【其の2】艶色の視線
出窓の置き時計にチラッと視線を走らせる。
(はぁ、もうこんな時間…。)
18時間パソコンのキーボードをたたき続けた指先のネイルは、すでにボロボロだった。
だが、まだ仕事が終わる気配はない。
これからどんなに急いだとしても、シャワーを浴びてマニキュアを塗り直す時間はなさそうである。
間も無く彼が迎えにくる時間だ。
私は、忙しくても多少体調が優れなくても人との約束は極力守るように心がけている。
しかし、その日ばかりはどうにも仕事が終わらず約束を守れそうになかった。
彼に外出することが難しい旨をメールで告げると『仕事の邪魔はしないから、ほんのわずかな時間でも顔をみられたら嬉しい。』と返信のメッセージが届く。
約束を守れなかった申し訳なさもあり『それなら我が家に来ない?』と、仕事場でもある自宅に誘ってみた。
すでに何回か肌を重ねたことがあり遠出を楽しむ仲でもあったため、彼を自宅に招き入れることにしたのだ。
程なくして、彼は喜びと戸惑いを纏いながら我が家にやって来た。
「こんばんは。」彼が少し遠慮がちに玄関に足を踏み入れる。
「今日は急に予定変更しちゃってごめんね。」私が眉をへの字にしてそう告げると、
「いや、こちらこそ急にお邪魔しちゃってすみません。」緊張した面持ちを見せながら彼がペコリと頭を下げた。
「ここ、可愛いですね。」そう言って、彼がドアノブを指差す。
「そう?」
「はい。部屋もすごく綺麗で…なんだかいい匂いがする。」
その瞬間、彼の視線に艶色が走り、私たちはまるで何か不思議な力で引き寄せられるように互いの体を抱きしめた。
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