セミだから7日で死ぬけど、アイドル目指します。

アフロマリモ

1日目 捕獲

 夏の暑い日差しが続く中、大学生の私は実家で怠惰に暮らしていた。

 エアコンが自室を冷やす中、ベッドに寝ころびネットサーフィンを楽しむ日々。

 そんな中、扉を叩く音が聞こえる。

 私の許可を待たずに、勝手に扉が開く。


「おねぇちゃん! 蝉取りに行こう!」


 今年小学3年になる弟は、この暑い日だというのに外出を提案してくるほど、元気いっぱいだ。


「え……、嫌だよ。外暑いし……、現代っ子らしくクーラーの効いた部屋でゲームでもしてな」


 しっしっと手で追いやる。


「僕だってそうしたいけど、自由研究でセミについて調べることにしたんだ! だから手伝ってよ」


「絶対嫌。それに自由研究は自分1人でやるもんだよ」


 かたくなに嫌がる私に、弟は頬を膨らませる。


「いいもん! そんなこと言うなら、おねぇちゃんのポエムをTw〇tterとインスタに拡散するから!」


「!?……け……けどあんたのフォロワーなんてたかが知れてるわ。どうせ父さんと母さんの二人だけでしょw」


「僕のフォロワー数は10万です」


「!?」




 

 弟思いの私は、自由研究を手伝うことにした。

 36℃の猛暑日の中、私たちはセミが多く取れるであろう裏山に向かう。

 

 裏山に着くと様々なセミたちの大合唱が、うっとうしいほど聞こえてくる。


「セミいっぱいいるよ! おねぇちゃん! これなら数匹減っても大丈夫だね!」


「少し闇を感じる言い方をしないで」


 麦わら帽子を揺らしながら、突き進んでいく弟。そのあとを汗にまみれながら必死についていく

 日頃セミの鳴き声なんか意識していないせいか、とても新鮮に感じた。


「ミーン ミンミンミンミン ミーン」

「ジリジリジリジリジリジリジリ」

「ツクツクオーシ ツクツクオーシ ジーーーーーーー」

「き~み~が~あ~よ~お~わ~」


「誰だ!? 国歌歌ってるやつは!?」


「おねぇちゃん! 早くこっち来てよ!」


 最後に聞こえた狂気を聞き流しながら、少し離れた場所で手を振る弟のもとに向かう。

 

「おねぇちゃん! あのセミ取ってよ! 僕の身長じゃ届かない」


「ち~よ~に~い~い~や~ち~よ~に~」


「よりによってこのセミかよ! いっぱいセミはいるんだから、他のに……」


「さ~ざ~れ↑~」


「うるせぇ! 70dBの爆音で国歌歌うんじゃねぇよ!」


「あのセミがいい! 取ってよ!」


 駄々をコネ始める弟。


「え……嫌だよ。気持ち悪し」


「ポエムゥ……」


「イエス、マイ・ロード」


 弟思いの私は、渡された虫網を手に奇妙なセミを捕獲する。


「やめろ!? 離せ!! 俺はアイドルになるセミだぞ!!」


「はーい、静かにしてね」


 騒ぐセミをあやしながら、弟の首からぶら下げた虫かごに叩き込む。

 かごの中で暴れ叫ぶセミの様子を見て、満足そうな弟。

 私はそれに狂気を感じつつも帰路につく。


 お昼頃に帰ってきた私たちは、2階にある弟の部屋に虫かごを置き、昼食の席に着く。

 2階から聞こえてくる、70dBの悲痛な叫びが、お茶の間を貫通する。


「え……、2階からなんか聞こえるけど!? え、何この声!? 誰か監禁してるの!?」


 困惑するお母さんに、弟は笑いながら答える。


「セミだよ! ごちそうさま!」


 とんでもない速さで昼食を食べ終えた弟は、早々と自室へ向かう。


「セミ!?」


 混沌とし始める食卓を、まとめるために


「ど、動画の音声だよ!」

 

 と噓をつきその場をしのぐ私。

 昼食を急いで終え、弟の部屋に乗り込む。


「ちょっと! セミ! 静かにしてよ! 家庭を崩壊させる気!?」


「あぁ……静かにしてやるよ。俺をここから出したらな!!」


「えぇ、嫌だよ。セミさんには僕の自由研究の糧になってもらうんだぁ!」


「俺ここで死ぬんか!?」


 弟に発音膜を震わせながら懇願するセミ。


「後生です弟様! 一寸の虫にも五分の魂というじゃないですか!」


「だ~か~ら、本当に五分の魂があるか、これから実験するんだよ」


「おねぇ様!!!」


 懇願する対象を私に変える。つぶらな瞳で見つめるセミはどこか愛らしく……。

 あ、よく見たらキモイわ


「いや、きっしょ!」


「あ、終わったわこれ^^」


 さすがに可哀そうになってきた私は、弟に


「まぁ、話だけでも聞いてあげたら」


 と諭す。


「そうだね! 遺言が無いと遺産相続のとき大変だもんね!」


「その遺産を相続させる子孫すら、俺は残せそうにないですけどね^^」


 諭された弟は、渋々セミの話を聞くことにしたようだ。


 話を聞くと、セミはどうやらアイドルになりたいそうだ。


「俺はアイドルになりたいんです!! 土の中で6年間温めてきたこの想いを、この7日間にぶつけたいんです!!」


 荒唐無稽な発言に、眩暈を覚える。


「あのさ、セミがさ、アイドルにさ、なれるわけないじゃん」


 現実を突きつける私とは違い、弟は目頭を熱くしながら、その情熱に呼応する。


「セミさん凄いよ! 今の若者なんて、碌に自分の夢も語れない人たちばっかなのに、セミの分際でそこまで熱く夢を語るなんて……、僕感動したよ!!」


「これ俺褒められてるの?」


「僕にもその夢を応援……、いや! 協力させてよ! おねぇちゃんもしたいって!」


 急な無茶ぶりをする弟。


「え……嫌だよ。めんどくさいし」


「セミさん! このポエム、70dBで音読してくれない?」


「アイドルたるもの、どんな作品も感情をこめて全力で読むものさ! 近隣の皆様聞いてください、【わたしの心はホットケーキ】」


「なんだか私、協力したくなってきたかも! よろしくねセミさん!」


 こうして3人(2人と1匹)の、アイドルへの挑戦が始まったのであった。

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