第7話 姉妹ヨーガ

 部屋に帰ると、穂香ほのか(大)はお風呂に入るね、と言った。

「うん、驚きの連続だったろうから、ゆっくり入ってくるといいよ」

とわたしは、穂香ほのか(大)をお見送りした。

 わたしも昼下がりにゆっくり湯船につかったことで落ち着けたしね。

 

 部屋でひとりになったわたしは、再び凪沙野なぎさのジャージの上下へと着替え座布団に座ると、これからのことを考えはじめる。


 中学生らしい制服が届き、二階堂先輩の研究室をお伺いするここになったとして、どこまで話すのが良いのかしらん?

 

 おそらくは、わたしの身振りや話しぶりから、先輩は、見た目が中学生のわたしの中身が成人女性であることには気づくだろう。はじめから、中身のことも話してしまった方がいい。

 となると、未来からOL姿で転移してきたわたしが、証拠となる品を何も持っていないという説明は不自然だ(稲妻と共に全裸で出現、なんて設定は作りたくない)。

 穂香ほのか(大)には、四葉蛋白質工業のIDカードは説得力抜群だった。身体が13歳バージョンであっても、2年ほど未来から来たという設定に納得してくれた。


 少し悩んだ末、わたしは少なくともIDカードは持っていくべきだと決めた。ちょちょいとIDカードに触れて経緯を説明すれば、先輩の信を得るための時間は短くなるだろう。


 バスタオル姿の穂香ほのか(大)が戻ってきた。


「あぁ、なんかいろいろ考えちゃうね、イモウトよ。眠れなそうかも」

 

 穂香ほのか(大)は冷蔵庫に向かい、薄緑色のほろほろ酔いの缶を持ってきた。

 二十代半ばの頃、わたしは目が冱えた夜に、お部屋でほろよい系のリキュールをしばしば飲んでいた。遺伝的にお酒に弱いわたしは、アルコールにあまり慣れなかったけれども。


 既にアルコールをほぼ卒業済なわたしは、プシュッと、ほろほろよいの缶を穂香ほのか(大)の姿に、ちょっと笑みが出た。

(若いな、穂香ほのか(大)よ。三十路を迎えたわたしは、夜はほうじ茶なのよ)


 クピクピっとほろほろよいの缶をあおってから、バスタオルを外して服を着始めた穂香ほのか(大)をわたしは見つめる。

 

(やっぱ、ちょっぴり可愛くない?)


 肌は記憶の中のわたしよりつやつやだし、身体のラインに好ましい丸みがある。元のわたしの24歳の時より、眼前の穂香ほのか(大)の方が女子の基礎力が高い気がする。

 脳内で記憶している昨日までの姿から7歳ほど若いせいための視認誤差か何かと結論づけたい気がするが、一方で、ナチュラル茶髪に色白な肌、という今のわたしも、南国娘だった中2のわたしとは異なる。


(もしや、ナルシシズムというもの?)


 『ナルシシズムとは自己愛、すなわち自己を愛したり、自己を性的な対象とみなす状態を言う』という辞書の定義を思い浮かべながら、妙な気持ちを味わう。

(……今風に言えば、セプレ、すなわち、セルフプレジャー?)

 などと思うわたしの前で、穂香ほのか(大)は頬を赤らめはじめた。

 やはりお酒は弱いらしい。


「ねぇ、おやすみのヨーガをしてみない?」

 と、わたしは笑いかけた。

「よーが?」

 不思議そうにわたしを見る穂香ほのか(大)。


「そうそう、お姉ちゃんが部屋に帰ってきた時のわたしのポーズも、ヨーガなんだよ」

 と、わたしは、穂香ほのか(大)をお出迎えした際の安楽座スカーサナのポーズをとる。わたしはヨーガ歴5年のベテランなのだ。


 そこからは、穂香ほのか(大)を安眠へと導くべく、わたしのヨーガ指導タイムとなった。

 安楽座スカーサナからはじまって、ニャンコのポーズなど運動量の大きそうなポーズに次々と穂香ほのか(大)に取らせた。

 合間に、くぴっ、とほろほろ缶を呑んでいた穂香ほのか(大)は、ヨーガのポーズにリラックスできて気持ちよくなったのだろう。二回目のニャンコのポーズでお尻ふりふりをした後、

「このベッドで一緒に寝ていいからね」

 と言って、穂香ほのか(大)は、ベッドに入り眠りはじめた。

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