第304話 命令だから

「先生、俺はAランクに届くでしょうか」


「何じゃ藪から棒に」


 自分の背丈よりも大きな杖を取り出して調整していたドレイクは、弟子からの質問に戸惑った。

 彼のアラタに対する認識的に、弟子はそういった物に興味があるようには見えなかったから。

 むしろそういった世間的評価よりも、実際の能力というか、戦闘力を重視しているようだった。


「コラリス殿に言われました。最強を目指せと。俺にはその力があるでしょうか」


「さあのう……それを確かめるためにこんなところまで来たのじゃから、結論を出すのはそれからでも遅くはあるまい?」


「そうですね。じゃあ、始めましょうか」


 杖の調節が完了したドレイクを見て、アラタも腰の刀に手を掛けた。

 柄を握った彼の手の甲から腕の付け根付近にかけて、アームガードが伸びている。

 上には半袖の黒シャツ、その上にフード付きケープ、下半身は黒いズボンに黒いブーツ。

 文字通り黒装束だ。

 スウッと刀を抜き、正眼に構えた。

 体には魔力が満ち満ちていて、それが丁寧に緻密に細密に体内を循環している。

 外に無駄な魔力が一切洩れていないその様子は、練り上げられた闘気となって周囲にプレッシャーを放つ。


 対してドレイクはさらに静か。

 もう何もしていないのではないのか、息をしているのか、そんな感じ。

 ただ成すがままにその場に佇む枯れ木のように見えると同時に、地中奥深くまで根を張っている巨木のような安定感も感じる。

 両者に共通しているのは、魔力の扱いに対すて熟練している様。

 しかし、その度量はドレイクに軍配が上がっている。

 では、アラタの長じている部分は何か。

 それはもちろん、素の身体能力だろう。

 元々高性能なフィジカルに恵まれた彼は、異世界転生してからもう一度体を鍛え直した。

 その身体能力は、以前よりも戦闘に特化しており、彼の人生史上最高峰に到達していた。


「いつでも来なさい」


「ではお言葉に甘えて…………ッ!!!」


 まず一撃。

 雷撃を3発射出した。

 ありきたりだと言われるかもしれないくらい、彼はこのスタートを好んでいる。

 それは偏に、効果的だからだろう。

 威力よりも起動速度を重視したそれは、ドレイクの石弾よりも早く術式を終了した。

 ドレイクは少し下がって彼の雷撃に対処するのに対して、アラタは走りながら師の石弾を躱す。

 当たり所が悪ければ一発で戦闘不能になる可能性を含んでいる石弾も、当たらなければ意味はない。


 両者の距離はあと30m。


 走りながら、アラタは大地の感触を確かめた。

 そして判断した……今日は無理だと。


 次の瞬間、アラタの5mほど前方に土の壁が出現、行く手を阻んだ。

 ドレイクに向けて突っ込んでいる彼がそんなことをするはずがない。

 であれば答えは一つ、賢者ドレイクが発動した魔術だ。

 事前に地面に魔力を流して、結界の主導権を握ることが可能か調べてみたアラタだが、それは失敗に終わったのだ。

 すでに地中はドレイクに占領され、いつどこから魔術攻撃が来てもおかしくない状態。

 彼の対応力が試される。


「我は熟慮する、真実を映し出す円鏡を前に……」


「もう炎雷か」


 詠唱を開始したアラタは、なおも相手に近づいていく。

 その間もドレイクによる魔術攻撃はひっきりなしに飛んできて、アラタはその対応にも追われる。

 背後から飛んできた水弾を躱し、地中から突き出てきた土棘を刀で捌き、足元を狙った風刃をジャンプで回避する。

 その間も詠唱は絶え間なく続けられて、最終節に入った。


「幽世から狙いを定め、我が身体を触媒に、天炎百雷敵を穿て、炎雷」


 上空から降り注ぐ雷の雨は、意図的にコントロールされてドレイクの方へ殺到する。

 人体の構造上、最も無防備な場所、それが頭部であり、上空からの攻撃だ。

 ドレイクは杖を振って防御魔術を起動した。

 地土の防壁という、土属性の結界術だ。

 上からの攻撃を防げば、あとは地を這う炎とそれに沿って再接近してくるアラタに対処するだけ。

 両者の刃が交わる。


「魔術の使い方がなっとらん」


「じゃあ教えてくださいよ」


 そう言いつつ、アラタは刀に力を込めた。

 意図的に魔力を体外放出し、その残滓をコントロールすることで魔術を発動する。

 規模的には大したことなくても、意表を突くことは出来る。

 またしても雷撃、至近距離。


 爆竹が炸裂したような音と共に、二筋の閃光が走る。

 それに合わせたようにアラタは師の腹に膝蹴りをお見舞いして、軽く引くように刀をずらした。

 ドレイクが後ろ重心になったところで、自身も一歩引く。

 こうすることで、近すぎた間合いから、刀に最適な距離感へと変化する。

 脇構え、アラタの得意な形だ。


「おぉぉ!」


 横一文字に斬りつけると、手に残る確かな感触。

 殺す気で行かなければ、こちらが死ぬ。

 そんな極限の訓練の中で、アラタは驚愕した。

 かっぴらかれた目に、小粒の泥が入ってしまう。


「……ッ!!!」


 反射的に目を閉じる直前、汚れた視界の中でアラタが最後に目にしたのは、自分の一撃で両断した泥人形の姿だった。

 身代わりの要領で、ドレイクはダミーを斬らせたのだ。

 出しっぱなしの【敵感知】には確かに反応があった。

 【気配遮断】を起動して一時離脱体制を取りつつ、アラタは防御モーションに入る。

 刀を前に出して、カウンターを狙った。


「ゔゔっ!」


 お返しとばかりに腹部にめり込んだドレイクの足は、とても70を超えている老人には見えない。

 ばりばり鍛えているトレーニーのような脚が、服の隙間から垣間見えた。

 目を閉じている場合ではないと、アラタは【痛覚軽減】を使いながら視界を確保する。

 衛生的にはあまり良くない。


 視界の上端に、迫りくるドレイクの杖。

 硬い木でできたそれは、至る所に魔石と金属が使用されていて、明らかに鈍器として使用できる性能を持っていた。

 咄嗟に刀を上に構えて、これを防ぐ。

 そして反対に、足元から嫌な感触が迫りくるリアクションとして、魔力を強めの流し込む。

 いくらドレイクと言えど、組成を破壊されれば魔術は起動できない。

 勝負はここから、そう思い雷槍の起動準備に入ったアラタに対して、両脇から雷撃が直撃した。


「かはっ!」


 肺の空気が抜けてしまったアラタは、パクパクと口を動かしている。

 しかし、完全に虚を突かれた代償はあまりにも大きい。

 何とか切り返し、距離を稼いだアラタだったが、彼我の差は圧倒的。

 今回も、ドレイクの勝利だった。


「……参りました」


「素直でよろしい」


 両者は武器を仕舞い、礼をする。

 これにて訓練終了だ。


※※※※※※※※※※※※※※※


「さっきの質問の答えじゃが」


 ドレイクの家に戻り、2人は風呂に入って汚れを落としていた。

 ボディービルをしているつもりはないが、世間一般的にはバキバキの体をしているアラタをしても、ドレイクの肉体のハリは理解不能だった。

 一体何をどうやったら、あの年齢でこの肉体を保持できるのか。

 あの年齢と考えても、彼はドレイクの正確な歳を知らない。

 あくまで自分の祖父くらいには見えるというだけだ。


「さっきの話とは……」


「Aランカーになれるかどうかじゃ」


「あぁ。知りたいです」


 湯船につかったドレイクは髪をかき上げてから天井を見上げた。


「ワシは、そこまで難しくはないと思っておる」


「そうですか」


「お主の、【不溢の器カイロ・クレイ】じゃったか? その固有スキルとお主の性格は相性が良い。特異点を超えるのは夢物語ではない」


「それならよかった。出来るところまでやってみます」


「うむ。精進するのじゃ」


 やがてアラタも体を洗い終わり、ドレイクの待つ湯船に浸かった。

 彼の家の風呂もまあまあ大きいが、ドレイクの家には敵わない。

 本当かどうか怪しいが、師曰く温泉が湧いているとのことだ。

 いつでも観光地気分が味わえるとドレイクは笑っていた。


「それよりも、お主もしや、ここを去るつもりではあるまいな?」


 正式な情報ではなくとも、一般的に冒険者Aランクになろうとしたら、ウル帝国にある冒険者ギルド本部所属になる必要がある。

 それはAランク冒険者のほとんどが帝国にかかわりがあるという事実に起因する。

 あのアレクサンダー・バーンスタインも、帝国戦役で名を上げたことによるものだと仮定すると、あながち間違ってもいないはずだ。

 だからAランカーになれるか確認する→Aランカーになりたい→ウル帝国に行きたいと彼が類推するのも当然の成り行きだった。


「そんなつもりはありませんよ」


 少し鋭い雰囲気で聞いてきたドレイクに対して、アラタは顔色一つ変えずにそう言った。

 本当にそのつもりは無いのだろう。


「約束できるか?」


「大公と約束しましたから。当分は冒険者を続けると」


「命令じゃからか」


「えぇ、命令だからですよ」


 これも嘘偽りない、彼の本音に違いなかった。

 嘘をつくにしては、彼の声は凪いでいる。


「お主、仲間のために生きてみたいと言っておったではないか」


「約束が続く限り、そういう心構えでやっていくってことですよ」


「命令が解かれたらどうするつもりじゃ」


「【時空間転移】のスキルホルダーを探して、元の世界に届けたいものがあります。それから、ユウを殺します」


「たとえ勝てぬとしてもか」


「勝てなければ死ぬだけです」


「それを周りが許すと思うか」


「許すも何も、その時周りには誰もいませんよ。これは俺だけの復讐ですから」


 アラタはそして、一足先に上がろうと湯舟を出た。

 温泉の成分で白く濁った湯が、波と共に少し流れ出た。


「ノエル様やリーゼ様に、そのように言えるのか」


「必要であれば、命令であればそうします」


 傷だらけの体は、彼がこの世界で精一杯生きた証。

 そして、そうまでしても護れなかったことを生涯責め続ける呪いでもある。

 想い人への深すぎる愛は、最悪の呪いとなって彼を縛り続けている。

 祝は呪に転ずるということだ。


 まだ彼は、自分のことを好きになれない。

 まだ彼は、周りのことを信じられない。

 まだ彼は、誰かと深く関わりたくない。


 今の生活は、大公による命令の下成り立っている。

 屋敷での生活も、冒険者パーティーも、何もかもが。

 呪が祝に転じる日は来るのだろうか。

 その時、彼は生きているのだろうか。

 彼は、何を想っているのだろうか。

 彼は、どんな顔をしているのだろうか。


 答えは神ですら、あずかり知らない。

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