第32話 高級レストランでランチを楽しんだ


5日目4



手紙は意外な人物からであった。



『カース殿、昨夜のお礼にランチを御馳走させてもらえないでしょうか? もちろんナナさんもご一緒して頂いて構いません。本日12時30分、レッドベリーにて私の個人名で個室をご用意してお待ちしております。


イネス・ナタリー・ジョゼ・ヴィリエ』



イネスが?

御礼にお昼を御馳走してくれる?

『レッドベリー』と言えば、ダレスの街の富裕層御用達ごようたしの高級レストランだ。

もちろん、そんな高い店の料理、自腹で食べに行った事なんて一度もない。

イネスのような美人と食事が出来て、食べた事の無い高級料理を楽しめて、加えて俺とナナの昼食代も浮く。

断る理由は見つからない。


で、今の時刻は……


俺は視界の右下隅に表示されている数値に意識を向けた。



残り12時間18分23秒……

現在004/100



と言う事は、逆算すれば今は午前11時42分だ。

今から準備してぶらぶら歩いて行けば、ちょうど時間には到着しそうだ。


俺とナナは手早く支度をしてから『無法者の止まり木』を出た。



『レッドベリー』は、街の中心やや北側、富裕層が住まう一角に位置する白い小洒落こじゃれた外観のレストランだった。

俺は暗色系の普段着、ナナは白っぽい貫頭衣といったやや場違いな格好に、今更少し気後れしたけれど、ここまで来てしまったものは仕方ない。

俺はナナを連れてレストランの入り口扉を開けた。


「いらっしゃいませ。御予約のお客様でしょうか?」


パリッとした感じの黒い制服を着こんだイケメンのウエイターが、俺達を出迎えてくれた。


「イネスさんからご招待を受けたカースとという者ですが……」


おずおずと切り出してみると、イケメンのウエイターがこれぞ完璧と思える笑顔を向けて来た。


「カース様とナナ様ですね。お待ちしておりました。こちらへどうぞ」


彼の案内で、俺達は店の奥、扉で仕切られた個室へと通された。

テーブルには既に、イネスが一人で着席していた。

彼女は質素ながらも淡い色調のドレスを身に付けていた。


「え~本日はお招き頂きまひして……」


噛み気味に挨拶すると、イネスがにっこり微笑んだ。


「そう固くならずに。さ、お座り下さい」


勧められるがまま、椅子に腰掛けた。

『無法者の止まり木』の木椅子と違って、ふかふかしたソファのような椅子だ。

その座り心地を秘かに楽しんでいると、イネスがメニューを手に声を掛けて来た。


「嫌いな食材はありますか?」

「いえ、俺は無いです。ナナは……」


チラッと隣にすわるナナに視線を向けた。


「なんか食べられない物とかある?」


ナナは少し小首を傾げてから口を開いた。


「椅子……とか机……とか……」


……まあ確かに食べられないけれど。


イネスが吹き出した。


「ナナさんはなかなか面白い方ですね」

「……面白い……?」


ナナが困惑したような顔になった。


ひとしきり笑ったあと、イネスが頭を下げて来た。


「すみません。では取りあえず、お勧めのランチセットを頼みましょうか?」

「はい。お任せします」



料理の注文を済ませた後、イネスが改めて俺に頭を下げて来た。


「昨日はありがとうございました」

「いえいえ、俺の方こそ、イネスさんが助けに来てくれなかったら、多分殺されていたというか……」


頭を上げたイネスが、俺に探るような視線を向けて来た。


「それで、ちょっとお伺いしたい事が……」


ん?

もしかして、高台での話が蒸し返される?


緊張しながら俺は聞き返した。


「なんでしょうか?」

「その……昨夜あなたの前に現れたという尾行者、についてなのですが……」


ん?

どうやら、高台の話そのものではなさそうだ。

尾行者って事は、もしかして『ござる』野郎関係?


イネスが言いにくそうに言葉を続けた。


「お嬢様云々以外に、何か話していましたか?」


何か……

俺は、昨夜の『ござる』野郎の言動を思い返した。


「闇にどうたらとか、身命を賭してお嬢様を守るとか……」


確かそんな感じだったはず。


「その者は、話し言葉に何か特徴が無かったですか?」

「特徴?」

「例えば、語尾がなんとかでござる、みたいな感じだったとか?」


今度は俺の方が、探るような視線をイネスに向ける事になった。


「……すみません、やっぱりイネスさんのお知合い……でしたか?」


イネスさんの表情が曇った。


「知り合い、と申しますか……」


イネスさんが、あの『ござる』野郎について教えてくれた。


彼女の話によると、以前、あの『ござる』野郎の窮地を救ってやった事があったらしい。

それ以来、なぜか勝手にイネスを守るのだ、と付き纏われているのだ、と。

そしてイネスが何かの任務で動く時には、頼んでもいないのに、勝手に手伝ったりするのだそうだ。


「恐らく今回も、私の為に良かれと思って、あなたを尾行していたのでしょう。まあ結果的には高台に向かって駆けて行くあなたに振り切られた、とあの者が知らせてくれたお陰で、私もあの高台に向かう事が出来たわけですが」


なるほど。

それで昨夜、イネスがタイミングよく現れた、と言うわけだったらしい。


そんな事を考えていると、個室の扉がノックされた。


「お料理をお持ちしました」

「どうぞ」


あのイケメンウエイターが、にこやかな笑顔を振りまきながら、見るからに旨そうな料理をテーブルの上に並べだした。

柔らかそうなパン、上品な香りのスープ、いかにも手の込んでそうな肉料理に、色鮮やかなサラダ。

いずれも普段は決して口に出来そうにない料理の数々だ。


俺は改めてイネスに感謝の意を示した。


食事を楽しみながら、俺はイネスにたずねてみた。


「それで、結局あいつは何者なんですか?」


イネスが申し訳無さそうな顔になった。


「あの者は、なんでも掟とやらに縛られているらしく、私にも正体を明かさないのです。恐らくは東方の島国ラポニアのニンジャだとは思うのですが」


やはりあいつは本物のニンジャの可能性が高そうだ。


と、イネスが少し意外な事を言い出した。


「それで、この事は……どうか他の方には内密にお願い出来無いでしょうか?」

「内密に?」

「はい。私はかりにも深淵騎士団副団長です。そんな私が、得体の知れない相手に付きまとわれているというのは、外聞の上からも非常にまずいのです。別段、私に害を成すわけでも無いので、いたずらに傷付けて追い払うわけにもいかず……」


イネスは本当に困っているような顔になった。


そうか。

だから朝、同席したベネディクトの前では、イネスは『ござる』野郎について知らない振りをしていたんだな。

あれ?

そういや『ござる』野郎については、【黄金の椋鳥】やギルドマスターのトムソンやらに話してしまっているぞ?


俺はおずおずと切り出した。


「実は、あの尾行者にそんな背景があったとは知らず……」


俺は正直に、『ござる』野郎につけ回されて、何回かはナナの魔法で追い払った事、トムソンの意向を受けて、【黄金の椋鳥】の連中が『ござる』野郎を捕えようとしている事について説明した。


話を聞き終えたイネスが、申し訳無さそうな顔になった。


「どうやらあの者が、カース殿に随分迷惑をかけてしまったようですね」

「まあ迷惑と言うか、こちらこそ、事情が分からなかったので、あちこちで話してしまっていますが、大丈夫ですかね?」

「私に関わる者だ、という話が出なければ大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

「ですが、万一あいつが捕まったりしたら……」


【黄金の椋鳥】の連中もレベル40とは言え、皆、それぞれに優秀な職に就いている。

あいつらが本気を出せば、捕える事が出来るかもしれない。


イネスが苦笑した。


「その心配は無用かと。あの者は非常に優秀です。恐らくレベルも200を優に超えているはず。この街の冒険者達程度では、捕えるどころか、気配すら察知する事も叶わないでしょう」

「そうなんですね」


『ござる』野郎、そんなに優秀だったのか。

あれ?

それじゃあそんな優秀な奴の気配に気付けたり、魔法で焼いたり出来る俺とナナって……


イネスが、俺に探るような視線を向けてきているのに気が付いた。


「カース殿、失礼ですが、レベル、どれ位か教えてもらえないですか?」


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