第23話 継続か終了か

「おーい、アラタ―、大丈夫か―?」


 アラタは2人に連れられて宿まで搬送されてきた。

 流石にリーゼの治癒魔術でも心の傷を癒すことはできない。

 それに心が折れていたのもあるが、体の方も既に限界が近かったのだ。

 罰ゲームのあれこれは別としても決して楽な訓練ではなかった、あの集団から逃げ続けていれば体力だって使い切る。

 アラタは稽古初日にして心身ともに限界に達していた。


「アラタ、その……明日も頑張ろうな?」


 ノエルがまた無責任なことを言っている。

 このお嬢様は俺が明日も頑張ってしまったらどうなるのか想像できないのか。


「気持ちはわかりますが仕方ないんです。もし明日アラタが来なければシャーロットさんが迎えに来るそうです」


 …………はぁ、マジか。

 そんなの死刑宣告といくらも変わらないじゃないか。

 こんなことならもっと好き勝手に生きればよかった。


「…………いかない」


 彼は絞り出すように呟いた。

 当然だ、誰だって二度とあんな目には遭いたくない。

2人は困ったような顔をしてアラタを見ている。

そんな顔をしないでくれよ、確かにあの場所で練習すれば俺は強くなれる。

 でも間違いなくその前に俺は死ぬ、誰だって自分の命は惜しいよ。


「もう稽古は始まってしまったんです。諦めて頑張りましょう」


「諦めるって何をだ! もう一回あそこに行けば俺は死んじゃうかもしれないんだぞ!」


「ふう、困りましたね。ねえノエル、どうします?」


「どうするもこうするも、これはどうしようもないだろう。リーゼこそ何か案はないのか?」


「厳しいですね。出来るだけ早く身体強化を習得して稽古を終わらせる以外に方法は無いと思います」


「だろうな。アラタ、もう一度頑張ってみないか? もしかしたら明日スキルに目覚めるかもしれないぞ」


「……むり」


「完全に駄目になっていますね。どうしましょう」


 2人は考え込む。

 どうすればアラタにやる気を出してもらえるだろうかと。

 リーゼはいざとなれば強制的に連れて行けばいいかと考えることを早々に諦めていたが、ノエルは解決策を模索し続けた。

 うーん、分からん。

 それでも尚考え続けたノエルの頭に妙案? が浮かんだ。

 いや、でもこれは恥ずかしいな。

 成功してもしなくても恥ずかしい、特にアラタが不思議そうな顔をしてこちらを見てきたら耐えられそうもない。

 そうだ!


「ねえ、もしアラタが稽古を頑張れるなら私たちもできることはやろう。具体的には、その、膝枕とかどうだ? …………リーゼが」


 一瞬の空白ののち条件を一つ付け加えた。

 ノエルはリーゼを売ったのだ。

 馬の目の前にニンジンよろしくアラタの前にリーゼをぶら下げて走らせようというのだ、リーゼはノエルにもっと厳しくしてもいい。


「ノエル!? なんで自分じゃないんですか! なんで私なんですか!」


「いや、だって恥ずかしいし」


「私だっていやですよ! それにアラタがこんなことでやる気を出すわけ――」


「……やる」


「今なんて言いました?」


「やる。明日も稽古頑張る」


 テーブルに突っ伏したままアラタは答える。

 いくら美女の膝枕があるとはいえこんな取引は収支が合わない。

 だがアラタの精神はぼろぼろで、しかし明日になれば強制的に引きずり出されることを理解していたのだ。

 だったら少しでもマイナス分を減らすために何か癒しを、そう思っていたのだ。

 正直まだ少し足りない感はあるけれど……少しか?

 全然足りなくないか?

 耐えきれるか? 耐えきれなくないか?

 やっぱり無理な気がしてきた。


「あ、今のやっぱり」


「決まりだな! クリアできればリーゼの膝枕、これで明日から頑張れるな!」


「「いや、無理無理無理!」」


 それぞれ別の意味の拒絶だったが見事にはもった。


 翌日、俺はこの世界に来てから一番憂鬱な朝を迎えた。

 いや、もしかしたら元の世界も含めても一番憂鬱な朝かもしれない。

 なんだかんだ言って結局今日も今日とて稽古に行くことになってしまった。

 どうしよう。

 普通に行きたくない。

 きっとおなかの調子がよくないとか言ってみても無駄なんだろうなぁ。


「はぁ~、今日はもう持たないかもしれん」


 けど自分から行かなければ姐さんが迎えに来ると言っていた。

 せめて自分の死期は自分で決めよう。

 そう決意するとアラタは部屋から出て孤児院へ向かった。

 足がおっっっっっっもい。

 全然前に進んでくれない。

 精神的なものが一番大きいんだろうけどそれだけじゃない、多分昨日の稽古はかなりきつかったんだと思う。

 あれだけの強度の練習をしたのはこの世界に来てから初めてかもしれない、そりゃ筋肉痛にもなるし疲労は次の日に残る。

 痛む体に鞭を打って孤児院を目指して歩き続ける。

 アラタは途中で二人と合流してなおも歩き続ける。

 2人は別行動でクエストを受けてくればいいのに、そう思ったけど言うのをやめた。

 俺が死んでしまった時遺体を回収してくれる人が必要だ。


「二人とも、俺が死んだら後はよろしくな」


「いや、流石にその表現は大げさだと思いますけど」


「うーん、昨日の様子だと本当にそうならないか少し心配だ」


 そんなやり取りをしているうちに一行はついに魔王城に到着した。

 アラタはもう逃げられない。

 歯医者が嫌だと抵抗しつつ最終的に目の前まで来てしまった、そんな感じだ。


「……やっぱり帰る」


 男は踵を返して宿へ戻ろうとする。

 しかし二人がそれを許すはずもなく、


「いい加減観念しろ!」


「そうです! ここまで来たんですから覚悟を決めてください!」


「嫌だぁ! 無理! まだ死にたくない!」


 必死の抵抗である。

 やっぱり怖いものは怖い。

 いやだ、逃げたい、逃げちゃだめだ、死にたくない、なら逃げなきゃ。

 孤児院の前でそんな騒いでいると中の人間にも気づかれてしまう訳であり、三人は誰かに声をかけられた。


「おはようみんな。アラタもちゃんと来て、感心したよ」


「ね、姐さん、おっ、おはっ、おはようございます。その、あの、今日の稽古やっぱりなしで」


「何言っているんだいあんたは。今更途中で投げ出せるわけないだろう? いいからさっさと入りな、それから今日は武器を使うからその剣も準備しな」


「シャーロットさん、今日は鬼ごっこはしないんですか?」


「私はそのつもりだったんだけどね。リリーがどうしてもって言うから仕方なく、仕方なくだよ。リリーに感謝するんだね」


 シャーロットの背後からひょこっとリリーが出てきた。

 昨日の出来事に胸を痛めたのか、多少罪悪感を感じていたのか申し訳なさそうな顔をして、それでいてわずかばかりの笑みを含んだ表情をしている。


「昨日は力になれずすみませんでした。お稽古頑張ってください」


「キョウノケイコハオニゴッコジャナイ?」


「そうです。でもその分稽古は厳しいものになってしまいます」


「ホントウニ?」


 リリーが頷くことでアラタは徐々に正気を取り戻していく。

 アラタはリリーの神々しい御姿を目にして震えた。

 今日俺はここに死ぬつもりで来た。

 でも結果はどうだろう、ここにいる一人の神様によって俺の命は救われた。

 昨日のあれがないのなら俺はどんなに苦しい稽古でも乗り越えることが出来るはずだ。

 アラタは自然と熱くなる目頭を押さえる、よほど罰ゲームが嫌だったみたいだ。


「ありがとうございます、ありがとうございます。リリー様、本当にありがとうございます!」


「は、恥ずかしいので様付けはやめてください!」


「アラタ、その辺にするんだ、リリーが困っている」


「よほど嫌だったんですね。まあ膝枕も消えて万事解決ですね!」


 彼は涙を拭う。

 もうここに来ることを怖がっていた今日の朝の俺はいない。


「今日も稽古お願いします!」


 こうしてアラタの稽古二日目が開始された。

 稽古の内容は一日目が遊びに思えるほど熾烈を極めた。

 一日目は走り、潜伏し、そして逃げる。

 この手の訓練は精神的にも肉体的にもしんどいことに変わりはないが意外と誰でもできる。

 個々人の力の差はあれどどちらかと言うとランニングに分類される訓練、時間が来るまで走り続ければいずれ練習は終了する。

 打って変わってアラタが今受けている訓練は純粋な戦闘訓練、シャーロットやその仲間との乱取り、さらにスキル、クラスの補助、魔術、何でもありなのだ。

 加えてアラタはクラスもなければ魔術も知らない、この差は非常に大きい。

 そんな無茶な訓練を真剣で行えば当然怪我をするわけだがそこは治癒魔術の出番である。

 リリーとリーゼが2人で治療を行ってくれるので安心して無茶が出来るという訳だ。


「と、こんな説明で理解したかい?」


「いや、だからってこれはやりすぎでしょう。俺の体傷だらけなんですけど」


 アラタの体は既に打撲や擦り傷で傷だらけだ。

 刃物による傷だけが妙に少ないのはそう言う配慮なのだろうが全然配慮になっていない。

 他の傷に比較すれば少ないというだけで出血するようなケガをいくつも負っている事実に変わりはないのだから。

 だが痛覚軽減を起動しているとはいえ続行不可能になるようなケガをしていない現状にアラタは恐怖を覚える。

 アラタの実力はこの人たちの誰一人にも決して届いていない、だがアラタは時折治療を受けるだけで稽古を続けている。

 これは即ち神業ともいえる繊細な手加減をされている証にほかならず、誰かがその気になればアラタなんて瞬殺できるのだ。

 もしこの人たちが敵になったら。

 もしレイテ村で遭遇した盗賊がこれくらい強かったら。

 もしこの前戦った誘拐犯がこれくらい強かったら。

 そう考えると背筋に冷たいものが流れる。

 だがそんな恐怖が置き去りになるほどの激しさで稽古は行われている。

 短剣の二刀流、大剣、巨大なハンマー、剣と盾の典型的なスタイルまで様々だ。

 それでも気持ちパワーに頼るタイプの相手が多いのは姐さんの仲間だからかな。

 姐さんは俺なんかが両手でも持ち上げることすらできそうにない大剣と、こちらも持つのすら不可能に思える盾を持っている。

 こんなので斬られたらガードの上から脳天を叩き割られてしまう。

 やばい、だんだんヒートアップして……抜けるか。


 【気配遮断】、起動。

 今アラタの起動したスキルは以前誘拐犯が使用していたそれと同系統の物である。

 実戦の中で見たこと、鬼から逃げ、潜伏するために状況がそうさせた。


「なってないね、そこにいるんだろう?」


「うわっ! なんで、なんでわかるんですか!」


 気配遮断を使えば見えていても一瞬であれば意識から外れることが出来る。

 実際誘拐犯もそうしてアラタを追い詰めたわけであり、稽古相手の内ほとんどがこれに引っ掛かっている。

 ただシャーロットだけは別格でアラタの姿を捉えたまま大砲のような一撃を飛ばしてくるのだ。


「よし、一旦やめ! アラタは治療を受けながら休憩、あんたらは昨日アラタに撒かれた罰だ、アラタへの授業が済むまで走ってなさい」


 俺が隠れていたからこうなってしまって少し悪いと思っているけど俺も命がかかっていたんだ、許してほしいと稽古相手の皆様の背中を見送ると、リーゼの治療を受けつつシャーロットによるスキル授業が開始される。


「気配遮断の効果は? 自分の感覚でいいから言ってみな」


「そうですね、このスキルを使うと他の人の認識から外れると思っていたんですけど。でも姐さんに見つかってそうじゃないと気づきました。このスキルは……何というか認識されにくくなる、そういう効果だと思います」


「大体そうだね。【気配遮断】を持っている奴はある程度いるけど、そうさね、クラスで言えば盗賊系が多く持っているね。最も、そう言った相性のいいクラスにはスキルの底上げ効果があるから同じ運用はムリね」


「でも姐さん以外には効果がありましたよ。姐さんがおかしいだけじゃないですか?」


「別におかしい話じゃないよ。私のクラスは重戦士、その強みは正面戦闘でのタフさ、なら不意打ち対策をするのは当り前さ」


「私にも気配遮断は効かないぞ」


「私もです。聖騎士ですから」


「私にはアラタさんの姿が消えたように見えたのですが……皆さん凄いですね」


「またクラスか、本当に嫌になるな。マジで俺のクラスってないんですか?」


「さあ、私は専門外だね。まあいいじゃないか、普通のクラスだって恩恵はあってないようなもんだよ。それより後から習得できるスキルで勝負すべきだよ。さあ、稽古の続きだ。あんた達も始めるよ!」


「なんだかなぁ」


 こうした再び稽古は行われる。

 だがやはり一朝一夕ではどうにもならずアラタは【身体強化】を習得することなく二日目の稽古はほぼ一方的にぼこぼこにされて終了した。

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