第34話 今夜も【殲滅の力】の時間がやってきた
5日目6
一瞬にしてマルコの傍に移動したイネスが、マルコの腕を捩じ上げた。
「いてててて! なにしやがるこの
「私はともかく、カース殿をこれ以上侮辱する事は許しません」
多分、イネスのステータスが相当高いためであろう。
剣聖のマルコがいくらもがいても、イネスを振りほどく事が出来ない。
イネスが冷ややかな表情のまま、マルコに語り掛けた。
「あなたが【黄金の椋鳥】のリーダー、マルコですね? “顔だけ女”相手に身動き取れなくなった感想を聞かせて貰いましょうか?」
「なんなんだ、お前は!?」
マルコが仲間達の方に顔を向けた。
「おいお前等! ぼさっとしてないで、この女をどうにかしろ!」
一瞬の出来事に虚を突かれていたらしいハンス、ミルカ、ユハナの三人が慌てて身構えた。
俺の全身にも緊張が走る。
と、ふいに誰かに袖を引かれた。
「カース……」
ナナだった。
彼女はレッドベリーの屋根を指差していた。
「何?」
彼女の意図が分からず聞き返してから、俺はこの騒ぎの直前、ナナに『ござる』野郎の居場所を探って欲しいと頼んでいた事を思い出した。
「もしかして、『ござる』野郎?」
ナナがこくんと頷いた。
目の前ではマルコがイネスに羽交い絞めにされ、ハンスとミルカとユハナが身構えている。
そして、屋根の上には『ござる』野郎。
さて、どうしようか?
悩んでいると、ふいにイネスがマルコを解放した。
よろめくマルコに、慌てて駆け付けたやつの仲間達が手を貸した。
イネスがその様子を一瞥してから口を開いた。
「これに懲りたら、相手を見た目だけで判断するのは止めた方がいいですよ」
「てめぇ……」
マルコが、イネスを睨みつけた。
マルコの視線にいささかも動じる気配を見せず、イネスが言い放った。
「もしかして、私に敵意を向けていますか? そちらから攻撃してもらえれば、そこから先は自衛と言う事になるので、むしろ私としては好都合ですが」
イネスは見た目や人当たりとは裏腹に、かなり好戦的な性格のようだ。
「カース! てめぇの連れは、随分
マルコが口から泡を飛ばしながら腰の剣を抜いた。
ユハナが慌てて止めに入った。
「マルコさん、これ以上はまずいですよ」
「うるせえ。ここまでコケにされて引き下がれるかよ!」
「ですがほら……」
ユハナがそっと視線を周囲に向けた。
この地区の住民達であろうか。
上品そうな紳士淑女の皆さんが数人、俺等の方に視線を向け、なにやらひそひそ囁き合っている。
「時間も押しています。ここはひとまずレスターさんの所に急ぎましょう」
そしてユハナは俺に視線を向けて来た。
「ここでの出来事は、きっちり、次の“仲裁”の場で報告させて貰いますからね」
う~ん、これは俺にとって有利に働くのか不利に働くのか……
ともかく、【黄金の椋鳥】は足早にこの場を去って行った。
イネスが頭を下げて来た。
「すみません、勝手な事をしてしまいまして」
「まあ仕方ないですよね。それより……」
僕はナナに囁いた。
「まだ居る?」
ナナが頷いた。
それを目にしたイネスも小声でたずねてきた。
「ニンジャが居るのでしょうか?」
「そうみたいです」
俺は先程ナナが指差したレッドベリーの屋根に視線を向けた。
俺の視線を目で追ったイネスが、レッドベリーの屋根に厳しい視線を向けながら声を上げた。
「そこに潜んでいる者! ただちに立ち去りなさい。さもなければ、物凄い目に合わせますよ?」
途端にあの奇妙な違和感が消え去った。
もしかして、イネスが口にした“物凄い目”に反応した?
レベル200を越えているという『ござる』野郎が逃げ出す位だから、“物凄い目”って、文字通り物凄い目なんだろうけれど、具体的にはどんな目に合わされるのだろうか?
イネスが再度小声で聞いてきた。
「どうです? まだいますか?」
「違和感は消えましたけれど……」
話しながら、ナナに視線を向けた。
「どう? あいついなくなった?」
ナナがこくんと頷いた。
俺はイネスに話しかけた。
「どうやら逃げて行ったみたいです」
「良かった」
イネスが笑顔になった。
「今度あの者と会話する機会があれば、これ以上カース殿をつけまわさないよう、きつく申し付けておきますのでご安心下さい」
「宜しくお願いします」
イネスと別れた俺達は、その足でナナの服を買いに、あらかじめ目星をつけていた服屋に寄ってみる事にした。
ナナが、実はボタンの
イネスの脅しが効いたのか、幸いあれから『ござる』野郎が現れる事も無かった。
そのままナナと一緒に少し街をぶらついてから、俺達は『無法者の止まり木』に帰って来た。
時刻は午後4時。
俺は客室のベッドに寝転がっていた。
新しい
ちょうど中途半端な時間帯だ。
そうだ、今の内に今日の分の【殲滅の力】、どこかで使ってこようかな。
と言っても、どこで使用するか、だけど……
この時間帯なら、まだ『封魔の大穴』は大勢の冒険者達が探索中のはず。
なら野外って事になるけれど、ここ三日間連続で街の周囲で【殲滅の力】を使用して、帝都からイネスさん達調査団が送られてくる位には人目を引いてしまっている。
ならやはり、もう少し夜遅い時間帯、冒険者達が引き上げた後、『封魔の大穴』に潜って使用した方がより安全かな?
結局俺は、夕食後に『封魔の小穴』の39層奥で【殲滅の力】を使用して来る事にした。
午後6時半、冒険者達で酒場が混み始める時間帯、俺とナナは1階の隅の二人掛けテーブルで夕食を一緒に食べていた。
すると隣のテーブルに陣取る冒険者達が、少し気になる内容の話をしているのが聞こえて来た。
「おい聞いたか? 帝都からの調査隊の話」
「ああ。なんでも魔族が謎の大爆発起こして回っている件について調査しに来ているってアレだろ?」
「調査隊、昼間は街の周囲の爆発現場を調べて回っているのに、夜は『封魔の大穴』の各階層を調べて回っているらしいぜ?」
「『封魔の大穴』を? そりゃまたなぜだ?」
「さあな。だけど俺の知り合いの冒険者が、昨晩『封魔の大穴』の傍を通った時、調査隊の連中が松明片手に何か色々やっているのを見たらしい」
「まさか、『封魔の大穴』に魔族が入り込んでいるとかか?」
「さあな……」
と言う事は、もしかして
ならば今夜も居るかもしれない。
俺は少し困惑してしまった。
このままだと、今夜も野外、つまり街の周囲で【殲滅の力】を使用せざるを得なさそうだ。
夕食を終えて一度客室に戻った俺はベッドに横たわり、改めて今夜の計画を頭の中で練り直す事にした。
ここ三日間で、街の北、南、東で【殲滅の力】を使用した。
とすれば今夜は必然的に“西”って事になりそうだけど、もしかして調査隊もその辺推理して、街の西に誰か配置して見張らせているかもしれない。
そうでなくてもあの『ござる』野郎が勝手に街の西を見張っているかもしれないし、街の西は、今夜は鬼門な気がする。
ならいっそ、昨日と同じ街の東の高台で【殲滅の力】を使用するか?
“鍛錬”がてら走って行けば、もし誰かに見られても、“日課です”と言い張れるかもしれないし、まさか同じ場所で二晩連続して謎の爆発起こるとは誰も予想しないんじゃないかな。
我ながら良い案に思えた俺は、ベッドから勢いよく跳ね起きた。
「どう……したの?」
驚かせてしまったのだろう。
いつも通りベッドの脇にちょこんと座っていたナナが珍しく声を上げた。
「あ、いや、別に深い意味は無いんだ。また出掛けて来るからさ。留守番宜しく」
頷くナナを客室に残して、俺は東の高台に向かうべく『無法者の止まり木』を後にした。
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