第261話 同時陥落の仕掛け(東部動乱9)
「転移というより、空間の入れ替えに近いですね」
エリクソン曹長は、ハルツの質問に対して端的に答えた。
本当は空間魔力干渉術や、魔力ドリフト性能、相対座標方式と絶対座標方式の座標系転換など、説明することは山のようにある。
ただし、そのあたりの詳細な説明は機密事項に当たり、相手がたとえ大公だったとしてもおいそれとは開示することは不可能。
結局のところ相手も理論から学びたいわけではないので、とりあえずニュアンスだけ伝わればいいのだ。
ワイアット・レンジを擁していた山の守備隊は、あっけなく投降した。
それはもう簡単に、呆れるほど簡単に。
上からの挟撃に備えて不利な下を取って戦っていた自分たちの慎重さがアホらしくなるくらい、敵は貧弱で脆弱だった。
守備隊の数は30、128名からなる攻撃部隊に対して成す術は無かった。
加えて山中には中央軍の罠がひしめいていて、一度入ったら容易には抜け出すことも出来ない。
それに第1砦の守備隊は甚大な被害を出しながらも、その役割を全うしていた。
砦内部に火を放つことは叶わなかったが、装備備蓄の類はすべて破棄した状態での陥落。
逆に敵はこの砦に釘づけにされているも同然だった。
それだけなら無視して戦局を進めるのもありだったが、Aランカーが陣取っていたから結果オーライ。
勝てばよかろう、そういうことだ。
投降兵は第1中隊に任せて、ハルツたちはワイアット・レンジの遺体を収容して帰還する。
この時点でまだ、彼らは第1砦が陥落したことを知らない。
「では、飛びますよ」
疲労の色を隠せない小隊は、残る力を振り絞って転移魔術を発動させる。
また目の前が真っ白になった。
※※※※※※※※※※※※※※※
「ハルツ殿! すぐに出撃準備を!」
司令部近くに転移した彼を待っていたのは、次なる指令だった。
第7中隊と共に主力の応援に向かうこと。
それがハルツたちの次の戦場である。
まったく、敵を討った余韻に浸る時間もないと、予断を許さぬ戦況に嫌気が差す。
それでも今日ここで決着がつくのだから、もうひと踏ん張りと気合を入れる。
「我々は前線へ向かい、第7中隊と合同で敵を討つ」
そうしてハルツ分隊は騎乗して前線に向かった。
彼らが向かった戦場で何が起こっているのか、時間は数時間前にさかのぼる。
第2から第6中隊に加えて、レイヒム・トロンボーン率いる冒険者第1分隊を含めた主戦力は、ミラ丘陵地を東にまっすぐ進み、敵の本陣がある山のすぐ近くまで来ていた。
すでに敵が拠点から出撃した情報は入っていて、敵を視認している。
その数およそ400、残る戦力をほぼすべて投入してきた形。
東部連合体も後が無いと理解しているのだから、今日この場が決戦の地となる。
クラーク兄弟やフェリックス少尉もこの軍に参加しており、部下に戦闘態勢を取るように指示を下していた。
問題なのは、主戦場になると予想される地点からほど近い、第3砦の様子だ。
ここは昨日敵に落とされたばかりで、未だ奪還できていない。
陥落したもう片方の第1砦には第1中隊と第2分隊が攻勢をかけている最中で、もうじき決着がつく。
主戦場への横槍を懸念して、指揮官のニクソン・バール大尉はある決断を下した。
冒険者第1分隊、第6中隊を第3砦攻略に割いたのだ。
第1砦攻防戦と違うのは、必ずこの時間内に砦を落とす必要が無いこと。
そして転移術式小隊がこの場にいないこと。
そして、敵特記戦力がいないと
第6中隊の指揮官はブレーバー・クラーク中尉。
ハルツの甥だ。
「敷き詰めた罠の抜け道に集中的に兵力を割く。食い止めていれば俺たちの勝ちだ」
ほとんどの人間が考えるであろう方法で、彼は第3砦の山を包囲した。
100名弱しかいない中隊規模の部隊で全域をカバーするのはリスクが高い。
なら道を数本に絞り、そこを重点的に包囲する。
それに追従した冒険者第1分隊は、主戦場を背にした最重要地点を任されている。
「第1砦はどうなったんでしょうね」
「分からんが、ここで負けるようなら我らの未来は暗いな」
槍と三節棍のハイブリッド武器を手にしたレイヒムは、目の前にそびえる山を見上げた。
山というより小高い丘には、中央軍が築いた砦がある。
その中に閉じこもっている敵の見張りが自分に与えられた任務とは、我ながら悲しくなってくるとレイヒムは自嘲した。
軍属から転向する形で冒険者になったハルツという男に、生粋の冒険者だったレイヒムはあまり良い気持ちを抱いていなかった。
そもそも畑が違うし、何でこっちに来たという気持ちが強い。
しかし同じ貴族で、同じく貴族のしがらみに嫌気が差してこの場所に流れ着いたと知った時、男はハルツに対して妙な親近感を覚えた。
苦しかったのだろうなとハルツに理解を示し、冒険者の何たるかを教えた。
時にはクエストを同じくして、切磋琢磨して、公国の冒険者ギルドの双璧を成すまでに成長するのにそう時間はかからなかった。
だからこそ、ひとたび軍に所属した時のこの信頼の違いには唇を噛むしかない。
ハルツは冒険者
個人の信頼度の違いが、そのままパーティーの評価につながっている感触がしてならず、仲間に対して申し訳なかった。
主戦力が敵と邂逅して戦闘が始まっても、ブレーバーは砦を攻めようとしなかった。
万が一主戦場で敗北するようなことがあれば、第3砦を落としたとしても逆に山に閉じ込められることになるから。
落とすなら同時に、それが彼の考えだ。
「レイヒム」
彼の副官、ルアが近くに寄ってきた。
「何かあったか?」
「昨日敵が砦を落とした時さ、いつくか仮説があったじゃないか」
「あぁ、敵も転移術を持っている可能性か」
ハルツたちに命令が下されたブリーフィングには当然レイヒムも参加している。
ワイアットことAランカーが転移してほぼ同時に離れた2地点で攻撃をしたという説。
「俺、もっと簡単なことだと思うんだよ」
「というと?」
「Aランク相当の敵って、2人以上いるんじゃないか?」
「いや、密偵の報告では1人だと……」
「名前すら割り出せなかった情報をそんなに信じていいのか微妙じゃないか」
「それもそうだ。俺は中尉の所に行ってくる。お前はこの場を——」
「戦闘配備! 敵が動いたぞ!」
麓に待ち構える彼らに対して、敵が来た。
山の斜面を駆け降りながら鬨の声を上げ、こちらに向かってくる。
それはレイヒムも、指揮官のブレーバーも分かっていた。
彼は部隊に命令を下す。
「主戦場に敵を合流させるな! 横陣を敷け、ここで迎え撃つぞ!」
100人隊を3つに分け、残る2つの部隊が到着するには時間がかかる。
そもそも異変を察知したからと言って彼らが持ち場を離れる判断を下すのか、予想に迷うところだ。
敵の数はせいぜい3、40程度。
しかしてこちらの数は40プラス冒険者第1分隊。
数的有利はもはやなく、望みは兵の練度のみ。
そして、レイヒムの副官であるルアの予測が正しければ、頼みの綱の個人の力さえも敵の手に落ちる。
まごうことなき正念場だ。
新米冒険者の適正テストを行った時、アラタとの模擬戦で使用した槍を握り締める。
「第1分隊、仮想敵はAランク相当の敵とする。迎撃だ!」
ハルツたち増援が到着するまで、実に1時間弱。
それまでこの戦場は均衡を保ち続けることが出来るのか。
試練の1時間が始まる。
※※※※※※※※※※※※※※※
「時間の問題か」
ミラ丘陵地帯、その谷間を縫うように広がる平地、ミラ丘陵地会戦の趨勢を決する主戦場を前にして、指揮官はそう呟いた。
元々この戦いは勝敗が決まっていた、いわば出来レースだ。
中央軍と東部軍では部隊の練度に違いがあり過ぎていて、数は同程度か中央軍が僅かに優勢。
頼みの綱のAランカーも戦場から離れた位置に転移が成功していれば、戦線復帰は敵わない。
仮にハルツ率いる第2分隊が敗北を喫したとしても、彼らが稼いだ時間で敵を殲滅する、これはそういう戦いだ。
第3砦攻防戦にもう一人のAランカーが出現した可能性が高いという報告は彼も受けている。
しかし、それがどうしたといいたい。
いや、実際特記戦力の存在は脅威以外の何物でもない。
出来れば殺したいし、叶わずとも戦場からは遠ざけたい。
しかし転移術式小隊を呼び寄せる余裕は無く、もしこの場に彼の小隊がいたとしてもこれ以上の転移術行使は難しいだろう。
であれば、自分に課せられた任務を全うする以外に道は無い。
ニクソン大尉はここで切り札を切る。
「第5中隊に全軍突撃命令だ。第2、第3、第4中隊はそれの援護。足の引っ張り合いを牽制しておけ」
部隊間の確執なども織り込み済みで、彼は最後の指令を下した。
温存しておいた第5中隊を主軸にして、敵を粉砕せよとのこと。
無傷の100名からなる中央軍を防ぐ手立ては、敵軍には存在しない。
余剰戦力が底をついたことは既に確認済み、抜かりはない。
「追撃には十二分に注意しろ。丘陵地帯は敵の発見が遅れるからな」
「大尉殿、後方より何やら影が」
指揮所に詰めていた兵からの報告を受け、彼の部下1名が後方に向かう。
もし敵なら反転して後方の敵を叩くと言い含めて。
もしそうなら壊滅しかけている正面の敵を放置することになるのだがな、と少し不安が顔をのぞかせる。
しかしその懸念は杞憂に終わり、彼は安堵した。
「第7中隊の増援です! その数100!」
「陣を引き払う。第7中隊が通過する道を開けろ」
彼の一声で、瞬く間に設営が撤去されて通行可能になる。
組み立てが容易な陣は、こんな時にも便利だ。
「第7中隊! 敵の追撃と味方の援護を!」
まるでマラソンの補給ポイントのように、指令所を通過する騎馬兵と、その後に続く歩兵、魔術兵。
ニクソンは一生懸命に命令を飛ばし、味方を前線へと押し上げていく。
そして、この戦場において唯一彼が懸念していることについて、解決能力を持った部隊が到着した。
「ハルツ・クラーク以下5名、冒険者第2分隊到着しました」
「ということは、Aランカーは排除したのか」
ハルツはコクリと頷いた。
しめた、そう思う。
「貴殿らには、これから第3砦方面へと向かってもう一人のAランク相当特記戦力の討伐を頼みたい」
「承知した!」
迷いのない返事。
ニクソンはハルツのこういうところが好きだった。
命令されたと言ってもこの反応速度。
脊髄反射で言うことを聞いてくれるかのような忠実さは、やはり軍に在籍してこそ生きてくることもある。
この戦いが終わったら軍に戻ってこないか誘ってみよう。
ハルツの背中を見送り、ニクソンは想いを募らせていくのだった。
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