フリューゲルの事情
「……ただいま」
そこは俗に貧民区と呼ばれる区域のすぐ側だった。
素人による補修工事が繰り返され、ツギハギだらけになったボロ屋。
フリューゲルとその家族の家だ。
「ふぅぅぅ」
フリューゲルは立て付けの悪い扉を開け中に入ると同時に深く息を吐き、懐にしっかりと隠していた袋を取り出した。
オーウィンに言われるがまま受け取った大量の金だった。今まで扱った事の無い量の金にフリューゲルは震えていた。
「ほ、本当にくれちゃった。何なんだろう、あの人……」
フリューゲルにとっては何もかもが謎だった。
オーウィン。茶色の髪と頬の部分に付いた傷が印象的な冒険者にフリューゲルは命を救われた。
フリューゲルはその時の事を良く覚えていない。自分があのモンスターを倒したという事も一切信じていない。オーウィンが倒したというギルドの判断にも文句は無かった。
にも関わらず、オーウィンは金を渡しお前には冒険者の才能があるとまで言い切った。
意味が分からない。というのがフリューゲルの正直な感想だった。
「でも、あんな事言われたの、初めてだったな……」
しかしオーウィンの熱意が、他の冒険者達との態度の違いが、心地良かったのも事実だった。
「フリューゲル?帰って来てたの?」
「あ、うん、お母さん……」
家の奥から現れたのはフリューゲルと同じ黒い髪を伸ばした女だった。煽情的な服、加齢を誤魔化す為の化粧と香料のニオイ。フリューゲルにとっては慣れ切ったモノだった。
「さっき出て行ったばかりじゃない……って何ソレ?」
「お、お金」
「ウソっ!これ全部!?」
「あっ」
女はフリューゲルの手から袋を取り、重さを確かめるように振った後に中を覗いた。
「私の給料何日分よこれ……あんた、どうやったの?」
「……冒険者の報酬」
「冒険者って、あんたいつもは全然稼いでこないじゃない」
「その、今日は偶然……」
「ふーん。ま、良いわ」
女は少しの間訝しんだ後、袋を懐へと入れフリューゲルの肩を叩いた。
「これだけ稼げるんなら、次からもお願いね」
「えっ?」
「全然稼いでこないから近い内に私の
「……!」
フリューゲルは一度は拒否した娼館行きが目の前まで迫っていた事に震えた。自分の母は問答無用に自分を連れて行くつもりだったのだと。
「じゃ、私仕事だから」
「あっ、ちょっ」
「何?」
「そのお金……少しで良いから私に……」
フリューゲルはアーマードベアとの戦いで剣を失っていた。自分からモンスターと戦おうとはしないフリューゲルでも、依頼の都合上剣は持っておきたかった。
「無理よ?渡せるだけのお金は今朝渡したでしょ?これでもノインの教育費の為の借金を返すには全然足りないの。何回も言ったわよね?ノインはあんたと違って優秀なんだから、中央の立派な職に就いて稼いでもらうって。あんたはそれまで必死で稼がなくちゃいけないの。分かる?」
「うん……」
「アンナとエレイン達の分もよ。あんたどんくさいんだから、それだけ考えてなさい」
それだけ言うと女は外へと出て行った。少しの間の後、入れ替わるように男が家へと入って来た。
「やっと消えやがったかあのババア」
「あ、お兄ちゃ――」
「どけ!」
「っ!」
イラついた様子の男がフリューゲルを殴り飛ばす。
「グズが」
扉付近に置いてあった雑多な物を巻き込み倒れるフリューゲルを横目で睨みながら男はそう言うと、家の奥へと消えて行った。
「……はあ」
男が消えたのを確認し立ち上がったフリューゲルは自分が倒れた事で散らかった物を片付けていく。殴り飛ばされた筈の頬は少しの赤みを残すだけだった。痛みに悶える仕草も無い。
フリューゲルは深刻そうに呟いた。
「剣、どうしよう……それにあんなお金もう稼げない……今度こそ娼館に……」
自分自身を取り巻く問題を嘆いた後、フリューゲルが最後に呟いたのは――。
「オーウィン、さん……」
未来を預けてくれとまで言った、男の名だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます