第263話 聞かないでください

 戦後処理に忙殺されるのは軍人ではなく、政治屋だ。

 そういう点で考えれば、ハルツの気持ちはいくらか軽い。

 こうして祝賀会に参加している人間にも2通りいる。

 1つはハルツのように、純粋に戦勝記念の宴に参加している軍人。

 もう1つは忙しい仕事の合間を縫って、実際に戦った彼らを労う『仕事』をしに来たシャノンのような人間。

 アトラの中心部は中央軍の快勝で沸きに湧き、こうして彼らのための祝賀会が催されていた。

 会の音頭を取るのはイーサン・クラーク伯爵、彼の家が武門の色濃い理由から彼も軍部とのつながりが強く、息子2人は軍人だ。

 そしてさらにその上にいるのはシャノン・クレスト、大公である。


「この戦いは内戦だ。各々思うところがあることは承知しているが、まずは良く戦ってくれた。乾杯」


 あとは参加者の好きにさせるようにと言い残し、シャノンはその場を後にする。

 彼には祝賀会に初めから最後まで参加している時間的余裕は無い。

 イーサンに後を託し、自らは事務方の人間たちに連行されていく。

 少々気の毒な気もするが、致し方ない。


「しかしまあ、何とも普通な終わり方だったよなぁ」


 酒が入っているからなのか、ルークは遠くを見つめながらハルツに話しかけた。

 まだ会が始まって数十分だというのに、もう出来上がりつつある。

 ハルツはというと関係者へのあいさつ回りが終わり、一息ついていたところにこれだ。

 だが、これだけ大勢の人だかりに囲まれてしまうと、ついついいつもの人間を探してしまうのは彼の悲しい性である。


「普通が一番だ」


 そう言うとハルツはワイングラスを空けた。

 ウェイターが代わりのグラスを持ってきてくれて、それを受け取る。

 その中には1杯分の葡萄酒が。

 グラスを揺らしながら、ハルツはあの動乱を振り返る。


「俺たちとAランカーの違いは一体何なのだろうか」


「そろそろ目指すか?」


「いや、年齢的にピークは過ぎている。今更だろう」


 ハルツの姪のリーゼは今年20歳の誕生日を迎える。

 彼女の父親であるイーサンと歳の差が4つしかない彼は、今年38になる。

 スポーツ選手で言えばとっくにベテランの域、競技によっては現役は不可能な年齢でもある。

 ルークも彼ほどではないが、30はとっくに超えている。

 戦士としての高みを目指すには、少し時間が流れるのが速すぎた。


「それもそうだな」


 今度はルークがグラスを空ける。

 カナン公国産のワインは今年も出来がいい。


「Aランカーとの違いか……」


 ルークはビュッフェ形式でテーブルにあったソーセージを1本頬張ると、天井を見上げる。

 戦場の夜とは違って、大きなシャンデリアは光り輝いている。

 人の営みの中にいるという感覚が、戦場帰りの彼らには眩しい。


「昇格基準はあるはずだけど……考えたことなかったな」


「俺もだ。だからこそ分からない。いったい何がAとBを分けるのか」


「ギルド本部でしか認定されないって話は聞いたことあるな」


「それは結果論ではないのか?」


「それなら不屈のアレクサンダーがAランクに上がったことも説明できる」


「あぁ、シャーロット殿か」


 昔の名前はアレクサンダー・バーンスタイン。

 今の名前はシャーロット・バーンスタイン。

 性別を変えた彼女は一体戦場で何を思ったのか。

 何を以て彼女は不屈の、Aランカーへと至ったのか。

 15年前の戦争で、彼女は不屈と呼ばれるようになった。

 そして同時に、冒険者として実質最高位、名誉階級のSランクを除いた最上位のAランクにまで上り詰めた。

 それが帝国戦役、ウル帝国の兵士を相手にそう呼ばれて、それを契機にギルド本部が彼女をAランク認定したとしたら、ルークの予想もあながち間違いでもないのかもしれない。


「ま、それはもう関係ないか。俺たちいつ引退するか考える年齢だしな」


「……そうだな」


 あとはギルドに入職するなり家に帰るなり新しく事業を立ち上げるなり、未来は無限に広がっている。

 ハルツは昇格条件のことは忘れて、この束の間の会を楽しむことにした。


※※※※※※※※※※※※※※※


「ほら、いつまでもむくれてないで」


「だって、アラタ早速言うこと聞いてくれなかった」


「仕方ないじゃないですか。アラタとクリスは招待されてないんですから」


 いつもと異なるドレスに身を包み、ノエル、リーゼ両名は祝賀会に出席していた。

 大公の娘とそのお目付け役、2人が出席するには十分な理由だ。

 ただ、ノエルの御機嫌は少し斜めになっているらしい。

 あからさまに不機嫌そうな顔をしている彼女の所に自分から突っ込んでいく勇気ある人間は今のところおらず、2人は少し浮いている。

 ノエルが赤色のドレス、リーゼは白いドレスを着ていて、見た目だけならだれか近づいてきてもおかしくなさそうな容姿をしている。

 アラタかクリスに見せたらきっと『紅白戦みたい』なんて言ってノエルの機嫌を損ねることが確定してしまうので、この場にデリカシーの無い2人がいなかったことは正解かもしれない。

 基本立食形式の祝賀会だが、当然参加者には椅子も用意されている。

 2人は最低限あいさつ回りを終えると、会場の端の方にある椅子に腰を落ち着けていた。


「ノエル」


「分かってるってば」


 会場での態度を咎められるのだと分かっているノエルの様子は子供そのもの。

 リーゼも困り果てて頭を抱えている。


「どうでもいいって、それはなくないか?」


「それはまあ……そうですよね、無いと思います」


 ここに来る前のやり取りには少しアラタに同情するリーゼだが、ノエルの気持ちを落ち着かせることが先決だと思い、アラタを売った。

 全力でノエルの肩を持つことで自分だけでも助かろうという、そういう算段だ。


「あんなことしたのに、少しアラタは我儘ですね」


「うん」


「少しくらいノエルの頼みを聞いてくれてもいいのにね」


「うん」


「ノエルはただ一緒に行きたかっただけなんですよね」


「そうだ。私たち4人一緒が良かった」


 クリスを入れるところを考えると、この子は本当に冒険者という仕事が好きなのだなと思う。

 付き合いの長さよりも、今仲間であるかどうかということに重点を置くその性格が、リーゼにはいじらしく思えた。

 そんなノエルが誘ったのに、アラタに続いてクリスも断るなんて、とリーゼは2人のことを心の中で糾弾した。

 それはそれとして、お目付け役としての仕事も果たさなければならないところが彼女の大変なところだ。


「ノエル」


「ん?」


「今日は大公様の代わりも務めるのですから、しゃんとしてください」


「分かってる」


 そう言いつつも一向に席から立ち上がろうとしない彼女に、リーゼはもどかしくなる。

 とにもかくにも早くノエルを皆様の所に気持ちをリセットした状態でお届けしなければ、それが彼女の至上命題だから。


「ノエル、そろそろ——」


「リーゼさん!」


 どうやってノエルのテンションを高めようか苦心していた彼女の元に、蜘蛛の糸が下りてきた。

 金髪のイケメン。

 端的に言い現わすとそんなありきたりな表現にしかならないが、付け加えるなら気品がある。

 いい育ちなのだなと一目見てわかる立ち居振る舞いと含みの無い表情。

 そして胸に付けられた勲章は今回の戦の功績を認められての物でもある。


「あら、あらあらあら。フェリックスさん、どうして……ってこの会は貴方の物でしたね」


「フェリックス・ベルサリオ少尉、ただいま帰還いたしました」


 屈託のない笑顔を浮かべてリーゼの前に手を差し出す。

 彼女はその手を取ると、ノエルの隣から立ち上がった。


「お勤めご苦労様でした。これからは首都に?」


「まあね。士官学校を卒業してすぐ実戦とは驚いたが、おかげで君に会うことが出来るようになった」


 先ほどまでのどこかギスギスした空気とは打って変わって、フェリックスとリーゼの間には甘~い空気が流れている。

 共に今年20歳となる許嫁同士なのだから分からなくもないが、ノエルが置いていかれて固まっている。


「あの、リーゼ——」


「お父様の所にはもう行かれましたか?」


「いえ、先にリーゼさんに会いたくて」


「ふふっ、では一緒に行きましょうか!」


「あっ。待ってよ…………」


 久しぶりに許嫁に会えてうれしいリーゼは、ノエルの事なんてそっちのけでフェリックスとどこかへと言ってしまった。

 1人取り残されたノエルは先ほどまでの自身の振る舞いを振り返る。

 他人にあれこれ言われるより、自分でゆっくりと客観視した方が現実を受け入れることが出来ることもある。


「…………酷かったな」


 挨拶と称してほんの一言二言言葉を交わしただけでハイさよなら。

 こんなのが大公の娘だと思われたままでは示しがつかない。


「もう一回やり直そう」


 そう呟くと、ノエルは立ち上がってもう一度挨拶をやり直すことにした。

 それを陰ながら見守る偉丈夫が一人。

 これも金髪の壮年男性、ハルツである。

 彼は酔いを醒ますためにルーフバルコニーに出て夜風に当たっていた。

 そして彼は何を感じたのか、独り言を溢す。


「出てこい。ここならバレはしない」


 暗闇に向かって語り掛けると、そこから白い仮面が突然浮き上がってきた。

 気味の悪い登場の仕方にハルツは少し驚き、酔いがすっかり醒めた。

 アラタ、クリスが黒装束を着た状態で彼の前に姿を現したのだ。


「警備ご苦労様」


「いえ。ハルツさんこそお疲れさまでした。Aランクの敵に勝ったんですよね」


「いや、俺のパーティーに加えて一個小隊で嵌め殺したという方が正しい」


 謙遜と事実を織り交ぜてハルツは距離を取る。

 彼も持ち上げられるのはあまり好きではないタイプの人間だから、このくらいがちょうどいい。


「ノエル様が大層お怒りだったぞ。どうせならお前たちも出席したうえで警備に付けばよかったものを」


「無茶言わないでくださいよ。ただでさえ俺は肩身狭いのに」


「そうなのか? 譜代の貴族の間でそう思われているようには見えないがな」


「そういうことじゃなくて……」


 アラタはどこか歯切れが悪い。


「また何かしでかしたのか?」


「聞かないでください」


「いいじゃないか。教えろよ」


「いやです」


「クリス、教えてくれ」


 ハルツも堅苦しい会よりも、こうして親しい仲の人間と話をしている方が気楽だ。

 それがアラタのやらかし話となればなおの事。


「お前たちが丁度出陣したころだ」


「やめろって」


 アラタがストップをかけたがクリスは止まりそうにない。

 そして明らかになる、東部動乱の最中のアラタの行動。

 クエストが受けられず、腐ったアラタが何をし始めたのか、話はそこから始まる。

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