第43話 仲間割れと囮捜査

 たった数日でアラタの怪我の治療は完了した。

 これでようやく元通りの生活に戻れる、彼はそう考えていたが状況はそこまで楽観的ではなかった。

 今ドレイクの家にある教室で4人はこれからの方策について話し合っている。

 というよりは、ノエルとリーゼがフレディへの敵対意識丸出しで今すぐ屋敷に突撃しそうな勢いなのだ。

 それをドレイクとアラタが宥めどうにか建設的な話し合いに持って行こうとしているわけなのだが、


「二人とも落ち着いて。相手だって貴族なんだからそれなりに証拠がないと。いや、貴族じゃなくても証拠がないと」


「いいえ、証拠なんて後でどうとでもなります。今行きましょう」


「リーゼの言う通りだ。今すぐ行くべきだ」


 ダメだこりゃ。


「先生、実際どうなんですか?」


「そうじゃのう、まあ何の証拠もなく動くのはムリじゃな。かと言って伯爵が証拠を残すような真似をするとも思えぬ。何か証拠があればいいのじゃが……難しいの」


 先ほどから4人は証拠、証拠と口癖のように言っているが、彼ら冒険者が治安維持目的で動くためには必要なものだった。

 カナンの警察組織も同様なのだがこちらは多少の越権行為は許されている。

 それに比べ冒険者は正規の治安維持組織ではない為、その辺りの制約がより厳しい。

 実際には2人の貴族パワーで多少の無茶は許されてしまうのだがそれでも無策で行けば問題になるのだ。


「先生もこう言っているんだし二人とも一回落ち着いて考えよう、ね?」


 2人は渋々と言った様子で黙る。

 機嫌悪いなー。

 このお嬢様たちがいつ爆発するか分かったもんじゃない、最低でもその時近くにいたくない。

 アラタは当然として、ノエルとリーゼにもフレディを叩き潰す口実はなかった。

 ノエルが15歳の誕生日を迎え剣聖のクラスに目覚めた時から何かとちょっかいを出され、楽しい冒険者ライフを邪魔してきた相手、本当ならアラタと出会う前に家ごと破壊してやりたかったが彼は狡猾な男だった。

 限りなくクロに近いグレーなのだがどうにも外から力が働いて実力行使に出られない。

 そんな時、ドレイクの口から出た情報は三人にとってまさに喉から手が出るほど欲しい情報だった。


「そう言えばこの時期は奴隷市場が活発化するころじゃ。オークションもちらほら始まっておる」


 奴隷と聞いてアラタは自分とは縁遠い、歴史の世界の話だけだと思っていたがそれに比べノエルの怒りようはそれはそれは激しかった。


「バカな! カナンは奴隷制度禁止の国だぞ! そんなことありえるわけがない!」


 あれ、そうなの?

 先生が普通に言うからこの国がそう言うものありの国なのかと思った。


「ノエル様、理解してください。禁止されているということはそれだけ多くの金が流れるということなのです。それを商機と捉える人間もおるのです」


「ドレイク殿! オークションはどこだ! クレスト家総出で叩き潰してくれる!」


 隣で怒り狂っている人がいると自分は冷静になれるというのはよく言われる話だが、青筋を立てて怒っているノエルを眺めていると愛されて育ったんだな、とアラタは思う。

 今までそんなものが存在することも知らずに育ってきたんだろう、ノエルらしいけど。

 けど正義感が強い分こういうものへの嫌悪感が凄そうだな、まあ俺もあまりいい気分ではないけど。


「落ち着いてください。ノエルが行ったところでしらを切られて終わりですよ」


 ノエルよりもリーゼの方がいくらか冷静だが彼女はオークションの存在を知っていたのだろう。

 だが彼女の表情も険しく、嫌悪感を隠そうともしない。


「じゃあオークションに潜入して現場を押さえるんですか?」


「いや、その場にいたとしても自分も潜入中だったと言われればそれまでじゃ」


「えぇー、それじゃもう何でもありじゃないですか」


「奴隷を購入するところをピンポイントで押さえれば……それにはこの前見た護衛どもが厄介じゃな」


 この時点ですでに難易度はかなり高いがオークション関連の摘発方法として勝ち筋はこれくらいしかない、できぬなら諦めろ、つまりはそう言うことになる。


「ドレイク殿、奴はオークションを運営する側なのだろう? 購入なんてしないんじゃないか?」


「いえ、奴の収集癖はかなりのもの。おそらくは奴隷も……」


「じゃあ釣り餌が必要ですね」


 リーゼがそう言うとノエルが何かを思い出したようにアラタの方を向いた。


「どうした? また何かくだらないことでも思いついたのか?」


「むっ、くだらなくなんかない! アラタ、お前……あいつから勧誘されていたな?」


「いや、あれは方便だろ。完全に殺しに来ていたわけだし」


 場の雰囲気がおかしい。

 みんなこっちを見ている。

 ノエルの案だぞ? 絶対何か穴があるに決まっている。


「おい、こっち見んな。行かないからな、オークションに商品として潜入なんかしないからな!」


「アラタ、お願いします」


「そうだ、頼む」


「まあ不運と思ってあきらめるんじゃな」


「またか! 俺こんなのばっか!」


 こうして本人の意思は完全に無視されたうえでアラタはオークションで競売にかけられる奴隷として潜入することが決まった。

 作戦はこうである。

 役立たずであることを理由にギルドにてクビ宣告を受けたアラタは治安の悪いエリアにある酒場で飲んだくれる。

 ここでアラタは騙されて奴隷に落とされオークションにかけられる。

 後は飲み込んだ魔道具で位置を割り出して会場を特定、アラタが競り落とされたところで急襲するという算段だ。


「いまさらなんだけどこの作戦雑過ぎじゃない? 何? 治安の悪い酒場って。適当すぎでしょ」


「ドレイクさんが言うにはオークション関係者の末端が出入りする場所だそうです。信じてください」


「緻密に計算された作戦なんてどこか一箇所ほころびが生じただけで崩壊するんだぞ? その点この作戦は完璧だ。初めから穴だらけに設計してある」


 全く完璧じゃないし安心できない。

 アラタが2人に抗議している姿は傍から見れば言い合い、喧嘩をしているように映った……かもしれない。

 そうこう言っているうちにクビ宣告を受けるべくギルドまで来てしまった。

 演技とはいえ嫌だなぁ。

 アラタが負のオーラを放つ様子はなかなか様になっている。

 ギルドに到着すると少し時間をおいて演技が始まる。

 パーティー追放の理由は適当に考えておきますからアドリブでお願いしますというのがリーゼの言だがアラタは心配だ。

 あの2人にアドリブなんてものが出来るのか不安過ぎる。


「あなたを解雇します。今までありがとうございました」


「へ? いきなり?」


「私たちの足ばかり引っ張るあなたはもう必要ないということです。ではさようなら」


「いや、待ってくれよ! いきなり解雇なんてひどすぎる! せめて次の就職先くらい」


「え、えぇっと、ヒモのアラタ? にはもううんざりなんだ。だから……えー、そう言うことだ!」


 大根役者にもほどがある。

 こいつ連れてこない方がよかったな。

 それに、


「ヒモって言うな! 大体だれがいつもお前のフォローしていると思っているんだ!」


「うっ、だ、だがお前こそ役立たずもいいとこじゃないか! この前だってアラタは立っていただけで役に立たなかったじゃないか! 私は役に立ったぞ?」


「うるせぇ! あんなのまぐれだ! あんなめちゃくちゃな方法で解決するなんて俺は認めないからな!」


「ふん! 段々と言い訳も苦しくなってきたな。リーゼも言ってやれ!」


「そうですね。借金まみれ、甲斐性なし、ヒモ、私たちに寄生するのはやめてください」


 こいつら俺が気にしていることを次々と、本当に追放するつもりなんじゃないか、これ?


「へっ、まあいいや。俺がいなくなってどうなっても知らねえからな? 後で泣きついても遅いからな!」


「ふふん! ヒモで役立たずのお前なんかもう要らない! さあ早く出ていけ! 二度と顔を見せるな!」


 演技とはいえ流石にここまで言われると腹も立つ。

 ノエルが勝ち誇ったように両手を腰に当てて胸を張る。

 その表情が、佇まいが絶妙にアラタのムカつくポイントを刺激したのかアラタの口からある言葉が飛び出た。


「……チッ、貧乳が胸張ってもありがたくねえんだよ」


 一瞬自分でも何を言ったのか分からなかったアラタだったが、これはこれでいいかと踵を返してギルドを後にしようとする。

 その後ろでノエルがプルプル震えており、それとは別の意味でリーゼがプルプル、ブルブル震えている。

 ちょっと言い過ぎたかな、そう思って後ろを振り返――


「ぶっ殺してやる!」


 アラタは身体強化をかけるだけで精いっぱいだった。

 顔面に飛び蹴りをモロに食らうとそのまま吹き飛ばされ冒険者ギルドの向かいの建物の壁に激突した。

 その威力はまさにキレたシャーロットの攻撃と同レベルのそれであり一撃でアラタの体力を根こそぎ持って行った。


「アラタ逃げて!」


 ノエルを後ろから羽交い絞めにしながら叫ぶリーゼの声ではじき出されるようにアラタは駆けだした。


「許さん! 絶対叩っ斬ってやるぅう!」


「うっせえ! すぐ手ぇ出す癖なんとかしろ! ゴリラ! お前は凶暴なマウンテンゴリラだ!」


「アラタ! 早く!」


 演技ではない本物の小物感が芝居を現実の出来事へと昇華している。

 惨めに逃げ去る様子が最高に板についているがそれでいいのかアラタ・チバ。

 アラタはその足でスラムの方へと走り去っていき、影からそれを見ていた何者かの存在に気付くはずもなかった。


※※※※※※※※※※※※※※※


「痛っ、歯折れてないよな?」


 アラタは渾身の演技でギルドから逃げ去ると、当初の予定にある酒場へと向かった。

 到着したはいいが、治安の悪いエリアの中でも特にガラの悪そうな連中のたむろしている場所で、首都と言えどこんな場所があるのかとアラタを若干引かせた。

 街のはずれの方のならず者たちが縄張りとするこの酒場は奴隷商を秘密裏に営む者たちも利用するというのがドレイクの話である。

 実際に店内に入らなければこの感覚は分からないが、確かにそう言う妄想を膨らませることが出来るだけの雰囲気がこの店内にはあった。

 アメリカの荒野を見ると本当に宇宙人がいるかもしれないと思えてくるように、この店に入れば本当に奴隷商人くらいいるかもしれないと思えてくるのだ。

 アラタはドレイクからもらった魔道具を口に放り込み噛まずに飲み込む。

 これで何かあってもアラタの居場所を辿ってオークション会場に辿り着くことが出来るはず……はずだよな?

 少し怖いがやらないわけにもいかない。

 アラタは意を決して店に入ると期待通り薄暗い店内は日陰者の巣窟だった。

 見た目からすでに怪しい者たち、他には浮浪者のようないでたちをしたものや、とにかく一癖も二癖もありそうな人間ばかりが座っている。

 内心ドキドキしながらそれを気取られぬように平静を装い奥の席に座る。

 酒を注文しとにかく飲む。

 味なんて分かったものではないがとにかく飲み続ける。

 全員に見られているような気がしてとてもではないが素面ではやっていられないのだ。

 しばらくしてかなり酔ってくると緊張も解けてきて余裕が出てきた。

 なんだかとてもいい気分だ、今なら何でもできる気がする。

 アラタがそんな万能感に酔いしれている時、事態は動いた。

 見るからに怪しい二人組の男が店内に入ってくると一直線にアラタの元へと近づき話しかけたのだ。


「よう、見ない顔だな。だがお前のことは知っているぞ。お前、さっきパーティーを解雇されたヒモのアラタだろ」


 ヒモと言われて僅かにカチンと来たけど今の俺はそんな小さなことを気にするような小さい男じゃない、なんか気分もいいし。


「そうだけどお前ら誰ら?」


「名乗るほどのものじゃねえ。それよりなんでこんなところで飲んだくれているんだ?」


「別に。酒を飲むのに理由が要るのか?」


「それもそうだ。これも何かの縁、一緒に飲まないか?」


「…………いいぜ。ここで飲むか?」


「いや、せっかくだから俺の行きつけに連れてってやるよ」


 とんとん拍子で進む会話の流れでアラタは朧げな意識の中、肩を貸してもらいながら店を出た。

 だいぶ酔ったな。

 もう既に頭が痛いし吐き気もする。

 吐き気を押さえてガンガン痛む頭を押さえながら薄暗い道を歩くと建物に囲まれた中庭のような場所に出る。


「さあ着いたぜ」


「いや、店なんてないらろ」


「まあ気にするなって。そんな必要もなくなる」


 男たちが下卑た笑いを浮かべた。

 嵌められたのか……だけど思い通りか。

 頭を掴まれシェイクされたアラタはあまりの気持ち悪さにその後の記憶がない。


「情報通りだったな、ここまで簡単に捕まるとは」


「楽な仕事だぜ。こいつを捕まえて金貨10枚、売れたら落札額の10%もらえるんだろ? ぼろい商売だ」


「全くだ。さあ行こうぜ」


 男たちはアラタをズタ袋に入れて暗闇へと消えていった。

 かくして作戦の下準備は完了したわけだが、ここまでくれば後は頭数と実力がものをいう暴力の世界。

 オークションが開催されアラタが競り落とされる、欲を言えばフレディがアラタを競り落とすのを待って突入する。

 もしアラタを途中でロストしたら?

 もしフレディが現れなかったら?

 もしアラタにフレディが興味を失っていたら?

 ノエルたちがそこまで考えていることを期待するのは、寝て起きたら夏休みの宿題が終わっていることを期待するくらい愚かなことだ。

 …………つまりノープラン、予備の計画なんて初めから存在しないのである。

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