第79話 ごめんなさい

 レイテ村周辺を根城としている盗賊には、様々な違法行為の嫌疑に加えて確定している何件もの殺人、強盗、恐喝、その他諸々の犯罪に関与したとして討伐命令が出ている。

 犯罪者の取り扱いはDead or Alive つまり生死問わず、だがほとんどの場合降伏した犯罪者は取り調べの為、生きたまま連行されるようになっていた。

 それをたった一人の少女が、冒険者になりたての少女が殺傷した、その現実はハルツに剣聖の危険さを改めて認知させるのに十分すぎるものであり、盗賊の生き残りがいなくなってしまったことよりもノエルに対する扱いをどうするのか頭を悩ませることになる。

 最後の一人と思われる敵がノエルの手によって両断された後、誰もノエルに近づこうとはしなかった、できなかった。

 抜き身の剣をひっさげ鋭い目で次の獲物を探すこの子に誰も話しかけることが出来なかったのだ。


「あーあー、派手に生まれ落ちたみたいね」


「タリア! リーゼ! 結界を!」


「「はい!」」


 今度の結界は無詠唱で辺りを包み込み、ドーム状に貼られたそれは人の出入りを阻害する。

 再び一同の前に姿を見せたアルマだがその見た目は村に住む住人のそれではなく、防具に身を包み腰には剣を差している。

 アルマの背後には黒装束に身を包んだ一団が控えている。

 明らかに統率の取れた集団がこの辺りを根城にしている盗賊と同じわけがない、ハルツはようやく本命に出会えたと確かな手ごたえを感じながら、このややこしい状況でなければ全力で叩き潰せるのにと歯噛みする。

 2人が結界を張り終えてハルツがどうすべきかと思案している間に、新しい獲物を見つけた剣聖はだらんと脱力した状態から一気にトップスピードに乗り単身突っ込む。


「チッ、おい!」


 ノエルから距離を取るようにバックステップしながらアルマが命令すると、彼女と入れ替わるように数名の黒装束、恐らくティンダロスの猟犬がノエルに向かっていく。

 もしこれが本当に猟犬であるとするならば流石というべきか、数合打ち合ってかすり傷一つない。

 3対1で斬りあっているから当然といえば当然だがそれでも盗賊たちとは格が違う。


「ノエル様を守る! 突撃!」


「全員行け!」


 2人の指揮官の号令で両勢力がぶつかり戦闘に突入した。

 しかし敵はハルツ達とまともに打ち合わず安全な距離を保ち、時折様子見程度の攻撃を繰り出すのみでまるでやる気がない。

これではハルツ達も深く踏み込めず、浅い傷は双方受けているものの脱落者は誰もいない状況のまま拮抗する。

 冒険者7名に対し、敵は確認できるだけで10名以上、数の上で劣勢だが相手のやる気のなさと半ば暴走状態にあるノエルの奮闘によって膠着状態が続いていた。


「くっ、おい! 早く剣聖を片付けろ!」


 アルマを名乗る何かは大声で黒装束をけしかけ、彼らもあまり乗り気ではないようだがそれでもきちんと攻撃を撃ち込み続けている。

 それでもノエルは崩れない。

 敵の魔術、剣術、体術、そのことごとくを捌き、鋭い一撃で反撃してくる。

 クレスト家は代々、優秀な文官を多く輩出してきた名家、しかしノエルはその家の跡継ぎにしては不出来だった。

 元々勉強が好きではない分、言われた範囲は人並みにこなしてもそれ以上はやろうとしない、そういう子供だった。

 彼女が幸運だったのは、年の近い幼馴染のリーゼがクラーク家の子女だったことだろう。

 クレスト家を武力でもって支える伯爵家、その当主イーサン・クラークにノエルが剣を教わり始めたのは自然なことと言える。

 体を動かすこと、剣を振るうことは彼女の気質に合っていたようですぐにノエルは剣術にのめり込んだ。

 のめり込みすぎるあまり、イーサンの弟であるハルツの職業、即ち冒険者に興味を持つようになったのは両親からすれば面白くなかったが、それはそれでいいと思っていた。

 …………彼女が15歳になるまでは。


「あはは! もっと! もっと! もっと寄越せぇ!!!」


 徐々に黒装束が押され始めた。

 ノエルの剣の回転速度は上昇し続け、3人、4人がかりでも抑えきれなくなってきつつある。

 口元には笑みが、目は光り輝き恍惚とした表情を浮かべながら剣を交える少女にアルマは一歩後ずさった。

 その一歩は戦闘行為とは関係のない動き、不合理な動きはノエルに斬りこむ隙を与えてしまう。


「ははっ!」


 一閃。


 下段から斬り上げるように弧を描いた鋒は、アルマの左鎖骨を断ち切り、傷は鎖骨下動脈にまで達した。

 太い血管が斬られたことにより止まらない出血、骨折のダメージはいくら【痛覚軽減】があろうと誤魔化しきれるものではない。

 追撃しようとしたノエルは黒装束の反撃を受けて一度距離を取ったが、隙を見せるのを今か今かと待っている。


「……撤退だ」


 黒装束の一人がそう言うと、敵は全員戦闘を止め、逃走に入る。

 この人数差、リーゼとタリアも戦闘に参加しており結界は既に消滅している。

 今この状況では敵を見逃すほかない。

 ハルツはこの時、ノエルを睨みつけるアルマの視線に覚えがあった。

 妬み、嫉み、そういった類の感情の中に、嘲笑、憐憫の要素までが含まれていて、事態の複雑さを物語っていたと、のちにハルツは語る。

 盗賊達の根城から黒装束はアルマを連れて撤退した。

 そしてここからがこの事件を語るうえで外せない、忘れることのできない内容となる。


「周囲を警戒しろ! 報告!」


「クリア」


「クリア」


「クリア」


「クリア」


「リーゼ! 報告!」


「ク、クリアです!」


「ノエル様は……だろうな。全員、ダメージ報告は後、陣を組み脅威に対処する」


「うふふ……斬らせろ、もっと。……私は…………ノエル、剣聖の……ノエル」


「治癒魔術で治せる範囲なら斬って構わん! 行くぞ!」


 先頭はルーク、次いでジーンとハルツがノエルを制圧しに動く。

 3人は剣と槍を持ちながら、それぞれ雷撃、炎弾、それに地面の土を操作する土石流の魔術を行使した。

 どれも攻撃用の魔術だが、威力を絞れば即死することは無く、治癒魔術師が2人もいれば傷跡も残らず治療できる、そういう計算が彼らにはあった。

 しかし間合いに入った瞬間、魔術的効果は消えた、きれいさっぱりと。

 加減をしていても魔力のコントロールまで間違えたつもりはない。

 それも3人同時、まず通常ではありえない。

 しかし事実としてそうなっているのだ、その上3人の攻撃は躱され、反撃を食らう始末。

 効果範囲内の敵の魔術、スキル、クラス効果を減衰させる、それが剣聖固有のスキル、【剣聖の間合い】だった。

 加減していなければ魔術は通っただろう。

 全力で身体強化をかけていれば多少の防御力は残せただろう。

 こちらは手加減するつもりでも、乗っ取られたノエルはそうではない。


ルークの槍は弾かれ、無防備な彼に凶刃が迫る。


 彼を庇い剣を叩きおられながら吹き飛ばされるハルツ、そしてルーク。


 この場合、浮いた駒はジーンだ。

 短めの剣を構えていたが、黒装束数人と渡り合うほどの剣技、ジーンがサシで撃ち合える相手ではない。

 初撃で交わった剣は大きく欠け、2撃目で完全に叩きおられる。

 そして予備のナイフを抜き放ち、同時に足元から土属性魔術、石弾を射出して攻撃を仕掛けた。

 ノエルの魔術適正はそこまで高くはないから【剣聖の間合い】の効力を織り込み済みの上、ある程度強く魔力を注ぎ込めば通常通り魔術は使用可能だ。

 正面からナイフ、左右から小さな礫が飛来する。

 全ては当たらずとも、ノエルの動きを止め、その隙に拘束すれば……


 彼女の思考は、意識はそこで消滅した。

 その場で体を捻りながら跳躍したノエルは空中で地面と平行になる。

そしてその下を通過する石を一つ素手で掴むとジーンのこめかみにぶつけたのだ。

 余りにはやい一瞬の出来事に、何をされたのか分からないまま意識を失い膝から崩れ落ちたジーン、彼女が地面に倒れ込むのとほぼ同時に着地したノエルは勢いそのまま剣を振りかぶっている。


この距離、ジーンが斬られる。

 誰もがそう判断しながら2人の間に割って入ろうと走っている。

 大地に突っ伏したままの彼女に向かって振り下ろされた剣は、残酷なまでに美しい軌跡を描き…………


「止まりなさいノエル!!!」


 まさに間一髪。

 一瞬、ほんの一瞬動きが止まりかけ、ジーンは斬られずに済んだ。

 【聖騎士】のクラスは他人の行動を言葉で後押しすることが出来る。

 やりたくもないことを強制することはかなり難しいし、使える条件は限られている能力だ。

 しかし今回は効果があった。

 親しい者であり、本来の彼女の人格が止まりたいと願っていて、それほどの条件が重なりリーゼの能力はノエルの動きを一瞬留まらせるに至った。


 僅かな時間の身体の硬直、振り下ろされかけた位置で止まった剣に鎖が絡みつく。

 その鎖の先端はルークがしっかりと握っており、剣を封じた。

 ハルツが、タリアが、レインがノエルの動きを押さえようと駆けていたがそれよりも早くリーゼが彼女の元へとたどり着き無防備な状態のノエルを抱き締める。


「その体はノエルの物です! 返しなさい!」


 至近距離で【聖騎士】の力をありったけ乗せた言霊。

 自力で戻ってこれずとも、こういう方法もあるのだとリーゼは示した。


「…………ごめんなさい」


「大丈夫ですか。どこか痛くありませんか」


「……大丈夫だけど、リーゼ、リーゼ、リーゼの方が!」


 剣聖の少女を抱き締める幼馴染の肩にはノエルの握っている杭が突き刺さっていた。

 左肩、太い血管にも当たっておらず命に別状はない。

 それに彼女は治癒魔術師、タリアもいる、本当に問題ない怪我だ。

 【痛覚軽減】で我慢できる程度の傷、冒険者であればもっとひどいけがをする時だってある、この程度で騒ぐこともない。

 だがそれは怪我を負った者の理屈で、怪我を負わせてしまったほうの理屈ではない。


「ごめんなさい、ごめんなさい! リーゼ! 早く治療を!」


「そんなに泣かないでください。本当に大したことないんですから」


「だって! 私のせいでみんなが!」


「ノエルが戻ってこれて良かったです。ほら、村に帰りましょう?」


「…………うん」


 その日の出来事をノエルは生涯忘れない。

 剣聖のクラスとは強力だが、通常のクラスにはない呪いが込められている。

 第1段階は終了し、覚醒の度合いは第2段階へと移行した。

 ここから先、一手間違えれば仲間をその手にかけることもあり得るのだ。


 貴族令嬢は冒険者を夢見る。

 彼女がこの先夢を現実として掴み取ることが出来るのか、掴み取るには一体どんな代償を支払うのか、外から見る者はそれが楽しみでならない。

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