貧民区にて
「ちょ、ちょっとオーウィンさん、ここって……!」
「剣に手をかけておけ。そうすれば滅多に襲ってこないさ。コイツらが狙うのはより明確な弱者だ」
貧民区。文字通り貧しい者達が集まり暮らす区域。金と食に飢えた住人達が目をギラつかせて俺達を見ている。だが帯剣した二人組を襲うリスクは大きい。普通なら襲わない。
目的地は近い。狭い路地を進み右に曲がる。
「あの、もしかしてオーウィンさんって……」
「生まれも育ちもここだ、別に珍しくも無い。特に冒険者はここの出身のヤツがほとんどだ」
「そ、そうなんですか?」
「腕っぷしと覚悟さえあればなれるのが冒険者だからな。お前が良い例だ。――どいてくれ」
道の邪魔になっていた男にそう頼むと、少しの間を置いて男は道を空けた。
恨むような、妬むような鋭い視線を通り過ぎる際に感じた。フリューゲルが縮こまるようにして俺の服を手で掴んでくる。
堂々としていれば何も問題無いんだが、やっぱりこういう気質は中々変わらないか。
「ここだ」
「……ゴミ?がいっぱい?」
「住人が好き勝手に物を捨てる場所だ。あまり奥には行くなよ。臭うぞ」
大きな広場の半分が埋まる程のゴミ。久しぶり来たが相変わらず酷い場所だ。
「俺がガキの頃はここで良く遊んだんだ。……お、丁度良い」
広場の脇に何本か生えた木、その下に何本か転がっていた枝の内少し太めの二本を拾い、一本をフリューゲルへと投げた。
「ほら」
「わっ」
「斬り合いの真似事だ。俺ともう一人で、朝から晩までやってた」
懐かしい。朝から晩までやってたのはソイツに俺が中々勝てなかったからというのが理由ではあるが。
「やってみるか?」
「わ、私がですか?」
「お前、人と戦った事無いだろ。冒険者やってたら……そういう機会もたまにあるからな」
「あるんですか!?」
「まあお前は他のヤツらから変なやっかみを買いそうだし、少しは意識した方が良いな。ほら、斬ってみろ」
「む、無理です!」
「いや、たかが木の枝なんだが……。じゃ、俺から行くぞ。ほい。……目を逸らすな。自分の枝で防御するか避けろ。……後ろに下がりすぎだろ。ほら、斬り込んで来い」
酷かった。大げさに受け大げさに避け、俺には一切斬り込んでこない。しかもこれでもフリューゲルなりに本気でやってるのが分かってしまう。
「防御と避けはともかく、なんでお前から来ない」
「き、斬れないですよ!オーウィンさんは!」
「……まあお前が本気でマナを使えばそれでも斬れるとは思うがな」
駄目だ。対人はモンスター以上に問題有り。どこかで慣れさせておくべきか。
「まあ良い。で、俺が話したかったのは――おい」
「?」
「何の用だ」
俺と向かい合うフリューゲル、その背に人影。
見覚えがある。さっき道を塞いでいた男だ。
表情は険呑。手には薄汚れた小さな刃物。
「混ざりたい、って訳じゃなさそうだな」
「あっ、オ、オーウィンさん」
「どいてろ」
「……せ」
「あ?」
「寄越せええええっ!」
何を、なのかは分からない。物か金か、それとも
「寄越さねえよ」
「あああああっ!」
男が走り出した。俺から少し離れた場所に居るフリューゲルではなく、俺の方へ。
手の枝を捨て、剣に手をかけ迎撃の為に足に力を込めた瞬間、右足の力が抜けた。
「……クソっ」
古傷の影響。迎撃は間に合わない。体勢が崩れた勢いをズラし横へと転がり込み、男の突進を避ける。
素早く一回転し再び男へと向き合った俺は、予想外の光景を見た。
「あがっ!?」
男の悲鳴と共にナイフが飛んだ。鞘に収まったままの剣でナイフの持ち手をぶっ叩かれたからだ。
叩いたのは、いつの間にか男に接近していたフリューゲル。
フリューゲルはそのまま鞘から剣を抜き、痛みに悶える男の喉元に突きつけた。
「あの、やめてください。本当に。オーウィンさんはやめてください。ダメなんです」
フリューゲルの声色は聞いた事の無い冷たいモノだった。その手際、躊躇の無さ、さっき枝で斬りかかるのに躊躇してたヤツとは思えない。
……何はともあれ。
「……流石は英雄の卵だ」
対人訓練、要らないか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます