第73話 初クエストと覚醒

「と、ここまでは理解できましたかな?」


「ちょ、ちょっと待ってください。今からダンジョンに入るのですか?」


「ああ、元々今日はそのつもりでギルドに行ったのだからな」


「クエスト! ダンジョン! 早く行こう!」


 ギルドに到着し、ノエルとリーゼの冒険者登録を済ませた後、今後の予定を彼女の叔父であるハルツから聞かされたリーゼはこの上ないくらい不安だった。

 いくら訓練を積んできたとは言え、初心者の自分たちがいきなりBランクのパーティーに同行するというのは如何いかがなものか、と。

 間違いなく足手まといになってしまう、ノエルはウキウキのようだが絶対ろくなことにならないとリーゼは過去の経験から予測する。

 彼女の懸念は至極真っ当であり、もっともなものだったがハルツは自分たちがこなすクエストのレベルに無理やり付き合わせようとしているのではなかった。


「リーゼ、別にBランクやCランクのクエストを受けようというのではない。ダンジョン内部の魔物討伐クエストだ、第1層までなら危険はないだろう」


 ハルツは今日、第4層までの侵入を計画していたが2人のお守りを仰せつかったことにより予定変更、第1層での行動に抑えることに決定した。

 第1層、その言葉を聞いてそっと胸をなでおろすリーゼ、そんな彼女の様子を見てなぜかノエルから殺気が放たれている気がするがきっと気のせいだろう。


「お2人にはこれから第1層にて魔物を討伐し、戦利品を収集、ダンジョン出口まで戻って来てもらいます。出口には私の仲間が待機しておりますのでお2人が帰ってきたら我々も戻ります」


「と言うことはハルツ殿も私たちと来るのか?」


「左様でございます。もしものことがあったら私の首が飛んでしまいますからな!」


 ハルツも冒険者とはいえ伯爵家に名を連ねる者、もし私たちに何かあっても実際に処刑されるわけではないのだろうなと思いつつ、お兄様たちがタダでは済まさなそうではありますねとリーゼは家族愛溢れて、溢れすぎて少々シスコン気味の兄たちを思い浮かべていた。


「分かった。では出発だ!」


 こうして冒険者ギルドアトラ支部発行、アトラダンジョン内バランス調整目的の魔物討伐クエスト(第1層)が開始された。


※※※※※※※※※※※※※※※


「ノエル、そっちはどんな感じですか?」


「問題ない。というか魔物はいないのか?」


「まあ第1層ですからね。本来第4層まで赴いて魔物を討伐するところを第1層で止まっているのです、魔物がほとんどいないことも納得できます」


「どうせなら魔物と戦いたかったな」


「滅多なことを言わないでください。ほら、まだたくさん物資は落ちていますよ」


 勇んでダンジョンに挑んだ2人だったが、ダンジョン第1層の様子と言えばまあこんなものである。

 アトラダンジョンは一応迷宮指定されている高難易度ダンジョンだが、それは第4層以降の話である。

 第1,2層はFランクやEランク冒険者でもまず問題ないくらいの場所であり、ハルツらのような上級冒険者からすればピクニックと大差ない。

 第3層もある程度経験を積んでいれば死亡することはほぼない。

 当然ギルドの管理も行き届いており、下層へと挑む冒険者が通過する性質上常に魔物は枯渇気味なのだ。

 魔物との戦いを熱望していたノエルが文句を言い出すことは想定内だが、前述した上級冒険者が倒したまま放置している魔物の死骸や出土した魔石が手つかずのまま残されているので物資は取り放題なのである。

 それもある程度まとまった量放置されているようなら冒険者にクエストを発注し除去するのだが、基本は2人のように第1層に来た初心者たちに投げっぱなしだ。


「リ~ゼ~、まだ集めるの~?」


 飽きるのが早いノエルは自慢の剣を使う機会がなさそうだと悟ると露骨に帰りたいオーラを出し始める。

 口うるさい仲間がいればそういうとこだぞと注意する場面だが、あいにくリーゼは彼女に甘々だ。


「そうですね、かなり集まりましたし一度戻りますか」


 2人は集めた戦利品を担ぐとダンジョンの出口に向けて歩き出した。

 とは言っても本当に出口は目と鼻の先で、すでにハルツの仲間が見えているのだがここで2人は知ることになる。

 この世に絶対というものなどどこにも存在しないということを。


「転移」


 一瞬誰かの声が聞こえた気がしたが、そんなことどうでもよかった。

 2人の目の前から出口が消えている。

 いや、そもそもここは第1層ではない。

 2人は360度辺りを見渡してみたが、先ほどまでいた場所とはまるで異なる景色。

 地面や壁の様子は先ほどと大差ないが、明らかに気温が低く物音が遠くまで反響する。

 それほど目の前に広がる空間は広大で、日の光から遠くに位置していることになる。

 第1層は少し薄暗いくらいで、特殊な技能が無くても辺りを見渡すことが出来た。

 しかし今度は違う。

 まさしく暗闇、リーゼは自身とノエルに暗視効果の魔術を使用しもう一度辺りを見渡した。

 彼女は知識としてこの場所を知っている。


「第5層……最下層ボスエリア」


 暗視状態にある2人の眼前には、異常なまでに濃い紅色をした巨大な何かがいた。

 何か、それは生物特有の呼吸をしていたわけだが、2人の目にはそれが生きているものだと即座には映らなかった。

 それは今までの人生の中で目にしたことのあるどんな生物よりも大きく、圧倒的な存在感を有しており、はじめは巨大な岩か何かだと思ったのだ。


「これは……ねえリーゼ、これは…………ドラゴンか!?」


 ドラゴン、魔物の中でもトップクラスの知名度と実力を兼ね備えたそれは彼女たちの目の前で微動だにせず堂々と鎮座している。


「私たち、死ぬのかもしれませんね」


 リーゼが命の危険を感じている頃、上層では大騒ぎになっていた。


「ハルツ! ありゃどうなってんだ!?」


「転移魔術だ! 2人の足元に魔力の揺らぎが見えた!」


 突然のアクシデントに取り乱し混乱するパーティーメンバーを前にして、ハルツも混乱の極みの最中にいた。

 しかしここで迷っていても状況は何も好転しない、彼は可能性を絞りある決断をする。


「転移魔術により2人はダンジョン内の別の場所に飛ばされたと断定する。第1,2層以外の場所を捜索する! レインは第3層、タリアとジーンは第4層、ルークは俺と第5層に向かう」


「無理だ! 第5層に2人だけで挑戦するのは無謀すぎる! 絶対死ぬ!」


「その自殺行為を2人がしているかもしれないのだ! 時間が惜しい! 行け!」


 リーダーであるハルツの号令の元、メンバーは行動を開始した。

 ハルツとルークの2名で最下層に挑戦するというのは承服し難い決定だったが、一同は文句は後で言うことにしようと心に決めて走り始める。

 ハルツとて、冒険者生活の中で第5層に挑戦したことは無い。

 踏破記録は10年以上前、Aランク冒険者、不屈のアレクサンダー・バーンスタインが単独制覇したのを最後に更新されていない。


「状況は待ってくれない。行くしかないのだ」


 そう言うとハルツは第5層へと向けて全力で駆け出した。


※※※※※※※※※※※※※※※


 息を吐く。

 たったそれだけで周囲の温度は僅かながら確かに上昇し、2人の緊張は限界を突破しようとしていた。

 ドラゴンと言う存在は世界各地で観測され、存在自体が希少と言うことはない。

 しかし討伐されたという話は、それこそ長い長い人類史の中において人々の記憶に残り続けるほど稀であり、ノエルもリーゼも数えるほどしか知らなかった。

 いざ目の前にして理解できる圧倒的実力差。

 Fランクでなくとも、ギルドの等級なんて関係なくほとんど全ての冒険者であれば、人間であればまず太刀打ちすることなど想像すらできないくらい巨大で威圧的な風貌をしているそれは、目の前に久しぶりの生きたエサが現れたことを感じ取り喜びに打ち震えている。

 2人の足は震え、剣を鞘から引き抜こうとするが手が動かない。

 辛うじて動く首をリーゼの方向に捻り、ノエルは震える口から言葉を紡いだ。


「ねえリーゼ、あれ、私の剣で斬れると思うか?」


 答えなど分かり切っていたが、それでも聞かずにはいられなかった問いにリーゼは一瞬言い淀んだが、


「もし斬れたらあれよりもノエルの方が化け物ですよ」


 軽口を叩いてみたが、その口元には歪な笑みが張り付いており、絶望的な現状は何も変わらないことを表していた。

 初クエスト。

 冒険者であれば誰もが通る道であり、その体験はその後の冒険者人生を左右するものになる事も多いだろう。

 カナン公国に限らず、多くの国の冒険者ギルドでは初心者が早い段階で淘汰されることの無いように多くのセーフティネットが掛けられている。

 そんな安全策の一つにアトラダンジョン内に転移魔術を扱う魔道具の設置を禁じるというものがある。

 だからこそ階層ごとにきちんとレベル分けされ、各冒険者にとって最適な階層での仕事が可能になっているのだが、今回のような事象を防ぐためのルールだった。

 つまりこの事案は異常事態で緊急事態だった。

 魔術の中でもその複雑さと必要とされる適正を持つ者の少なさから、目にすること自体少ない転移魔術。

 希少さで言えば治癒魔術よりも適性を持つ者の数は少ないとされている。

 それがダンジョン第1層で発動したのだ。

 間違いなく2人を狙い撃ちにしたものであり、決して偶発的な事故などではない。

 そんなことをした犯人を探し出して処刑台送りにしてやりたいところだったが、犯人を探し出す余裕など1ミリもないこの現状で脅威は2人に襲い掛かった。


「ゴアァァァァァアアアアアアアア!!!」


 けたたましい咆哮と共に放たれた真っ赤な火球はノエルに向かって一直線に襲い掛かったが彼女は火に魅入られたように全く動くことが出来ずにいる。


 ――――――死んだ。


 火の玉が地面を抉りながら直進して、壁に激突した瞬間ノエルはそう思った。

 火球が放たれた瞬間ではない、自分に火球が当たった時でもない、壁に激突した時そう思ったのだ。

 ノエルは左肩と背中に痛みを感じつつ起き上がる、起き上がることが出来た。


「あれ、私は…………生きている?」


 火球が迫った時魔力の盾のようなものが目の前に……それで誰かに突き飛ばされて……


「リーゼ?」


 リーゼが倒れている。

 装備が壊れてしまっている、高かったはずなのに。

 ひどい火傷だ。

 早く治療しないと。

 あれ、でもなんでリーゼはけがを負っている。

 分からない。

 リーゼは私を庇って、それで……思考が追い付かない。

 あ……………………


「ここからは私の時間だ」


 あれ?

 今私はなんて言った?

 口が勝手に動いた気がする。

 あれ?

 体が動かない、言うことを聞かない。

 意識が……途切れて…………


「ノエル、ケガはないですか?」


 彼女をドラゴンの攻撃から身を挺して守ったことで傷を負ったリーゼだったが、治癒魔術で自らの体に応急処置を施しつつノエルに話しかけた。


「あぁ、ああ! 大丈夫だ! あはは! さあ、期限付きの自由を謳歌するとしよう!」


「ノエル!?」


 大地を蹴る。

 そう表現するほかないほど強力なノエルの踏み込みは固いダンジョンの地面を陥没させ、身体を急激に加速させた。

 握りしめた両刃の剣の柄はミシミシと音を立てながら振りかぶられ、持ち主から魔力供給を受け光り輝く。

 だがリーゼの目にはその光は明るくというよりも、怪しく輝いているように映りそんな光景を目の当たりにした彼女はある言葉を連想する。


「これが……剣聖の覚醒……だというのですか!?」


 異変を感じ取ったのはリーゼだけではなく、ダンジョンの主も首を持ち上げ2度目の攻撃に入る。

 前足で地面を撫で、削り出された岩石がノエルを襲う。

 だがそんな攻撃をモノともせず飛来する石を剣ではじきながら一直線に突っ込んでいくノエルは笑っている。


 あれは本当にノエルなのですか!?


 再び火球を打ち出そうと口内で魔力を練り上げるドラゴンを見て、剣聖の少女はニヤリと笑うと首を持ち上げているドラゴンの頭の高さを超える跳躍を見せた。

 相手はそれに合わせ視線を上に向けるが、


「私の方が一手速い! アハハハハハハハハハハ!」


 一閃。

 たった一太刀で頭部は口内に充填されかけていた魔力の塊と共に両断され、第5層ボスエリアに血の雨を降らせた。

 そのわずか数秒前に現場に到着し、驚愕の瞬間を目の当たりにしたハルツ・クラークは、


「これが、これが剣聖の覚醒なのか。しかもこれで第1段階とは……」


 非公認のものではあるもののAランク相当の魔物がFランクの冒険者に討伐された瞬間を目撃した。


「……悪くない。またいつでも代わってやる」


 ノエルはそう零すとフッと力が抜け、まるで糸の切れた操り人形のようにその場に倒れた。

 余りにも異常なことずくめな2人の初クエストの結末は、リーゼとハルツの心に恐怖と驚愕の念と共に深く深く刻み込まれた。

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