第240話 re:冒険者登録
「へー、Bランクになったんだ」
「尊敬してもいいよ!」
「いや、それはない」
「なんでよ!」
適当にノエルをあしらいつつ、受け取った書状をポーチにしまう。
黒装束である必要はもうないが、それでも装備として優秀なこれを選ばない理由はない。
ノエル、リーゼの装備にもこの仕組みを取り入れることが検討されているが、制作するメイソンが忙しくて納品は当分先になりそうだ。
「じゃあ行ってくる。お前らも気を付けろよ」
「Dランク以下だったら言ってくださいね。絶対いじめられてますから」
「はーい」
彼らは今日、冒険者になる。
冒険者の定義は統一されていないが、一般論で言えば、冒険者ギルドに登録している事業主ということになる。
個人事業主縛りではないのは、クランという組織体系が存在していて、そこがさらに冒険者ギルドと繋がっている場合があるから。
しかし、カナンにはクランは存在しない。
面倒だし、多重請負になるし、特にいいことはないから。
彼らは時に魔物と戦い、ダンジョン探索を行い、都市の治安維持に協力し、戦争にも参加する。
特に縛りは無く、合法的な依頼なら何でもこなす。
故に冒険者、彼らの果たす社会的意義は甚だ大きい。
彼らがいなければ、関連機関の負担が増大するから、バランスの取れた質のいい冒険者集団を各国は欲している。
したがってその間口は大きく、入れてから各構成員を審査し、見極め、鍛えることをどのギルドも怠らない。
初めから役に立つ人材を集めることが少々難しく、逆に言うことを聞かないルーキーは高ランク冒険者に締め出してもらうことになっている。
「分かった?」
「分からん。お前は何が言いたいんだ」
「つまり、入るのは簡単だけど、問題行動を起こしたりしたらクビになるかもってこと」
「お前みたいにか?」
「そ。俺なんて戸籍も吹き飛んだんだからな」
自虐的に笑うアラタには力がない。
冒険者として順調だったはずなのに、いつの間にか反社会的勢力の仲間入りを果たし、最終的にはその実働部隊のトップにまでなった男は言うことが違う。
アラタとクリスが特殊配達課に在籍していた時、彼らはギルドの支部長を殺害している。
特に咎められるわけではないのだが、身バレすることは防ぎたかった。
支部長イーデン・トレス討伐命令は正式なもので、正しいことをしたと言っても、ギルドが好意的に受け取ってくれるとは考えにくいから。
「そういえば、一度死んだことになっていたな」
忘れていたことを、今更クリスは蒸し返す。
「お前もな」
彼らのクローンは仲良く一緒に首を刎ねられている。
「あれ、どう話の辻褄を合わせているんだ?」
「これ」
「あぁ、なるほど」
彼の手には、先ほどノエルから貰った書状があった。
これでごり押しする、そういうつもりらしい。
「なんて書いてあるんだ?」
「ノエルと大公の名前を使って、俺たちは貴族院の秘密部隊にいたことになってる。大公選も終わってリストラされたから、金稼ぐために冒険者やることにしたって」
「そんな組織あるのか?」
「無いよ」
こともなげに虚偽の情報が書かれた書類で冒険者になろうとしているアラタに対して、クリスが待ったをかける。
「バレないんだろうな」
「バレても大丈夫でしょ。ハルツさんの話じゃ、今冒険者足りてないらしいし」
大公選のごたごたでこの国から冒険者が減っていることは、彼女も耳にしていた。
だが、楽観的過ぎるこの男の言うことを鵜呑みにするのも危険な気がする。
「……私は使わない」
「いいんじゃね。俺はギルドにある記録を見られると説明がつかないけど、クリスは大丈夫なんでしょ?」
「私が冒険者登録をするのは初めてのことだからな」
「じゃあそれでいこうぜ」
午前11時すぎ、2人は冒険者ギルドに到着した。
2階建てになっている石造りの建物は、彼にとっては随分久しぶりな場所だし、クリスにとっては初めて来る場所だ。
特配課の頃に勝手にダンジョンに潜っていたことのあるクリスは、これから正規の手続きに則ってあそこに行くことが、なんだかひどく面倒で、しかし後ろめたさが消えることは嬉しかった。
扉を開き中に入ると、5レーンある受付の内3つが稼働していた。
人不足、そして空いてくるはずのこの時間帯でも案外忙しいのだと、アラタは冒険者不足説を疑い始めた。
その話が出てきてから随分経つし、もう人手不足は解消されたのかもしれない。
「いらっしゃいませ。本日の御用件はなんでしょう」
どこかで見たことある気がする受付係が、2人を応対する。
「冒険者登録をお願いします。俺の身分はこれで」
「私はこれで頼む」
そう言ってクリスが差し出した手紙の筆跡に、アラタは心当たりがあった。
「先生に書いてもらってたのかよ」
「駄目だったか?」
「いや、別に」
2人が差し出した推薦状を確認している間、アラタはギルド内にいる冒険者たちを値踏みする。
武器を持っている、持っていそうな人間を推し量ろうとするのはもはや習性だ。
クリスも同じみたいで、2人はさりげなく辺りを見渡す。
八咫烏に入るのは無理そうだな。
それが2人の出した結論だった。
この時間帯、ハルツやノエルのような高ランクの冒険者はいないのだろう。
いるのはせいぜい、条件のマッチするクエストにありつけなかった奴か、これからあるイベントの参加者くらいだ。
「お待たせしました」
奥に言っていた受付が戻ってきて、預けた書状とは別に紙を持っている。
冒険者登録書だ。
「お2人の身元に関しては記入しておきましたので、残る空欄を埋めてお待ちください」
そう言うと、受付はまた後ろの方へ引っ込んでいった。
推薦状があると、通常とは違う登録プロセスが必要になる。
それはそれで面倒だな、とアラタは受付の人間に同情した。
「クラスは自己申告なのか」
「いや、俺のところは無しになってるから違うと思う。先生が書き忘れたんじゃないかな」
「まったく」
手紙をしたためてもらった立場だが、クリスはぶつぶつと文句を言いながら空欄を埋めていく。
想像以上にドレイクの手紙にはクリスに関する情報が足りてなかったらしい。
それも先生らしいと、アラタは笑いながら記入を進めていく。
大まかな身長体重、生年月日をウル帝国歴に換算して記入し、経歴を記入する。
提出した書状を合わせる為に、冒険者ギルド所属から貴族院特別戦術部隊、と適当な名前を書いておく。
あとで何か言われても大公の名前まである書類の力を信じる。
アラタの方が先に記入を終え、少ししてからクリスもペンを置いた。
それから待つこと数分、担当者が戻って来るより前に、アラタに来客があった。
「おい、お前、アラタか?」
振り返ると、人懐っこそうな茶髪の冒険者が立っている。
「…………カイル?」
「おま、おまっ、死んだんじゃ……!?」
幽霊を見たような顔とは、まさにこのことだ。
彼の周りの人間が異常なだけで、実際にはこういった反応の方が当たり前というか、普通な気がする。
カイルは、アラタが冒険者をしていたころの知り合いで、彼に誘われたアラタはカジノで全財産をスッた過去がある。
そうして2人に買ってもらった屋敷に住んでいるのだから、中々重要な人物である。
当たり前の反応のはずなのに、アラタはやけに新鮮な気持ちになっていた。
そう、これだよと、カイルの肩を掴む。
「それが死んでなかったんだなぁ。久しぶり」
そこに話せば長くなる事情があったとしても、それを話すことはしない。
シャノンと話した時に言われたように、真実と事実は違う時もある。
真実は心の中に、それが彼の選んだ道だ。
「何やってたんだよ」
「秘密の仕事」
「聞かない方がいいか?」
「できればな。俺また冒険者やることになったから、よろしくな」
カイルはそれ以上踏み込むことはしなかった。
以前とは違う気配の鋭さをアラタから感じたというのもあるだろう。
見た事の無い連れと一緒にいたというのもあるだろう。
死んだと思っていた知り合いが実は生きていた、今日の分の驚きはこれで十分すぎる。
「もう死ぬなよ」
「そのつもりは無いよ」
「飯は?」
「いま登録してるから、終わったら食おうぜ」
こいつにも友人がいたんだな、とクリスはカイルを見た。
見たところ特別強くもなく、特殊な技能を持っているようにも見えない。
ひと掴みいくらかの冒険者だ。
そんな相手とアラタが親しげに話しているのは、非常に違和感がある。
戦闘向きではないリャンの方が強いくらい、この男の戦闘力は大したことない。
「……クリス、係の人来たよ」
クリスは、自分の人を見る尺度が、強いかどうかだけであることに気づいた。
正確には、役に立つかどうか、厄介かどうか。
アラタはそうではない、そうではなかった。
そんな人間が自分たちの世界にやってきて、その世界に馴染んだことが、なんだかとても悲しいことのような気がして、頭から離れない。
そういう私は、私の尺度の中で、アラタの隣に立っていられるだけの力があるのか。
私は、私を特別扱いしているんじゃないのか。
「クリス、聞いてる?」
価値観が、否定されていく。
「おい」
アラタに肩を揺らされたところで、クリスはハッとした。
正気に戻ると、アラタが彼女の方を見ていた。
手には2人分の冒険者証、その奥にはカイルがこちらを見ていた。
「……なんでもない」
「これ、お前の証明証。なくすなよ」
「……あぁ」
まだランクの登録されていない、ただの登録証。
これではクエストを受けることすらできない。
それがクリスには、今の自分の立ち位置を示しているみたいで、なんだかとても嫌だった。
「で、午後から試験やるらしい」
「知ってる。今日の俺の仕事だからな」
「あー試験官的な?」
そう、とカイルは頭を振った。
ギルド運営に協力することも、冒険者の仕事の一つだ。
「ランクはどっからどこまで振り分けるの?」
「ルール上はA~F、つまりSランク以外の全部だな。実際にはCランクまでかな。これもかなり珍しい」
「ふーん」
まだ熱いドリアを冷ましながら、アラタは相槌を打つ。
ノエルがBランク、リーゼがCランクであることを考えると、自分とクリスもその辺だろうなと予測を立てた。
「カイル今何ランク?」
「Dだ。うちではキーンがC、アーニャと俺がDランクになる」
「なるほど、じゃあ試験官はDランク以上?」
「いや、BからFまでいる。責任者はレイヒムさんだ」
「俺あの人苦手なんだよな」
神経質そうな細い顔を思い浮かべると、食事の味もいくらか落ちる気がする。
ハルツ、ノエルと同じランクで、貴族出身者。
しかし性格は彼と異なり、かなり厳格な性格の持ち主。
ルールに厳しく、他人に厳しく、自分にも厳しい。
アラタとは決定的に合わない人種だった。
しかし悪い人ではないところが、一周回って困るのだ。
「ま、お前も冒険者を再開するっていうなら、人と仲良くすることも頑張らなきゃな」
「俺そんなにコミュ障か?」
「ノエルちゃんやリーゼさんと一緒にいると、話しかけづらいんだよ。また新しい女の子連れてるし。ね?」
カイルはクリスに同意を求める。
その点に関しては彼女も同意だ。
「こいつは調子の良いことを言って人を煙に巻くのが上手いんだ」
「カイル、そんなに言うならうちに来いよ。男女比率変えようぜ」
「もう時間だ。参加者はもう少し後だけど、お前らも遅れないようにしろよ」
アラタの誘いを無視すると、カイルはその場から退散した。
自分ではあの荒くれ者たちについていけないという戦略的撤退だ。
「フラれたな」
「俺、男の仲間探そうと思う」
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