第2章 冒険者アラタ編

第10話 受難の始まり

新章開幕です!

第2章 冒険者アラタ編は4,50話ほどを想定しています。どうぞお楽しみください。


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 舗装されていない、ただ平らにしただけの道を一台の馬車が通り過ぎていく。

 馬車はこの国、カナン公国の首都アトラへ向かっている最中で3人の客を乗せて運行中だ。

 1人はこの乗り心地の中爆睡、1人は横になりウンウン唸っている。

 そしてもう1人は情けなく唸っている男の看病にかかりっきりな訳だが、


「体力がもう少し回復したらまた治癒魔術で治療しますから。それまで頑張ってください」


「あの……もう少し村で治療してからでもよかったんじゃ……」


 青い顔をしてそう訴えるアラタは痛覚軽減を起動してなお痛む脇腹の傷を抑えながら馬車に揺られている。

 アラタの中で馬車と言えばシンデレラの乗るかぼちゃの馬車が真っ先に浮かんだがそんな上等なものに乗ることが出来るはずがなかった。

 ガタガタ、ゴトゴトと音を立てながら進んでいるのはきっと道が未舗装であるからだけではない、馬車の作りが適当すぎて左右とか前後のバランスが悪いんだ。

 車、車を、出来れば救急車で、そんなことを考えているアラタはまだまだ元気だがとにかく早く着いてくれと願うことしかできない。

 道中特に何もなく1日馬車に揺られてグロッキーなアラタは食事をとるとリーゼによる治療を受ける。

 あまり詳しくは分からないが治癒魔術というものらしくその名の通り対象の傷を癒す効果があるそうだ。

 まあそんな一見万能そうな元の世界にあったら引っ張りだこな能力ではあるが中々希少なものらしくいつでもだれでも治癒魔術の恩恵にあずかることはできないというのがリーゼの主張だった。

 ということはもしあの場にノエルしかいなければアラタは転生早々に戦死していたことになる、と背中に冷たいものが走ったがそれを言うなら盗賊とエンカウントした時もそうだったわけでアラタは改めて二人に感謝した。

 そんな行程を進む馬車の中で大した話なんてできるはずもなく首都に到着するまでの3日間の内ほとんどを横になって苦しみ続けた。


「二人とも、ちょっといい?」


「なんですか? ノエル、起きてください」


「んぁ?」


「俺が異世界人だってこと、隠した方がいいよな」


 ノエルはまだ寝起きでわかっていないようだがリーゼは頷く、まあそこまでは当たり前かと思いながらアラタは話を続ける。


「俺の身元を秘密にしたいんだけど……その、2人も言いふらさないでほしい」


「それは問題ありませんが、ノエルもそれでいいですね?」


「うん、でもアトラに着いてからの身分は?」


 妙に他人事なのが気になるが寝起きだしそんなものか。


「全然考えてない。レイテ村の住人とかじゃダメなのか?」


 アラタとしては一番現実的かつバレなさそうな案を出したつもりだったが2人の表情は微妙だ、やはり余所者は目立つのだろうか。


「うーん、まあそれでも……ばれると厄介だな。何か偽の身分があればいいのだが」


「そうなんですよね。やっぱりばれた時のことを考えると……いえ、対外的にはこれで行きましょう!」


 多少迷ったみたいだがアラタの身分はレイテ村出身のアラタに決まった。

 アラタもレイテ村の人達とは知り合いなわけで多少突っ込まれたことを聞かれても大丈夫なはずと楽観視することにした。


「よし、じゃあ俺は今からレイテ村出身のアラタだ。二人ともよろしく」


「分かりました。ノエル、きちんと覚えましたか? 間違ってもアラタさんのことを異世界人とか言ってはダメですよ」


「分かっている! もう、それくらい私だって……子ども扱いしないでくれ」


 さっきまで寝ぼけていたが今度は顔を真っ赤にして抗議していて忙しい子だなとアラタは思ったが口には出さない、リーゼの言いたいこともなんとなく理解できるからだ。

 多分あの子はあれだ、いわゆる残念な娘というやつなんだ。

 まだ少ししか行動を共にしていないがレイテ村ではことあるごとにリーゼさんが世話を焼いている姿を見た。

 こんな冒険者二人組で大丈夫なのか心配になってくるがあの戦いで二人ともかすり傷一つ負っていないのだ、俺とは比べ物にならないくらいべらぼうに強いんだな、多分。

 アラタは多少心配になっていたのだ、彼は二人の経歴も知らなければ戦う様子を見たこともない、あるのは自分のそれとは違う次元の素振りだけ。

 まあそれもギルドで説明を終えたらそれで……ハイさよならとはならないよな。

 俺はこの後起こる出来事について予感が、と言うより確信していた。

 仮にギルドでの説明が無事に終わったとしてその後今までありがとう! またどこかで! そんな都合の良いことになんて絶対にならないのだ。

 どうやって自由を手にするのか、どうしたら命を救ってもらっておいて角を立てずに別行動を取ることが出来るのか、そんな高難度の問いに頭を悩ませていると、


「見ろアラタ! 見えてきた、あれが私たちの所属するギルドがある城塞都市アトラだ!」


 馬車の屋根から垂れている天幕代わりの薄汚れた布をめくりあげ身を乗り出すとそこには砦? 城? のようなものがあった。

 小学校の修学旅行で行った大阪城、はこんな感じではなかったけど、どことなく壁の雰囲気というか造りが似ている気がする。

 でかい、ただひたすらにでかい。

 城塞都市と言っていたけれど目の前に広がる壁はかなり遠くまで横に伸びていてこれが街を一つ取り囲んでいるとすれば少なくとも日本にある規模のものではない。

 アラタが見ていた壁はカナン公国の首都アトラ、その城壁には違いないのだが認識として一つ間違えているのはこの城壁が街をぐるりと取り囲んでいるという点である。

 もちろんそのような構造をしている建造物は元の世界でも至る所に確認されているのだがアトラに関しては例外だった。

 アラタ達がこれから通り抜けようとしている西門は頑強なつくりをしているがそれは未開拓領域からの魔物侵攻を防ぐ目的がある。

 同じように隣国ウル帝国側の東門は西門以上に強固な造りをしているが南北の門は建築途中の状態で運用されている。

 つまりアラタが見ている景色ほどこの城塞都市は完璧ではなくむしろ完成前で工事が留まっている状態なのだ。

 だが西門の迫力に口をあんぐりと開き驚いているアラタのリアクションは2人にとってうれしかったようでわざわざ評価を下げるようなことはしない。


「ふふふっ、異世界人でもこの規模の都市は珍しいですか?」


「ああ、俺がいた世界は平和だったから壁はもういらなかった。ていうか異世界人じゃないだろ、俺は」


「そうですね、レイテ村ではこんな都市見たこともないでしょう?」


「しっかりしてくれよ。俺だって面倒ごとに巻き込まれたくないんだ」


 ノエルさんの方が要注意だと思ったけどリーゼさんもやばいかも。


「気を付けます。とにかく、ギルドでクエストについて報告に行きましょうか!」


 城塞都市の検問をノーチェックでくぐり抜け一行は中心部へ向かって歩いていく。

 アラタがきょろきょろしながら歩くさまは上京したての地方在住者そのものだったがこの街を見たら恐らくほとんどの日本人が同じリアクションを取ることだろう。

 ……綺麗、だな。

 アトラは特段観光業などに力を入れている都市ではないのだがそれでもこの街並みは疲れ切ったアラタの心を幾分か癒してくれた。

 レイテ村の様子からして現代日本の方が進んだ文明を持つことは間違いないのだが中世ヨーロッパと同じかと問われればそれは違うと断言できる街並み。

 なんだかこう、清潔感があるというか建物の規格がしっかりしているというかとにかく細かい部分に高度な技術が使われているような気がしてならない。

 高度な技術とは具体的になんだという問いに答えられるほどアラタの知識は豊富ではないがこの街なら住めるかも、そう思わせるだけの景色が広がっていたのだ。

 アラタは訪れたことはないがイメージとしては江戸の街並みと日光江戸村くらいの違いがあるのだ、それは現代人のアラタにとって好印象を持つに違いない。

 少し、とは言っても数キロは歩いたのではないかというところでアラタは周囲の建物より一際巨大な建物の前に到着した。

 これが冒険者ギルド、と何か書いてある気がするが全く字が読めない。

 言葉は通じるのに文字は日本語でも英語でもない。

 アラタはこの時点で文字を読むことを諦めて二人に促されるまま建物に入る。

 内装もしっかりしていて明るい。

 想像と違う! 全然汚くない! 床がきれいだ! 俺がイメージしていたのはこう、もっとひげとかもじゃもじゃのいかついおっさんたちが薄暗いところで険しい顔しながらこそこそ密談を交わす、みたいな感じだったのに。

 完全にいい意味で期待を裏切ってきた。

 これなら意外とクエストの説明もうまくいくかもしれないな!

 …………つくづく俺は学習しない人間だ。

 俺がバカだった、こんなことを考えるとき、即ち俺の希望的観測はことごとく裏切られるのだ。

 まあ、別にこれは俺に限った話ではないだろうけどやっぱり毎回のように都合の良い未来を想像しては裏切られる、その繰り返しだ。


「リーゼさん、なんであんな野郎と一緒に。今までどんなに誘われてもかたくなに断ってきたのに」


「ノエルちゃんのパーティーに男だと⁉ どうする、やっちまうか?」


 なんか不穏な計画が聞こえてくる、ひそひそ話すなら聞こえないように話せよ。


「気にするなアラタ、行こう」


 不穏すぎる、もう帰りたい、帰る場所ないけど。

 ノエルが中々動こうとしないアラタの手を取って二階に上がる様子を見てアラタにとげとげしい視線が突き刺さる。

 もう嫌だ、帰りたい。

 青年にはこれから起こる出来事がなんとなく予測できた。

 いや、よほど察しの悪い人間でなければこの後どんなイベントがあるかなど容易に想像できる、彼の受難はまだ始まったばかりだ。

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