へと向かうのでした。



 ちなみに部屋割りは、一部屋に二人しか入れないという事で、私とリベア、ソフィーとフィアさん、そしてトミーさんが一人という形になりました。

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