第259話 ワイアット・レンジに与えられた戦場(東部動乱7)

「冒険者第2分隊、転移術式小隊、第1中隊、貴官らで第1砦を奪還せよ」


 攻撃開始時刻は10:30から。

 彼らは大急ぎで準備をする。

 山登りの準備だ。

 靴を履き替え、攻撃に使う物資の本格手配を行い、各種装具点検を行い、攻撃予定の詳細な打ち合わせを行う。

 当然自軍が配置していた罠の配置や通りやすいように設計したバックドア、想定される敵の配置など、協議に協議を重ねる。

 しかし時間という物は有限にできていて、その時間はあまりに早くやって来た。


「第1中隊出るぞ!」


「転移術式小隊、出動」


「ハルツ分隊、出るぞ」


 9:45に攻撃部隊は出撃し、それに呼応するように本隊も動き始めた。

 本隊の構成は、第2から第6中隊まで。

 これだけで一個大隊に匹敵する戦力なのだが、それに加えて冒険者第1分隊を連れていく。

 どうやらここで勝負をつけるつもりのようだった。

 会戦2日目にして、早くもクライマックス。

 のんべんだらりと戦うつもりなど毛頭ない。

 残る第7、第8中隊は後方の警戒と予備戦力。

 ハルツの元に届いた情報によると、敵もそれに合わせて出撃してきているらしい。

 となれば、敵も相応の勝算があって出てきていることになる。

 一体どちらが見当違いなことをやってしまったのか、今日はっきりと決着がつく。


「中隊長殿、配置完了しました」


「よし、合図を待て」


「は!」


 山の砦を攻める第1中隊の構えは3方向からの同時攻撃。

 正面から50、斜め後ろからそれぞれ25づつ。

 アンバランスだが、人数差がある場合無理をしないように言い含めてある。

 肝心なのは、どのような形であっても包囲を完成させること。

 そうすることにより、敵の見落としは限りなくゼロに近づく。

 あとは誰かが生きてその情報を伝達すれば、この戦いの勝利に大きく近づくことが出来る。


「突撃ィ!」


「「「おおおぉぉぉおおお!!!」」」


 第1砦を奪還し、想定される特記戦力の引き剥がしが開始された。


※※※※※※※※※※※※※※※


「来たか」


「そのようです。いかがいたしますか」


「お前たちは砦に閉じこもっていろ。俺がやる」


「承知しました。では私はこれで」


 その場を辞して山頂方面に向かった背中を見送り、男は思う。

 雑魚に興味は無いと。

 戦いが全てなんて味気ない人生を送ってきたつもりは無い。

 酒も、女も、金も、腐るほど手に入れてきた。

 しかし、戦いだけは別格だった。

 その辺の有象無象から化け物と言われるようになっても、上には上がいる。

 男はそれが悔しくて、嬉しかった。

 だからこそ、彼は戦いに、殺し合いに心惹かれる。

 だからこそ、彼は強者を求める。


「俺たち・・を満足させてくれよ」


 高ぶる血潮を抑えるように、男は舌なめずりをした。


「思った以上に茂っているな」


「まったく、厄介な位置を取られたもんだ」


 年長男性組は、年齢を経るにつれて弱音が多くなってきている。


「しっかりしなさい」


「だらしないわね」


 対して女性陣は年々小言が多くなってきている。


「ははは……」


 それらに挟まれた年少のレインは、愛想笑いを浮かべることしかできない。

 先行し過ぎない程度に、ハルツ分隊は先陣を切っていく。

 装備の重量に違いが生まれているのもあるし、軍とは行動様式が異なるということもある。

 彼らは基本的に最小単位である分隊で戦術を組み立てるため、どうしても冒険者に比べて足が遅い。

 個々人の運動能力にそこまで差異はないのだが、集団行動をするということは、一番能力が低い人間に合わせて動くということでもある。

 だから、勝手気ままに行動する冒険者とは足並みがそろわなくても不思議ではない。

 綺麗に整列して山登りを敢行する第1中隊に対して、ハルツ分隊は思い思いに登っていく。

 急襲されてもカバーできる距離感は保ちつつ、ルークを先頭にしてジーン、レイン、ハルツ、タリアの順番で進んでいく。

 そしてそれはそのまま機動力の違いを示している。

 少し縦に伸びた隊列だが、ルークは気にせず進んでいく。

 彼のスキル【感知】に反応が無いからである。

 アラタやクリスの持つ【敵感知】の上位互換で、罠などの無生物から自分に敵意を抱いていない生物まで、何でも感じ取ることが出来る。

 認識能力の包括的かつ大幅な拡大。

 このスキルを一言で表した内容として広く知られている。

 【敵感知】のように特定の条件を満たした対象の存在を認知するだけではない。

 勿論絞り込むことは可能だが、目に見えない範囲や角度の状況も把握可能なこのスキル相手に、不意打ちはほぼ通用しない。

 だから彼はどんどん先行する。

 よほどの実力差が無ければ、自分がターゲットを引きつけることで他のメンバーを楽にさせることが出来るから。

 そしてこの戦い方が、ハルツパーティーの戦い方だから。


「……おーおー、こりゃあ早速アタリ引いたか!?」


「来るぞ!」


 後方からハルツによる檄が飛ぶ。

 彼のクラス【聖騎士】の力が言葉を伝って各員に届けられる。

 小幅ではあるものの、能力の全体的な向上が期待できる優れたクラスだ。

 木々が生い茂る山中は、明るいところと暗いところがまじりあっている。

 大木が倒れたところは光が射し、新たな生命が芽吹く。

 これをギャップと言うが、そんな場所では敵を視認しやすく、逆に背の高い植物が乱雑に生い茂る場所では見晴らしが悪い。

 そして、この斜面では上から迎撃する方が圧倒的に有利である。


「ハルツ! こいつぁ…………おわっ!」


 ルークの短い槍と敵の鉈のような剣が交わった。

 たった一撃で、木製の柄に大きな亀裂が入る。

 その太い刀身もさることながら、それを片手で振るう力は侮れない。

 後続が追いつき、パーティー全員が戦闘態勢に移行する。


「特記戦力を捕捉した!」


 ハルツの大きな声が山中に響く。

 これで転移術式小隊はこちらに向かって一直線だ。

 まあ元々行動を共にしていたのだから、心の準備を整えさせるくらいしか効果がないのだが。

 その他の第1中隊の人間からしたら、無駄にワイドに展開する必要がなくなったので、この情報はでかい。

 一斉に斜面を登っていた兵たちの伝言で、敵を捕捉した情報が中隊長まで入る。


「予定通り、我々は山頂を目指す。密集陣形にて敵を殲滅しろ!」


 ハルツからの伝言、そしてそれを受け取った中隊長からの命令が山中にこだましている時にはすでに、ハルツの元では激戦が繰り広げられていた。

 名乗る間もなく襲い掛かってきた敵は、間違いなく一線級の戦力。

 ハルツ単体であれば間違いなく敗北を喫していたことだろう。

 ルークの用意していた短槍は既に破壊され、普段使っている剣も刃こぼれが酷い。

 タリアの得意とする火属性の魔術も森の中では相性が悪く、レインの射撃も射線が通りにくくて効果が薄い。

 ジーンとルークは似たような役回りなのでこうした重量級の相手には分が悪く、そうなると必然的にフロントを張る人間は決定する。


「あんたはいいな。名は?」


 獣のような吐息が臭い。

 育ちの良いハルツにはキツイものがあるが、この強力な敵に敬意を払う。


「ハルツ・クラーク」


「クラーク家の者か。ならば納得だな」


 鍔迫り合いからの斬り返しを、敵は左手の盾で防ぐ。

 両者距離を取ったところでレインから矢が放たれるが、これも盾に弾かれた。

 僅かな膠着状態の間に、ハルツは言葉をねじ込んだ。

 自分は兎も角、仲間の緊張が解けていなかったから。

 このままでは先に尽きるのは自分たちだと理解していたから。


「そう言う貴様は何者だ。ウル帝国Aランカー」


 ハルツの言葉を受けて、男は少し不意を突かれた顔をした。

 名前までは知られていないようだったが、自身が帝国の人間で尚且つAランクの高みに上った存在というところまで割れているとは思っていなかったらしい。

 身元をばらすなと、固く口留めされていた彼だったが、小者の言うことに左右される彼ではない。


 東部連合体の長だか知らんが、自ら戦うこともしない雑魚よりも目の前の男に礼を尽くしたい。


「冒険者ギルド本部所属Aランク冒険者、ワイアット・レンジ」


 冒険者ギルドの本部はウル帝国の首都グランヴァインにある。

 つまりはそういうことだった。


「この戦争から手を引いてもらおうか」


「断る。私が参加できる数少ない戦場なんでな」


「仕方ない。格上の冒険者として敬意を払いつつ、あなたを殺す」


「品位の中に隠した武骨さ。流石はクラーク家の人間だ」


 地を這うような駆け出しで距離を詰めるワイアットは、ハルツを躱して後ろのタリアとレインをりに行った。

 タリアが治癒魔術師だとは知らぬはずだが、野性的な勘が働いたのかもしれない。

 しかし、この程度の崩しで負けるようなら、彼らはBランクパーティーではない。

 このパーティーは、全員がBランク冒険者、ノエルのように一人だけBランクというわけではないのだ。


 タリアが後ろに下がり、レインが前に出る。

 彼は弓を手放して両手を地面についた。

 一瞬で最大出力の魔力を練り上げ、木が根を張り巡らすように魔力が奔る。

 地震のような地鳴りと共に、木の幹が悲鳴を上げた。

 地中に伸ばしていた根っこが無理矢理変形したから。

 隆起した地面は、ワイアットとの間に大きな障壁を作り出した。

 彼の剣が壁の中ほどまで深く斬り込む。

 しかし、レインまでは到底届かない。


「おぉぉぉおおお!!!」


 ワイアットの後方からハルツが突進してきて、彼に迫る。


「くはは!」


 それに応戦するようにワイアットは体を反時計回りに半回転させた。

 そして左手に固定されている丸型の盾で彼の攻撃を受ける。

 腕に伝わってくる衝撃は本物で、ハルツの力強さをそのままフィードバックする。

 【身体強化】が無ければ骨ごと打ち砕かれる威力。


「いいぞ! ハルツ・クラーク!」


 壁から剣を引き抜いてハルツに斬りかかるワイアットの右腕に、鈍い痛みが走った。

 当然のように【痛覚軽減】を持っている彼の行動に支障はない。

 しかし、弓使いは壁の向こう、飛び道具は他に……彼は目線を左右に素早く振る。

 そして目の端に映ったのは、初めに撃ち合ったくすんだ眼をした男。

 手には投げナイフが握られていて、すでに2発目を振りかぶっている。


 ……本気でやるか。


 彼のギアが一段上がろうとしたその時だった。


「術式いけます!」


「やれ!」


 いつのまに囲まれて……


 彼が周囲に展開していた小隊規模の部隊に気づいた次の瞬間、抗いようのない魔術が起動した感覚を覚えた。

 転移術式、空間掌握術、空間組み換え術、空間編成術。

 呼び名は数あれど、効果はどれも同じ。

 テレポート。

 目の前の光景が、真っ白になった。

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