第81話 クラスの呪い
こりゃあまずいな。
正体が何者かは置いといて、村人として振舞いながらこの強さ、いつどこで練習する余裕があったってのよ⁉
「恨むぜハルツ……!」
村の北側、柵でおおわれているエリア、そしてその外に位置する畑のさらに外、そこではルーク率いる村人とアルマ率いる黒装束の戦闘が繰り広げられていた。
頭数は村人の方が上、個人の力量は黒装束の方が上と言った所か、今のところそれなりの損害をお互いが出しつつ戦況は膠着している。
村の長であるカーターは中に残っているが、その息子のエイダンが実に巧みに味方を指揮している。
ハルツの見立て通り、彼の才能はこの戦いの中で芽生えつつあった。
問題なのは大将戦、ルーク対アルマの戦いなわけだが、こちらは膠着状態という訳にはいかなかった。
彼もそれなりの使い手で、そこそこの相手なら一人でも対処できる。
そんな彼が防戦一方、殺されないように動き回ることで精一杯で反撃の糸口すらつかめていない。
その動きも徐々に鈍くなり、このままでは仕留められるのも時間の問題だ。
「石弾!」
バックステップしながらルークは左手を向け魔術を起動する。
宙に浮いていた彼の足元が地面に着くと、彼の魔力は地中を流れアルマの足元から土の棘が突き出された。
石弾の声はダミー、実際には土属性の別の魔術を行使して彼女の不意を突こうとしたのだ。
無防備に見える右脇腹を貫ける。
タイミングは完璧、今から防御しても間に合わない、一瞬の隙を突いたルーク渾身の攻撃は当たる直前でビタリと止められた。
躱してはいない、武器で棘が破壊されたわけでもない。
土の操作を途中で止められたのだ。
棘は敵まであと数十センチという位置で完全停止、アルマはルークに向けて動いている。
完全に不意を突いて、そこから魔力を地面に流して制御権を奪い返された!?
一体どんな魔力してんだよ、今のはハルツでもタリアでも刺さるぞ!
「これがクラスの差だ」
避け切れ――――
アルマの初撃をルークは防いだ。
だが2撃、3撃目は捌き切ることが出来ず防具の上から斬られる。
体勢を崩したところを魔術が襲い、その隙間を通すように剣戟が殺到した。
勝敗は決した。
ルークの敗北である。
「ルーク…………さん。撤退だ! 村の中まで退がるぞ!」
村人はエイダンの号令に従い、黒装束と撃ち合いながら下がり始めた。
数日間の付き合いだが、お調子者のルークは村人と、エイダンと打ち解けていた。
彼の生死は不明だが、アルマの足元に倒れている彼を助ける力は自分たちにはない。
血が滲むほど唇を強く噛みしめても、現状は覆らず一同は逃げる。
逃げると言っても敵から背を向けて一目散に走るわけではない。
あくまでも徐々に、ゆっくりと後退しながら交戦し続ける。
その先頭に立つのはエイダン、父親からレクチャーを受けているもののほぼ独学では戦闘用の魔術の研鑽は厳しく、剣一本で戦っている。
対して黒装束は全員がそれなりに剣も魔術も体術も修めており、加えて集団戦向けの魔術や対魔術防御にも精通していた。
村人渾身の魔術攻撃も複数人の敵に防御されれば魔力の無駄遣いでしかなく、魔力が枯渇し身体強化が解けた者から順に狩られていった。
村の中からの援護のおかげもあって、外で戦っていた村人たちは何とか陣地の中まで撤退することが完了する。
途中敵が止まったように見えたが、それにどんな意味があるのかなど彼らには関係ない。
そんなことを考える余裕は無かった。
その頃、村の外に集結したアルマと黒装束は反転、外から向かってきたリーゼたちと対峙していた。
「ジーン、あいつのクラスはなんだ?」
「騎士系か魔術師系、聖騎士ではないけど……黒魔術師?」
【絵師】のクラスを持つジーンの目は審美眼に優れている。
発動中のスキルが何となくわかり、魔力の流れも目で追える。
さらに今みたいに何となく対象のクラスを推定することまで可能だ。
ジーンの推測が正解と近かったのか、アルマは少し驚いた顔をして、そして1人語り始めた。
「黒魔術師、呪いがあるクラスと言う意味では近かったな」
呪いがあるクラス、世界で確認されているのは4つ、黒魔術師、召喚術師、暗黒騎士、そして剣聖である。
「私の呪いは人の記憶に残りにくくなるというものだ。これが厄介でな、自分が何者なのか、自分でも分からなくなるんだ」
「暗黒騎士、ですか」
「正解だ聖騎士。呪いの見返りとして、大幅な魔力増強と身体能力向上、そして【思考加速】まで手に入れることが出来たよ」
アルマの携える剣には血が付いている。
その剣で誰を斬ったのか、答えは明白だ。
ジーンとレインを前面に戦闘態勢、黒装束も先ほどとは違いやる気のようだ。
「なあ聖騎士」
アルマはクラス名でリーゼのことを呼んだ。
ハルツのクラスも聖騎士だが、この場にハルツはいないからだ。
リーゼは応じるか迷ったが、何か情報が引き出せるかもしれないと反応することにする。
「……なんですか」
「剣聖のお守りをして楽しいか?」
「ええ、とっても」
「聖騎士ともあろう者が、いずれ処断される剣聖のお目付け役とは泣けてくる。そんな閑職で満足か?」
閑職、確かに聖騎士でありながら少女一人に付き従うのは少しおかしかった。
成り行きとは言え、相手がただの少女ではないとは言え、本来なら聖騎士のクラスを得た時点でリーゼは軍に入り、将来的に要職に就くために経験を積むことを求められるような人材なのだ。
クラスが発現して約2年、苦しい訓練もあるが、2個下の小娘と一緒にバカをやっていていいような軽い身の上ではない。
ここまで来てしまった以上、今から軍の幹部候補として育成されるには少し遅く、閑職に追いやられたという受け取り方もできなくは無かった。
しかし、リーゼがノエルと一緒にいることを閑職であると思うはずもない。
「私ほどの能力があれば、今から軍に入りライバルを全員追い抜いてトップに立つことなど造作もありません」
「自分でそれ言う?」
「レイン静かに!」
「私がノエルに付き従うのは、私がそうしたいと願っているから、ただそれだけです」
「屁理屈だな。公国の未来を考えればお前のしていることは怠慢そのものだ」
「自分にはそんな人いなかったのに、ノエルの周りに人が集まることが悔しいんですか? あぁ、貴方友達いなさそうですもんね」
「……ブス」
「貧乳」
「殺せ!」
「やりますよ皆さん!」
「女怖ぇー」
「レイン黙って!」
※※※※※※※※※※※※※※※
柵の内側、防御を固め、浅いが堀も備えている敷地の中、無事に帰還できた者たちは応急処置を施され、敵の攻撃に備えていた。
数人の村人が死亡、重傷者や重体の者も多く、治癒魔術師の到着が待たれている。
戦いの指揮を執っていたルークの安否は不明、動けるものはエイダンの頑張りもあって何とか戦意を保っている。
そんな中、冒険者でありながらただ一人だけ村に残り、戦うことも出来ずに人々が傷つくのを見ることしかできない者がいた。
己の無力さを痛感し、戦えない歯がゆさと申し訳なさに押しつぶされそうになりながら、それでもノエルは動くことが出来ない。
剣聖の力がいつ暴走するか分からない以上、ここで力を行使すれば次意識が戻った時、辺りに転がっている死体は仲間の物になるかもしれないのだ。
そうして怪我人の看護に回り、動き続けること約30分、ようやく落ち着いてきたその時、未来は確定した。
「来たぞ! 敵が来たぞ!」
「戦闘準備だ! 戦えない者は後ろに下がれ!」
彼らもここを失えば散り散りになってしまう、昔から住むこの土地を守る為、文字通り命がけで戦う決意である。
しかし、猟犬を従え、先頭を進むアルマに引きずられているそれを見て、ノエルの中にどす黒い殺意が芽生えた。
「カーター! ルークさんたちが!」
「分かっている! 全員待機、敵の出方を窺う」
――殺す。
「アルマァァァアアア!!!」
「剣聖! 来い!」
暗黒騎士と半ば覚醒した剣聖、彼らのスピードの中では、人質があろうとも常に喉元に刃を突きつけてでもいなければそれの意味はない。
剣と剣が交わり、火花を散らし、恐ろしい速度で繰り出される剣技は常人が目視できる領域の外側に出ていた。
ノエルの顔は怒りに支配され、それに対してアルマは嬉々とした顔でノエルと斬り結んでいる。
「剣聖! それが見たかった! 共に堕ちよう!」
「黙れぇ!」
「はははっ! もっとだ! もっと力を引き出せ!」
アルマは既に人質を得ていることなど頭の片隅にもなかった。
彼女にとってリーゼたちは、ノエルの本気を引き出すための触媒でしかない。
殺してしまうのもありかと思ったが、この先のことを考えれば傷つけるだけ傷つけて再利用する方が合理的だと判断した。
黒装束は動かない、それが指示なのか、単に2人に割って入るだけの技量が無いのか、とにかく彼らもこの戦いの行く末を見守っていた。
両者がお互いの間合いから出る。
それに合わせてアルマは3度空を斬り、そこから風の刃が弾き出された。
風刃、風属性の初歩であり、殺傷能力はさほど高くない。
しかし暗黒騎士の補正が効いた風の刃は研ぎ澄まされ、そのまま受ければ十分致命傷になり得る威力を持っていた。
ノエルも3度、空を斬り攻撃を撃ち消す。
こちらは【剣聖の間合い】で魔術の威力を減衰させてから魔力を流した剣で処理、我を失っていても一手一手の対処は的確である。
しかし、遠近両方の攻撃手段を持ち、魔力も潤沢にあるアルマ、近接は群を抜いて強いものの、魔力は人並みで遠距離攻撃に対応する術に限界のあるノエル、互いに呪いを身に宿していてもこのシチュエーションでの優劣ははっきりとしていた。
このままではノエルは敗れ、まだ生きているリーゼたちは死ぬ。
しかしこれ以上の力の行使は元の人格に戻ってこれなくなる。
怖い。
自分が自分でなくなることが。
私の身体で大切な人を傷つけることが。
もっと力を込めなければ、私はこいつに勝てない。
でも、そうすれば私はもう………………
――力を貸してやろうか?
その時、悪魔の囁きが聞こえた。
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