第284話 そうだ、金策をしよう
「ノーエルッ」
「な、なに? ちょっと変だぞ」
今までにないような嘘くさい笑顔を顔に張り付けて、アラタはノエルに声を掛けた。
打算丸出しである。
「お金貸―して」
「ヤダ」
「お願い」
「ダメなものはダメだ」
「頼むよぉ、ノエルしか頼れる人がいないんだよ~」
「リーゼにバレたら私まで怒られるんだ」
「絶対バレないようにするから、ね? ね?」
ノエルの中で彼に対する評価が急降下しているのは言わずもがなだが、ここまで必死になる理由が気になった。
今はもう散財することも無くなったというのに、一体何がアラタを一文無しにしてしまったのか。
「話を聞くだけだ」
「ありがとう! 実はさ……」
身の上話をして同情を誘えば、あとはなし崩し的に落とせると踏んだアラタは、待ってましたとばかりに話し始めた。
「この前さ、俺ノエルにフードがついた上着かしたじゃん」
「うん」
「それ以外の黒装束を修理に出したんだよ」
「うんうん」
「そしたらなんて言われたと思う?」
「知らん」
男はここで一気に畳みかけるところだと判断した。
「修復不可能だって言われたんだよぉ! 作り直しだって! ……いくらすると思う?」
「えー、金貨10枚くらい?」
元はお嬢様だが、ここ数年で金銭感覚が冒険者ナイズされてきたノエルは、防具の類として妥当な価格を提示する。
あれが一種の魔道具であり、それなりに根が張るものであるという認識も含めてのこの値段である。
しかし、アラタからすれば彼女のこの答えは期待通りのものだった。
実際の価格を上回る額を予想されるとこの後のインパクトが弱まってしまうから。
アラタは自身たっぷりというか、強調するように答える。
「なんと金貨250枚。ねえ、お金貸してくれないか?」
「250枚…………それは大変な額だな」
「でしょ、でしょ!? 全部じゃなくていいんだ、一部だけで、200枚くらいでいいんだ。ねえ頼むよノエル」
「うぅーん」
いいところまで来ている、という状況分析が為されている。
彼の推測では、ノエルはもうすぐ陥落する。
同情を誘ったのと、金額と、金貨50枚は自己負担するという条件が響いたのだろう。
あと必死にお願いすることも。
一応日本の
もう少し押せば確変が入るんじゃなかろうかとアラタはノエルに近づいた。
「俺だってこんなこと頼むのは心が痛いんだ。だからさ、ノエルの頼みだって聞いてあげたい。何か俺にできることがあれば、何でも言ってくれ」
「何でも?」
「お互い助け合いが大事だからな。ノエルが助けてくれたら俺もそれに報いたいんだよ」
「何でもかぁ……」
ノエルの心が揺らいでいるのが手に取るようにわかるアラタは、さらに距離を詰める。
少し腰を曲げて目線を合わせ、ノエルの顔を覗き込む。
そしてよこしまな心が漏れないように心に仮面を被り、素顔の代わりに笑みを押し出す。
「思い浮かばないなら今度でもいいからさ。とりあえずお金が欲しいなーなんて」
「でもリーゼやクリスが知ったら……」
「2人で秘密にしとけばバレないって。俺たち2人だけの秘密にすればさ」
「2人だけか……」
「俺は絶対裏切らない。だからノエルが秘密にしておいてくれるなら絶対大丈夫なんだ。頼むよ」
「えぇー、うぅー、むぅー」
もう押せば出る、そこまで来て、まだ落ちないノエルにアラタは焦り始めていた。
あまり長く引き伸ばすと、だんだんと冷静になられてしまう可能性があるから。
よくよく考えるとおかしな話で、金を借りるのならノエルではなくギルドの融資やドレイクに頼ればいいのだから。
他にも金を貸してくれるところなんて山のようにある、なにせ彼はダンジョン制覇を成し遂げた
それをそうしないのは、利息を払うのが嫌なことが一つ。
そして返済期限が実質無期限になることが一つ。
そして最後の一つは、ノエルなら返さなくても最悪何とかなるという最低最悪な計算があったのが一つ。
そんな男に下される判決として、これ以上ないくらいに有名なことわざがある。
因果応報、だ。
「ノエル、頼むよ」
「その、アラタ、ごめんね」
「え、この流れでそうなる?」
「違うんだ、ごめんね」
何が違うのか、アラタには分からない。
横槍が入ることを危惧して【敵感知】を起動していたアラタがクリスとリーゼの存在を見落とすとは考えにくい。
【気配遮断】を持つクリスはともかく、リーゼなら丸わかりだ。
そう、その見当違いな前提条件が、彼の首を絞めたのだ。
「プロのヒモらしくなってきましたねアラタ」
仲間にも敬語で接する女は彼の周りに1人しかいない。
もっとも今の彼女が彼のことを仲間だと認識しているのか定かではないが。
リーゼは黒装束を着て接近していた。
「せいぜい働いて金を稼ぐことだな」
クリスもだ。
「ふぃー…………。ッッッッ!」
「逃がすな!」
リビングからの逃走を図ったアラタは、脱兎のごとく駆け出した。
ドアは塞がれていて逃げられないので、窓を破壊しての脱出を試みた。
しかし、1人忘れている。
この屋敷に誰よりも精通していて、彼の思考パターンを読み取る術を持ち、最近は駄目な親に代わって雑貨屋で働いている妖精さんがいることを。
そして元来、シルキーとは悪戯好きな存在なのだ。
カチッ。
「ゑ」
何の変哲もないフローリングから、スイッチ音が聞こえた。
それは対侵入者用迎撃装置、平たく言えば仕掛け網だった。
「どわぁぁぁあああ!」
今アラタは刀を持っていない。
それでもこれしきの罠、魔術で破ってみせようと風刃を起動しようと試みる。
「あるえぇぇええ!?」
「観念しなさい! シルちゃんの勝ちです!」
魔力を流し、回路を通じて外に放出する機構が組み込まれていれば、アラタの魔術もただも魔力を垂れ流しにしているだけの無意味な抵抗に過ぎない。
無様に宙づりになった家主を下から見上げるという、何とも変な催しだ。
「ノエルにお金を無心するのはやめなさい!」
「貸してほしいって言っただけだし」
「この男、開き直りましたよ」
ここまで詰んでいてなお強硬姿勢を貫ける彼の精神力は称賛に値するのかもしれない。
「私やリーゼを避けて、丸め込めそうなノエルに話を持っていけるあたりが非常に狡い。何というか、うん、小物臭い」
「お前らに頼んでも無駄だからな。俺は無駄なことはしない主義なんだ」
「アラタのことだから、どうせノエル相手なら返済が遅れても大丈夫だと思ってたんでしょう! 全部お見通しです!」
「そ、そそそそんなことねえし!」
見るからに歯切れが悪い。
「とにかく、少しは反省しなさい! 行きますよ」
「ちょっと、下ろしてよ」
「ダメです。純真なノエルを騙そうとした罪は重いですよ」
「だから騙そうとしたわけじゃ……おいノエル!」
「アラタ…………ごめんね」
「おいぃ……」
ノエルは少し悲しそうな目でアラタのことを見ていたが、リーゼに手を引かれて出て行った。
屋敷から出ていくとかではなさそうだが、ここには彼しかいない。
作戦の失敗を悟り、アラタは網の中でぐったりしていた。
「はぁ~あ!」
これ見よがしに溜息をついてみても、誰もいないのだから話を聞いてくれる人はいない。
それからも幾度となく罠の突破を試みたが、屋敷ごと破壊するような方法でも使わなければ脱出できそうにない。
万事休したアラタは、諦めて誰かが降ろしてくれることを待つことにした。
それまでの間暇なので、何か金になるものは無いか考える。
刀を売ればあるいは、と考えなくもなかったが、希少性と性能の両面から考えて、それを手放す選択肢はありえない。
黒装束は金と人手と時間を掛ければ作ることが可能だが、壊れない刀という物はこの世に一つしかないのだ。
それもこれも、あの自称神が無責任にポイポイ投棄していないという前提のもとに成り立つ仮説なのだが。
アラタがまず一番初めに考え付いたのは、スマートフォンである。
しかしそれを一から作る能力も、仕組みも基幹技術も、そもそもインターネット回線や移動体通信の仕組みすら知らない彼には土台無理な話だった。
次に考えたのはテレビである。
正確には映像表現技術だ。
何らかの方法を使ってテレビ、写真、そういったものを発明して、それで儲けようと考えた。
これは案外うまくいくのかもしれないと、そう思えてならない。
本当はこの後も考えを重ねるべきなのだが、それらしい考えが思いつけばそこで思考を辞めてしまうのが人間という物だ。
アラタは残りの時間、寝ていたりぼーっとしたり、たまに脱出を試みたりと適当に過ごした。
そして日が傾きかけた頃、久しぶりに人の気配を感じた。
「ノエル」
小声で呼びかけても返事が無い。
「ノエル」
明らかに聞こえている状況で、ノエルはアラタの方を一瞥した。
ちらっと見て、そしてまた目を逸らす。
「ノエル、降ろしてよ」
「……ダメだよ」
本当にダメそうなトーンにアラタは不貞腐れて向こうを向いた。
網の中でもがくと糸に絡まってより動きづらくなる。
窮屈な世界の中で、アラタはまた寝ようとしていた。
「ん?」
ガクンと動き出した自分の体に、アラタは驚いた。
そして次の瞬間には、ノエルが網を下ろしてくれているのだということを理解した。
床まで仕掛けが下りて、アラタは自由の身となる。
「ありがと」
「反省した?」
「したした」
「ねえ」
いつになく真面目なノエルの声が、アラタから軽薄さを奪っていく。
「私だって出来るならアラタを助けてあげたいよ。でもアラタには前科があるから。だから今回は自力で頑張ってほしい」
「分かったよ」
「本当に?」
「本当に」
「頑張ってね」
「うん頑張る」
「本当に分かってるのか?」
「分かってるよ」
「ならいいけど」
そう言い残すとノエルはそそくさとどこかに行ってしまった。
その場にはアラタと、残された網だけがある。
彼の中で、ちょっと良くなかったかなという想いがようやく出てきた。
「……ちゃんと働くか」
※※※※※※※※※※※※※※※
「というわけで先生、黒装束はローン形式でお願いします」
「ローンを組む信用が無いじゃろ」
「うぐっ」
「じゃから高めに利子を設定して貸してやる」
「先生ェ~」
「利子は1月に一度、複利で1%じゃ。良いな?」
「了解であります!」
複利や金利の意味も分からずホイホイと契約してしまう物だから、ドレイクのような人間はいなくならない。
こんなことなら強引にでもノエルから金を借りておけばよかったと後悔するのは今から1か月後の話。
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