第316話 人であり続けろ

 命令はいたってシンプル。

 殺せ。

 ただ殺せ。

 やり方も特に指定なし、数も、質も、とにかく殺せ。

 とりあえずアラタはそう命令した。

 第1192小隊は騎乗したまま思い思いに攻撃していく。

 それでも最小構成単位である分隊行動は徹底されていて、局所的な攻撃密度は高く保っている。

 矢を放ち、魔術を行使し、馬の上から斬りつける。

 この連携が一箇所に集中すれば敵も簡単に崩れてしまう。

 何せ相手は大したことない徴兵された兵士たち。

 正規軍相手ならそう上手くはいかなくても、現実は驚くほど簡単だった。

 19騎の騎兵が奇襲を仕掛けている間、アラタは馬を止めて敵を観察していた。


 八番砦から観測した情報と同じく、敵は大隊規模。

 およそ500名、アラタを含めて20名の小隊にはあまりある戦力比。

 始めは上手くいったが、戦闘に参加していない中盤や後続を立て直されたら、簡単に形成がひっくり返ってしまう。

 それを分かっているから、実戦訓練としては丁度いいくらいに弱いこの敵が、立て直しを図っているこの時間に出来るだけ力を削いでおきたいというのか彼やハルツの考えだ。


「背を向けるな! 敵は少数だ! 防御陣形を整えろぉ!」


 ——中隊長か大隊長か判断がつかないな。


 炎雷を放ってなお体力に余裕のあるアラタは、水分を補給しながら敵の様子をつぶさに観察している。

 馬上から兵士たちを叱咤する指揮官の男が、大隊を率いているという確証が欲しい。

 しかし彼の中でそれはまだ手に入りそうにない。

 敵の奇襲につき、現場の小隊長以下が指示を出している可能性を否定できないから。

 彼は【感知】、【身体強化】を起動して様子を見る。

 あまり同定に時間がかかるようならハルツたち第206中隊を待つという手もある。

 味方はすぐ後ろまで来ていたから。


 そんな時、不意にアラタの耳に吉報が入った。


「大隊長殿! 後方が苦戦している模様!」


「…………馬鹿が」


 ニヤリと口角を吊り上げて、アラタは愛馬のドバイを走らせた。

 黒鎧の魔力供給方式スイッチを切り替え、隠密状態から強化状態へと移行する。

 併用も可能な2種類のモード、魔術回路を1種類が専有した方が効果は高い。


「密集陣形2番!」


 そう叫びながら天に向けて火球を放った。

 声か光、もしくは両方をキャッチした部下たちは彼の元に一目散に寄っていく。

 それに追いすがろうとする敵歩兵もいたことにはいた。

 ただ相手は馬で、実力も段違いと来ている。

 簡単に引き剥がされて部隊の合流を許してしまった。


「兜被って剣を持ってる髭面の男、あれが指揮官だ」


「隊長、複数人いますが?」


 彼の傍に控えるカロンが訊く。


「全員殺せ。どうせ邪魔してくる」


「了解」


 集団行動に移っても、オーダーは同じ。

 殺せ。

 命令に殺意を乗せて、彼らは突き進む。

 だが流石に相手も体勢を立て直しつつあった。

 後方から多少重装備な一部隊が出てきて、前面に張り付く。

 彼らは全員が大きな長方形の盾を装備していて、もう片方の手には長めの槍を手にしていた。

 明らかに騎兵に対する迎撃態勢。

 もしかすると、農民たちが主力のこの大隊において彼らだけは正規兵なのかもしれない。


「背後に弓兵を確認!」


 第2分隊、ダリルの声だ。


「防御態勢! 左旋回!」


 アラタの人選した部隊員たちは、全員が何かしらの防御能力を有している。

 単純に盾を装備していたり、魔術で防いだり、【感知】系統のスキルでカバーしたり。

 アラタの指示に従って、騎兵は敵部隊を撫でるように左旋回していく。

 敵が横っ腹を見せたのだ、常識的に考えて攻撃する。


「放てぇーっ!」


 盾持ちが体を下げて、空いた射線に矢が通った。

 連携に関してはきちんと訓練されている様子で、しっかりとした戦い方だ。

 ただ、相手が悪い。


「被弾報告!」


 そう言いつつアラタは左手を高く掲げる。

 いつの間にか刀は鞘に収まっており、右手で手綱を握っている状態。

 他にもハリス、シリウス、エリックが杖や矢を構えていた。


「雷槍」


 そう呟くことには、味方に対する警告の意味合いが強い。

 本来なら無詠唱で行使すべき魔術、それでも連携の重要性から口に出すケースというのはままある。

 それに続いて攻撃に移った小隊は、アラタを先頭に右旋回から敵にヘッドオンする。

 対魔術戦に長けた人員はいなかったのか、矢は防げても魔術は防げていない。

 先制攻撃の炎雷もそうだったが、すでに敵部隊には決して少なくない損害が発生している。


「衝撃に備えろ!」


 喉が裂けるほど必死に叫ぶ指揮官は、練度の低い農民兵を担当したことを悔やんでいた。

 普段訓練している同僚たちなら、そう思わなくもない。

 現実問題、正規兵が第1192小隊に対抗できるかどうかは別として。

 男は、彼我の差に絶望した。


「蹴散らすぞ」


「「「おおおぉぉぉーーー!!!」」」


 アラタたちが敵のフロントに突っ込んだその時、ダメ押しが追加される。


「こちらも食い破れ!」


 アラタ隊に数分遅れて、本命のハルツ率いる第206中隊が突撃してきた。

 こちらは騎兵と歩兵の混成部隊で、歩兵の方が数が多い。

 部隊構成員の大半がアトラ支部所属の冒険者、わずかながらカナン公国の他のギルド支部に所属している冒険者。

 純粋な軍人は一人たりともいないのに、この部隊がうまく回り理由はきちんと存在する。


「第2小隊と連動するんだ! 敵前方を刈り取れ!」


 ハルツ・クラーク。

 クラス【聖騎士】

 姪のリーゼと同じクラスを持ち、その主たる効果は軽度言語強制力。

 言霊とでも表現すればいいのか、彼がその気になって魔力を消費して発した言葉は、聞いた者をその気にさせる効果がある。

 軽度だから、強制力はほぼない。

 『走りたい』という願いがある相手に対して、『走れ』と命令するとバフがかかるくらい。

 使い方次第だが、無限に応用が利くわけではない。

 元々クラスの恩恵なんて微々たるもので、こうして言語化できる能力が備わっているだけ当たりなのだ。

 それに加えて彼は元々軍人、大人数を指揮する訓練は受けている。


「くぅ……ぐぅう」


「大隊長殿! 指示を!」


「中に食い込んだ騎兵を押し出せ! 話はそれからだ!」


「敵が止まりません! ここも危険です!」


「むぅう…………」


 今日、指揮官のこの男は戦うつもりなんてなかった。

 本命はここより東の十一番砦を落とす事で、それは他の部隊が請け負っている。

 先ほど苦戦中との報告が入ってから一向に続報が無いが、それならそれで撤退すればいいだけの話だった。

 しかし奇襲を受けた今、そういうわけにもいかなくなった。

 敵と味方の戦力比は1:4~1:5、彼らの方が有利。

 そんな状況で撤退を決断すれば臆病者と言われるかもしれないし、部下の信頼も地に落ちる。

 ただでさえ急造組織で上手く打ち解けられていないのに、そんな裏事情が大隊長の首を絞める。

 首が絞まって死ぬか、首を落とされて死ぬか、2つに1つだ。


「……撤退する。撤退の合図を鳴らせ」


「はっ。撤退! 撤退だーっ!」


 ——逃がすかよ。


 指先をすぼめて前を指し、首を掻き切る仕草から親指を立てて後方へ振る。

 アラタの出したサインを見たものは、それを後ろに伝達していく。

 20名全員に共有できるまでにかかる時間は約30秒。

 声よりは遅いが、敵に悟られないメリットは大きい。

 錐型の密集陣形、首を取って即離脱。

 指示はこれだけ。

 あとは必要だと判断したことをそれぞれが実践すること。

 指示待ち人間には辛い指示。

 自分が何をすべきかまで細かく指示を出している時間はない。

 というかそうする必要をなくすための数日間の訓練。

 アラタが暴れてそれを周りがフォロー、彼らはそれが最適解だという共通認識を既に獲得していたのだ。


 一閃。

 下方から救い上げる様に振ったアラタの刀が敵兵の首を刎ねた。

 馬は思い切り的集団の中に突っ込んでいき、乗り手の目指すところへと向かう。

 正面には敵指揮官の姿。

 アラタはかなりの魔力を注ぎ込んで攻撃を複数同時起動する。

 馬に乗っているから地面操作系の魔術は使えず、雷撃、火球、風刃をそれなりの数起動した。

 才能の無い人間なら一つの魔術も行使できないこの世界で、彼の魔術的攻撃センスは抜きんでていた。

 そして彼ほどでは無くても、数発同時起動くらいは楽々とこなす小隊の面々。

 改めてこの集団は、特殊部隊なのだと認識させられる。


「リャン、キィ、露払いしろ」


「「了解」」


 リャンは少し大きめのハルバードを、キィは二刀流のショーテルを携えて加速した。

 そのカバーに第2分隊からバートンとエルモの2人が入る。

 彼ら4名が左右から敵を蹴散らす間、今まで先頭を走り続けていたアラタは少し楽になる。

 愛馬のドバイも心なしか元気を取り戻した様子だ。


「ぶっとべ」


「大隊長殿ぉ!」


 逃げる暇なんて無かった。

 ただ馬が最短距離で味方の防御をぶち抜きながら進んできて、最短距離で敵の精鋭部隊が迫ってきて、そのトップらしき男は眩い複数の魔術で指揮官の頭を消し飛ばした。

 まさにあっという間の出来事。

 敵兵の集団の中をこれだけ自由に騎兵が蹂躙できたのは、やはり敵軍の練度に問題があるからなのだろうとハルツは結論付けた。

 アラタたち第1192小隊なら真っ当な敵軍ともそれなりに戦えるはずだが、それでももう少し苦戦するはずだったから。

 正直初日から敵の大隊長を討ち取るとは計算外もいいところ。

 アラタ達も敵の詳細な陣容を知っているわけではなく、あくまで推計でしかないのだが、ウル帝国軍を5万とした場合、カナン公国の軍隊編成に照らし合わせると大隊長は100名前後になる。

 500人に1人の存在を、こんなにも早く討ち取ることが出来た効果は計り知れない。


「下がって中隊と合流だ」


 初めから決めていた通りに、アラタ達は反転して撤退していく。

 敵は指揮官が討たれて彼らの背後を突くなんて思考は出来ない。

 小隊長や大隊長補佐は軍が崩壊しないように維持するので精一杯で、敵軍は半ば潰走した状態で奥へと逃げて行った。

 敵が退いたという事は、第206中隊の勝利という事。

 アラタは部隊をアーキムに任せると、ハルツの方へと向かった。


「お疲れ様です」


「よくやった」


 そう言いながらハルツはアラタの肩を少し乱暴なくらい強く叩いた。

 十一番砦の勝敗はまだ届いていない。

 ただ、煙が上がっていないところを見るにまだ落ちてはいないのだろう。

 そう仮定すると、この戦いは大勝利という事になる。

 最低でも、この戦場では大勝利だ。


「倒した敵将は?」


「その辺に倒れてます」


「そういうのはきちんと回収しておくものなんだよ」


「そうなんですか?」


「殺し合いをするからこそ、相手に敬意を忘れてはいけない」


「……そういうものなんですかね」


「アラタ、人であり続けろ」


「はーい」


 向こうが攻めてきたのだから、殺されても何されても文句は言えないよな。

 アラタはそんな考えを持っている手前、ハルツの言葉が正直納得できない。

 納得できずとも、ハルツのいう事なのだからせめて理解できるようになろうと心掛ける彼の後ろ姿を、首の無くなった指揮官の死体がはっきりと見据えているようだった。

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