211:知られざる真実
竜騎士団本部取調室にて、イリスの調書をとる為の尋問が行われていた。事が事であることから、尋問は団長であるユージィンが行い、調書は副官であるライモンドが担当していた。
「・・・・・まーね、君の境遇には多少同情はするけど、それでも魔獣をけしかけられた被害者にはそんな事情は関係ないからねぇ。それに、君は誰からも愛されていないとか思い込んでるようだけど、そんなことないからね?」
イリスはユージィンが何も知らないくせにと、怒りを覚えた。
「何を適当なことを!!」
これには後ろで手記を取っていたライモンドも、不思議に思っていた。どうしてそんなことが言えるのかと。
「ふ―仕方ないなぁ。」
ユージィンはやれやれと溜息をついた。しかし次に発した声色はいつもの軽い調子ではなく、威圧したものだった。ライモンドも初めて聞くユージィンの声色に驚きを隠せなかった。
「特別大出血サービスだ。お前に真実を見せてやろう。」
ユージィンが手のひらをイリスの目の前にかざした。
「なっ!!」
その瞬間、イリスの目の前が真っ暗になり、その瞳に見えたものは・・・吹雪の真っ只中に男女が見えた。
黒髪の男と水色の長い髪の女がいた。男は美丈夫だが瞳は赤く、女は際立って美しい見目をしていたが、特徴なのは先が尖った大きな耳があった。だが女は怯えた目をしていた。何かの気配に気が付いたのだ。
「貴方!」
「ダメだな。追手が迫っている。」
それはその男も気が付いていた。そしてここで食い止めなければならないと決断したのだ。
「お前は生き延びてくれ。きっとお前の村ならあいつらも手出しはできないはずだ。」
「だ、だけど、貴方は?!」
男の言うことはわかる、でも本当は一緒に、傍にいたかった。だけど今はそうもいってられないことも女はよく知っていった。何故なら、自分の腕の中に小さな命がスヤスヤと寝息をたてながら、眠っていたから。
「大丈夫だ、俺もすぐにお前を迎えにいくから。」
「本当に?本当ね?絶対よ?」
「あぁ、待っててくれ」
そういうと黒髪の男は耳の長い女に口づけをした。
「ふふ、こんな時まで寝ているとはな。大物になりそうだ。いい子にな、いや何よりも生き延びてくれ。」
そして水色の髪の女が抱いている赤ん坊の頭を愛おしそうに撫でていた。
「さぁ行け!」
男は女を背にし、女はグッと歯を食いしばりながら、赤ん坊をギュッと抱きしめその場を後にした。そして後ろでは「見つけたぞー!」「裏切り者め!」怒号が風に乗って聞こえてきた。女は泣いていた。(お願い、お願い、貴方・・・無事でいて・・・そして必ず迎えにきて・・・)
また真っ暗になった。今度は違う場面に切り替わったようで何処かの部屋にいた。そこには先程の女が怒りの形相で、まだつかまり立ちしたくらいの幼い男の子と対峙していた。
「お前が!お前が生まれたばっかりに!!」
女は子を叩こうと手を振り上げた。しかし・・・子の赤い瞳をみて、黒髪の男の面影が重なった。
「ち・・・」
女は振り上げた手を下ろし、我が子を抱きしめた。
「違う!お前は、イリスは何も悪くない!ごめんね、ごめんね!弱いお母さんでごめんね、ごめんね!」
女は自分と同じ髪の色をした我が子を泣きながら抱きしめていた。
「貴方・・・待っているのに・・・」
女は子を抱きしめたまま、窓に目をやり、ずっと男の帰りを待っていた。
そして、イリスの意識は現実に戻った。
イリスは時計を見た。時間を見れば意識を失ってから、五分と経っていなかったのだ。
「どうだった?」
「こ、こんなものは幻だ!!」
イリスは混乱していた。さっきのは一体・・・だがあれは、恐らく自分の両親だと、認めたくはないが確信めいたものはあった。
「信じようと信じまいと、それはお前が決めればいい。だが、俺が見せたのは真実だ。」
「そんな・・・・」
自分は誰にも愛されていなかったと思っていたのに、そうではなかった。父も母にも愛されていたのだ。ただ赤ん坊の頃に父とは別れ、そして母とは記憶もおぼつかない時に死別した。それからはハイエルフの村で厄介者として虐げられて育った。だから誰にも愛されていないと思い込み、だからこそ自分が魔王になって見返してやろうと思っていたのに・・・
「だから言ったろ?お前は愛されていたと。」
イリスはショックを受けていた。
そしてハッと気がついた。ただの人間がこんな芸当ができるのかと。答えは否だ。ではこんなことができるのは誰かと考えてみると一人該当者がいた。魔王化しかけていたヒルダがハインツに、前世の記憶を垣間見せていたことを思い出したのだ。それにユージィンは『覚醒者』であったはず。そして『ドラゴンスレイヤー』のマスターであったこと。
それらのことから、イリスはある可能性を見出したのだ。
「ま、まさか…お前は・・・いや、もしや貴方は・・!」
イリスの目は見開き、恐れおののきユージィンを見上げていた。ユージィンは頬杖をつきながら微笑んでいた。
「・・・僕はね、イシュタルを悲しませたくないんだよ。」
ユージィンはいつもの軽い調子の声色に戻ってはいたが、その言葉はしっかりとイリスに言い聞かせるように、それ以上は言うなと圧がかけられているのを感じずにはいられなかった。
イリスはわかった。あぁそうか、彼の者はとっくの前に顕現していたのだと。自分のやってきたことが徒労であったと、今はっきりとわかったのだ。
「は・・・ははっ!俺は今まで何を・・・ははっはっはっはっ!」
イリスの目には涙が溜まっていた。その部屋にはイリスの空しい笑い声が響いていた。
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