第224話 ありったけの殺意をお届けしに
脱走したエリザベス・フォン・レイフォードを追跡する捜索隊の最小構成単位は分隊。
4人以上で構成されたそれを、4つ集めると1個小隊になる。
メイソン制作の魔道具は、全部で15セット。
ドレイクが個人でそれを一つ所持していて、残るは14セット。
一つ当たりにどれくらいの人員が割り振られているのかはバラバラだが、ハルツがそれを一つ受け持っている。
彼の下についているのは、同じパーティーのレイン、ルーク、タリア、ジーン、それからノエル、リーゼなどの冒険者たち。
締めて34名が彼の指揮下にある。
そして、捜索中だった4月11日。
「……ルーク、ジーン、全員集合だ」
「「了解」」
ハルツは散開して被疑者を追跡中だったが、部下たちを招集してひとところに集めた。
そして、任務の終了が告げられる。
「みんな、任務終了だ。ターゲットは死亡した」
カナンから南側に向かっていた彼らは、今回特に何かすることが出来る位置に立っていなかった。
正直居てもいなくても、事態の趨勢には関係ない。
だが、手が届かなかったからと言って、参加者たちが割り切れる者たちばかりではない。
中にはレイフォード家やエリザベス個人に恩がある人間もいて、彼らは呆然と立ち尽くしたり、泣き崩れたり、とにかく、絶望した。
大公選の流れの中で彼女の黒い側面が表に噴出したことは事実で、それに関しては弁明の余地もない。
だからこそこのままでは処刑されると考えて、アラタは彼女を連れ出したのだから。
しかし、やり方はもっと別の方法があったかもしれないが、ウル帝国との融和路線を提唱した彼女についていく信奉者がそれなりの数、大公選で一時圧倒的優勢を誇っていたくらいには存在していた。
それほど、彼女の掲げた理想には価値があった。
夢があった、明るい未来があった。
張りぼての、虚飾の城だったとしても、一般大衆はそれに惹かれた。
夢を見させてもらった。
そんなもの無理だと、ウル帝国との平和路線など不可能だと、現実を見て出来る対処をするのがクレスト家なら、レイフォード家はそこから溢れた人たちの受け皿になっていたのだ。
これが、クレスト家当主シャノン・クレストがこの国を治めるにあたっての大きな課題と障害になるのだが、それはまだ先の話。
「人は脆いな」
馬上のハルツは隣を歩いているルークに話しかけた。
「歳か?」
「まあそれもあるが、国の行く末を決める大公選の結末としては、なんとも後味の悪いということだ」
「今回は特に、な」
「あぁ」
冒険者の中には乗馬経験が無い者もいて、相乗りしている騎馬がいくつかある。
急ぎでないのなら、彼らに速度を合わせる。
だから、馬の手綱を握りながら会話する余裕もあった。
「いずれにせよ、これから忙しくなるぞ」
「それはお前だけにしてくれよ。頼りにしてるぜ、リーダー」
「ほんに都合の良い男だな。まあ、冒険者業だけやっていればいい訳ではなくなるかもな」
「軍から招集があるのか?」
ハルツは首を横に振る。
「いや、まだそこまで性急な話でもない。可能性の話だ、忘れてくれ」
「そうなりゃ俺もついてってやるよ。寂しがり屋はクラーク家の家柄だからな」
茶化すルークを少しにらむと、ハルツは肩の力を抜いた。
馬の振動が体に伝わってきて、それをうまいこと受け流す。
彼くらい乗馬歴が長いと、一日中馬に乗っていてもそこまで疲れることもない。
まあ、別の理由で疲れることは多々あるのだが。
彼は後方をちらりと見て、後続がついてきているか確認する。
その中には、ノエルや姪のリーゼの姿もきちんとあった。
「家柄が移ってしまったのか。それとも元からああなのか」
「どういうこと?」
「まあ、もう少し俺の苦労が続きそうだということだ」
そう言った彼の笑みは乾いていた。
※※※※※※※※※※※※※※※
ハルツたちがドレイクからの魔道具信号を受け取る前日。
4月10日、カナン公国首都アトラ。
大公選に負け、不正の数々が明らかになったレイフォード家やその傘下の貴族家、組織は警邏機構による家宅捜索の真っ最中だった。
真っ最中にもいろいろあって、今はもう捜査員が家にやってくることは無い。
押収が必要だと判断された物品に関しては既に搬出が完了していて、残されたものに対した価値はない、とされている。
人に関しても同様で、参考人になりそうな人間は令状を出したり任意同行を求めたりして、大量の身柄を拘束している。
そこから溢れた人間は、今回の事件に対して関わっていなかったと判断された下っ端ばかり。
彼らは、機能不全に陥った屋敷に戻ることも許されず、実家や自宅で謹慎していた。
だが、ここに一部例外がある。
警邏機構、もっと言えばそこから派生した特務警邏は、もとはと言えばレイフォード家派閥寄りだ。
特務警邏局長ダスター・レイフォードがドレイクの下僕で、転じてクレスト家派閥に引き入れられていたのは驚愕ものだったが、組織全体を見ればまだ敵派閥の色は濃い。
つまり、局長の制御から外れてしまった跳ねっ返り共の中に、レイフォード家に忠誠を誓い続けている構成員がいることも予想できた。
ダスターはそう言った人間に対しても令状を用意して拘束していたが、いかんせん全部というわけにはいかない。
そうして、その手の人間が行動することで例外が生まれる。
例えば、今回の最重要参考人であるレイフォード家相談役の5人など。
彼女たちは、レイフォード家本邸、その離れの地下にある隠し部屋でいつものように集まっていた。
杜撰というか、よく隠したというか、この部屋に捜査の手は入っていない。
それは少し問題な気もするが、何事にも例外はつきものだ。
「あの女、最後の最後でしくじりおったのぉ。また一からやり直しか」
円を描くように明かりを囲んでいる彼女たちの中で、リーダー格とみられる女性が茶をすする。
彼女の名前はソフィア・フォン・レイフォード。
血縁上はエリザベス・フォン・レイフォードの祖母だ。
当然、アラタがエリーと呼ぶ異世界人との血縁関係は無い。
死亡したエリザベスの祖母であり、先代当主を息子に持つことから、この中で最も発言権が大きい。
しわだらけの手は、欠陥が浮き出ていて、青白くて、枯れ木のように細い。
少し強く握っただけで折れてしまいそうなくらいか細いのだが、ゆらゆらと火に照らされて不気味だ。
「時間に関しては気にする必要がなくなったのじゃから、まずはそれを祝おうとはならんか?」
ソフィアに向かい合っている席のカーミラ・フォン・レイフォードは、彼女に比べて随分と楽観的な性格をしているらしい。
一から、時間、気にする必要が無いとは何のことか、部外者では理解に苦しむが、彼女たちにとってこの状況はそこまで絶望的なものではない。
そんな趣旨の発言は、他の3名の同意を得る。
「然り。当初の目的は2年以上前に達成しておる。大公の座など今更じゃよ」
「それもそうか」
見た目は完全に魔女の茶会といった様子で、非常におどろおどろしい。
別に必要以上に委縮する必要なんてなくて、彼女たちも小さい子供がここを訪ねたりすれば飴の一つや二つくれて可愛がってくれるだろう。
ここに子供が来たことなんてほとんどないが。
そんな相談役たちは、エリザベスが死亡したことをすでに知っている。
まだ国内では捜索隊が必死に活動しているが、彼らをあざ笑うように情報はすり抜けていく。
それもこれも、ここ数年ある男が当家に出入りするようになってからもたらされたものなのだが。
「さてと。そろそろ留置場に戻るとするかね」
よっこらせ、とグレース・フォン・レイフォードが腰を上げた。
腰を上げても、元から曲がっているせいか杖が手放せない。
お迎えも時間の問題な気がするが、これで時間的な問題は解決したらしい。
元より自分の世代で完成させようとしていないのかもしれない。
「猟犬は手強い。ステラ、警備の強化は済んでおるな?」
「勿論じゃよ。ほとぼりが冷めるまで、
ははは、と笑う彼女たちは、まだ知らない。
首都を除いた、レイフォード家と深い関係にある各都市の首長たちの居場所で何が起こっているのか。
そして、自分たちがこれからどうなるのか。
「おとなしく箱の中にいるべきだったな。尤も、私がそうなるように仕向けたわけだが」
「貴様は!? イサ——」
※※※※※※※※※※※※※※※
アトラに向かっている間、ずっと考えていた。
俺は、何の為にこの世界にやって来たのか。
正確には、何故この世界に連れてこられたのか。
魂が本当にあったとして、俺の魂が半分になったとして、じゃあ遥香の魂が小さいころに半分になったことは偶然だったのか。
正直そこに関しては重要じゃない。
それらが事実だとして、俺の魂が半分になったこと、これが偶然だったのかどうかってことが大事なんだ。
こんなに人の魂は半分に割れるものなのか?
それなら半分になった人の魂がさらに半分になる事件とかもあって、4つの世界に4つの魂みたいなことになっていてもおかしくない。
まあそれはいい。
エリーが言っていた、あの子のせいで俺がこの世界に連れてこられたって話。
正直……その可能性は高いと思う。
清水遥香改め、エリザベス・フォン・レイフォード。
その人生の中に、アラタ・チバって存在が必要だった。
だから事件が起こって、俺はこの世界に来た。
その方がしっくりくる。
俺は、遥香、エリーの人生の脇役として、この世界に来た。
じゃあ、あの子が死んで、この話にケリがついた後は?
俺は、俺の生きる意味って何だ?
神は、きっとそんなことまで考えていない。
そこまでケアしてくれるとは元から思っていない。
ただ、まだエピローグは残っている。
まだ、エリーの話は終わっちゃいない。
その最後に、俺が出ても、いいよな。
本気で潜入しようとした彼らを止める術は、カナンには無い。
あるとすれば他国、ウル帝国の検査システムが考えられるが、この田舎の小国にそんなものがあるわけがない。
八咫烏として動くのなら、【気配遮断】を使えないリャンのことを考える必要があったが、今はもう彼はいない。
彼らにとって開かれている城塞都市の門など、家の玄関と変わらない。
影のように這いより、暗闇の中に沈める。
「特殊配達課、最後の仕事だ。準備はいいな」
「勿論。ぬかるなよアラタ」
「あぁ。弔い合戦だ」
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