第75話 第1段階
「何なのだあいつは!? チョームカツクンデスケド!!!」
衝撃の発言の後、ノエルは笑いながら去っていったフレディの顔を思い出すだけでムカムカと怒りがこみあげてくる。
『呪われた剣聖の少女』
奴に言われた言葉、そもそも私は剣聖と言うクラスについて何も知らないし聞かされていない。
でも今回の事件、リーゼやハルツ殿のクラスや、父上のそれとも明らかに異なる何かがあるというのは分かる。
通常クラスとは恩恵であり、個人の力を増幅し、場合によっては普通の人間ではありえないような能力を得ることも出来る。
しかし呪い、呪いと言う表現が適切なクラスを私は知らない。
おそらくあれがそうなのだろう。
一時的に体の主導権が何者かに奪われてドラゴンを斬った時、私は私ではなくなっていた。
ノエルはようやく自分の中に何か異質なものが宿ったことを理解し、それが先刻のフレディ・フリードマンの発言と繋がることも分かった。
こうしてほぼ確定であろう推論が彼女の頭の中で成立したタイミングで、ちょうど誕生日パーティーは幕を下ろす。
彼女は知らなければならないと思った。
剣聖、呪われた剣聖と言われるその所以を。
会が終わった後、夜も遅いということで明日ノエルの聞きたいことに答える場が設けられることになり、その場は解散した。
まあ時間も時間であるし妥当な判断ではあったのだが、ノエルは一刻も早く自分の身に何が起きているのか知りたかった。
元々好奇心旺盛で衝動を抑えられない傾向が強い彼女は屋敷にある書庫に赴き、クラス、とりわけ剣聖について調べ始めた。
国立の図書館でもない屋敷では大した情報を手に入れることは難しいと思われたが、ノエルは一つの記述を見つけてしまう。
それは完全に偶然だった。
剣聖について調べることを諦め、フレディの発言から何か犯罪に繋がることが無いかと法律書に眼を通している時だった。
その記述は呪われた剣聖と言う意味と自らが置かれている立場を確認させるには十分すぎるものだったのである。
――剣聖が自我を完全に喪失し、第2段階を超えること叶わずに人格が闇に堕ちた場合、対象をAランク討伐対象とし軍事力を有する組織の責任者はこれを滅さなくてはならない――
ノエルはそっと本を閉じ元に戻す。
何が何なのか理解できないまま寝室に戻り、そして寝た。
翌日、事件の当事者たちはシャノンの元に集まり一連の騒動とノエルについての説明を行う運びとなった。
「父上、一つよろしいでしょうか」
「なんだい?」
「第2段階を超えられなかった剣聖は殺されるのですか」
一同の表情の変化は様々だったが、シャノンは驚きの表情と共に、やってしまったという顔をする。
「そうか、隠すことではなかったか。……確かに第2段階を超えることのできなかった剣聖は討伐される。でも聞くんだ、滅多に起こることではないんだ。剣聖のクラス自体、滅多に発現するものではないし闇に堕ちた例なんてそれこそ歴史上で数えるくらいしかない。だから落ち着いてくれ」
そうか、父上は私の精神が不安定にならない為にわざと言わなかったのかな。
それなら仕方がない。
ノエルは落ち着いていた。
不思議と言われたことを素直に受け止めることが出来る。
『ふぅー』と深く息を吐き、一度頭をリセットした。
「分かりました。話を進めましょう」
「大丈夫なのか?」
「はい、クラスは既に発現したのですから。問題はどう付き合うかと言うことだと思います」
場が静まり返った。
思いがけず発せられたノエルの大人すぎる言葉にあっけにとられた一同はおろおろし始める。
「あわわわわ、ノエルがそんなことを言うなんて。天変地異の前触れです」
「我が娘ながらなんてできた子なんだ。いつの間にこんなに成長して」
「ノエル様、素晴らしい、素晴らしゅうございます! このハルツ感涙を耐えることができません!」
「ちょっと待って、その反応はおかしい。私も中々いいことを言った自覚はあるけど……失礼! みんな失礼!」
「いえいえ、ノエルの日ごろの行いを間近で見ていればこの反応が普通というものです。私なんて何度ノエルのしでかした後始末をさせられたことか。自分で数えられますか?」
「ぐっ、でも、それは…………」
反論する余地など微塵の無いほど心当たりに溢れているノエルが反撃することができずに唸っていると、
「まあその辺にして話を戻しましょう。ノエル様のクラスのことだったはず、ですよね?」
イーサン殿、話を元に戻してくれてありがとう。
……あれ?
イーサン殿、肩が震えていないか?
気のせいか。
イーサンはわずかに片を震わせながらノエルにばれないように笑いをこらえつつ話を始める。
「ノエル様もお分かりかと思いますが、剣聖というクラスは特殊なクラスです。その手厚い加護ゆえに反動として呪いが存在します」
「お父様、聖騎士のクラスはそういった反動はないのですが?」
「聖騎士どころか勇者にもそういった反動は確認されていない。呪いが確認されているクラスは今のところ……剣聖、暗黒騎士、黒魔術師、召喚術師と言ったところかな」
ノエルはもちろん、他の面々も今挙げられたクラスの保持者を知らない。
クラスと言うのは多種多様であり、呪いが付与されているようなレアなクラスを目にすることなどそうそうあることではないのだ。
「で、剣聖の呪いとは一体?」
これから自分が向き合わなければならない呪いがどれほどのものなのか、ノエルは気が気ではない。
気丈に振舞っていたとしても、やはり怖いものは怖いのだ。
「それに関してはハルツ君に調べてもらってある。頼むよ」
「は。剣聖の呪いとして確認されているものは主に2つ。すでに体験されたかと思われますがもう一人の人格が形成され乗っ取りを試みてくる危険性が一つ。もう一つは生活力の極端な低下です」
「「「え?」」」
その場にいたハルツ以外のすべての人間の頭の上に『?』マークが浮かび上がる。
生活力の極端な低下? 一体それが何だというのか。
「せ、生活力の低下とは具体的には……?」
娘がずぼらな人間になってしまうと宣告を受けたシャノン公は恐る恐ると言った様子で聞き返す。
「記録では洗濯や掃除ができない、部屋を自力で整理整頓できなくなる、食事を作るとこの世の物とは思えないものが出来上がる、とあります」
ハルツは極めてまじめな表情で説明しているが内心笑い転げそうである。
一つ目の呪いは剣聖が覚醒するにあたり重要な役割を果たすが、二つ目の呪いは全く関係性のないものだ。
これがクラスの強制力をもって発動してしまうのだから本人に防ぐ術はない。
「ま、まさか私が今までそういったことが苦手だったのは……」
「それは普通にノエルがずぼらなだけですよ」
見えない矢で体を撃ち抜かれたノエルがガクッとその場に膝をつくがリーゼはまったく気にしていない。
愛娘に対する悲しすぎる評価にクレスト夫妻はリーゼに文句を言いたくなったが、思い当る節の多すぎるノエルの生活力の無さに言葉を失うしかなかった。
「でもまあ元々家事をしていたわけではありませんし二つ目の呪いは気にする必要ありませんね!」
「ちょっと! それはあんまりだ!」
「いいじゃないですか。家事くらいでしたら私が代わりにやりますから」
「本当に?」
「はい、任せてください!」
自信満々で家事代行宣言をする娘にイーサンは内心びっくりしていた。
リーゼお前家事やったことないじゃないか、と。
だが確かに二つ目の呪いの方は大した問題ではない。
問題なのは一つ目の呪い、すなわちノエルの中に生じたもう一つの人格の方なのだ。
「ノエル、今もう一人のノエルと代われますか?」
「うーん、どうやったらいいか分からないんだ。またいつでも代わってやろうとは言われた気がするのだが」
「おそらくそれは覚醒の第1段階なのでしょう」
「第1段階?」
第2段階を超えられなかったら討伐対象となることは知っていたが、言われてみれば第2段階があるのなら第1段階もあるはずだ。
そう彼女が聞き返したのに対してハルツは頷き話を続ける。
「そうです。もう一人のノエル様が好き勝手に暴れてしまうのが第1段階、ここではまだそこまで危なくありません。顕現できる時間は長くありませんしこちらから主導権を取り返すこともできるとあります。問題は第2段階、ここでは剣聖の力を引き出すためにもう一人の人格と力の奪い合いをします。完璧にねじ伏せることができればクリア、逆に完璧に負けると人格が逆転してしまいます」
「じゃあ第2段階に行かずに第1段階だけで力を行使すれば良いのか?」
「いえ、第1段階はあくまでも練習です。ある程度力を使えば強制的に第2段階に移行します。第2段階でも主導権を奪い返すことはできますがその難易度は第1段階の比ではありません」
「なるほど。ハルツ君の言ったことをまとめると、第2段階に移る前に力の使い方を学び主導権を握る必要がある、ということだね?」
「そうなります。どれほど時間が残されているか分かりませんが少なくとも1カ月ほどは猶予があるかと」
「短いな」
短い、確かにシャノンが呟いた通り1カ月という期間は実にあっという間に過ぎてしまう時間だ。
その間に第2段階に向けて剣聖の力の使い方を身に着けなければならないと考えると時間はあまり残されていない。
「お父様、その、私はどうすれば」
「ううむ、まず冒険者としてクエストをこなし力の使い方を学びなさい。第2段階に入ってもすぐに乗っ取られるわけではない、そうだねハルツ君」
「はい、あくまで完全に乗っ取られるまでは何度でも逆転可能です」
「正しい力の使い方を学びなさい。ノエルならば出来る」
「はい!」
ノエルの中に迷いはなかった。
憂慮すべきことはそれこそ数えきれない。
剣聖の覚醒、大公選、フレディ・フリードマン、転移魔術の下手人、だがやるべきことははっきりしている。
クラスに打ち勝ち冒険者としての明日を手に入れる。
冒険者を夢見る少女の冒険は今本当の意味で始まりを迎えた。
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