俺がお前を英雄にする~あの最弱の女冒険者が実は最強だという事に気がついているのは俺だけらしい~
ジョク・カノサ
最弱の女冒険者
「行こうぜ、日が落ちるまでに終わらせてぇ」
「流石にこのままじゃ人数が足りないだろ。オイ!誰か手の空いてるヤツ居るか!」
「アイツはマナの扱いがなっちゃいねえ役立たずだった。もう組まん」
「この内容でこの報酬は少し安すぎやしないか?二割増しで頼む」
相変わらず
「適当に銅級の駆除クエストを見繕ってくれ」
「はいはーい」
空いている受付へ近づきクエストを受ける。クエストの難度は銅級、銀級、金級に振り分けられ冒険者個人にもクエストの難度と同じ尺度の等級が与えられている。つまりは銅級の俺は銅級以下のクエストしか受けられない。
「えー、今ある物だとブルームの森でゴブリン、コスタ川上流でトード、後は――」
「ブルームので良い。数は?」
「発見時は三、四匹程度だったそうです。区域間の移動も確認出来ません」
「分かった」
自分の名前と等級が記された証を取り出し受付が提示した書類に判を押す。証に押印機能があるのは良いがインクで汚れるのが難点。これで正式にこのクエストの受諾者は俺になったという訳だ。
「オーウィン様のクエスト受諾を確認しました。それでは頑張ってください」
適当にひらひらと手を振る受付に背を向け出口へ向かう。書類に記されていたゴブリンの発見区域は森の奥の方だ。さっさと終わらすに限る。
「おい、オーウィン。ブルームか?」
「ああ。何かあるか?」
「手負いのアーマードベアが逃げ込んだってウワサだ。本当なら腹も減ってるだろうし場合によっては銀等級でも危ういんじゃないか」
「分かった。ほらよ」
「へへ、どうも」
顔見知りが寄越した情報に対して銅貨を弾いて渡す。コイツはある程度の信用が出来るヤツだ。
今度こそ出口へ向かおうとすると、喧噪の中でも一際下品な声が響いた。
「お、鉛のバンシーじゃねえか」
「へぇ、初めて見たぜ。おい!嬢ちゃん!」
備え付けのテーブルで酒を片手に駄弁ってる連中だ。赤い顔で誰かを冷やかしているようだった。
「……」
その誰かを見て納得した。目元を覆う前髪、粗末な装備と服、常に落ち着かない態度で顔を下に向け歩く頼りの無さ。ここの冒険者達の間では悪い意味で有名な女だ。
「その髪は染めてんのかい?黒なんて滅多に見ねえ色だからよ!」
「……ぃ……ぁ」
「ああん?聞こえねえよ!」
あの女の等級は俗に言う鉛。鉛とは冒険者に成りたての頃に渡される仮の証の事で、実際にそんな等級は存在しない。簡単なクエストを何度かこなし、昇給クエストを成功させればすぐに正式な銅級になれるからだ。
ただ、あの女はそれを受けずにいつまでもおつかいレベルのクエスト受けて小遣いを稼いでいる。ここのヤツらはそれが気に入らないのか彼女を鉛と呼び始めた。
「おい、叫ぶどころか声が聞こえねえならバンシーじゃねえだろ」
「はは、全くだ!」
バンシーは長い髪が特徴で叫ぶ事で相手を攻撃する女型のモンスター。あの容姿を見て誰かが言い出したんだろう。それらを踏まえて生まれた名前が鉛のバンシー。
「あんなのが冒険者名乗ってるなんてな。勘弁してほしいぜ」
冒険者最弱の女。
「……行くか」
今度こそ扉へと歩き出す。酔っ払い共の悪態が聞こえてくるが気にする必要もない。同情も。
冒険者において惰弱自体が罪であると、俺は知っていた。
☆
「ふう」
腹を貫かれ断末魔を上げたゴブリンから剣を抜き、辺りを見回す。
周辺には同じような死体が四匹。報告と対して数の差異は無かった。
「……最後か」
目印の付けられた木に近づき、そこに埋め込まれた石を見る。この石は一定区域内のモンスターに反応する石であり、これに反応があればまだ生き残りが居るという事。この石の反応はギルド本部から遠隔で把握されている。
もう反応は無かった。クエスト終了だ。
「早くしないと日が落ちるな。急が――っ!」
言葉が詰まる。目の前の石が小さく光り出したと共に、普通の獣の声を倍増させたような鳴き声が聞こえたからだ。
この区域内へのモンスターの侵入。それも心当たりがある。
「アーマードベア……」
ギルド内でアイツが言っていたウワサ。それはどうやら本当で、運悪くこの周辺に来てしまったらしい。
聞こえたのはここから右側。恐らく木々を超えた先に居るんだろう。今ならまだ逃げられる。
逆方向の左側へ向かおうとした瞬間。
「ひぃぃぃぃぃ!」
「!」
同じく右側から聞こえてきた悲鳴。どうやらアーマードベアに目を付けられたヤツが居る。
この森に踏み込むようなヤツは十中八九冒険者だ。クエスト中に偶然遭遇してしまったという事だろう。
「たっ、助けてぇぇぇ!」
並の冒険者では無理な相手だ。この声の主は間も無く食われるだろう。そして俺は安全に逃げられるようになった。
罪悪感は無い。何よりもヤツが弱い事が悪いのだから。
「だ、誰かぁぁぁ……」
弱い事が。
「……クソっ」
足を動かす。声が聞こえた右の方へ。同時に懐から目当ての物を取り出す。
木々を抜け、小さな空間になっている場所にソイツは居た。人二人分の体。変質し鎧のようになった毛。鋭い爪。
アーマードベア。
「ほらよっ!」
木々を抜け、アイツがこちらに気づいた瞬間に取り出しておいた袋を投げると、突然現れた俺を怪訝そうに見ながらも爪で袋を引き裂いた。
裂かれた袋から赤い液体が飛び出し、さっきのような絶叫が響いた。
「ひぃ!」
「適当に刺激物を集めた袋だ。目と鼻は潰れた筈。この内に――ってお前は……」
剣すら抜かず蹲っていたのは見覚えのあるヤツだった。うっとおしい黒髪と粗末な身なり。
鉛のバンシー。だがそんな事はどうでも良かった。
「おい!さっさと立て!今の内に逃げ――」
取り乱し、暴れていた筈のベアがゆっくりとこちらに迫っていた。恐らく音だけでこちらを把握している。逃げるなら今しかない。
「し、死んじゃうんだ。私死んじゃうんだぁ……」
しかし、蹲ったコイツは動こうとしない。
「何やってんだ!立て!お前も冒険者だろうが!」
「ぼ、冒険者なんてなりたくなかったです……無理矢理やらされてるだけなんですぅ……」
「ちっ!」
コイツの意味の分からん泣き言を聞いている暇は無い。無理矢理俺の両肩に上半身を乗せて膝の辺りを手で抱えて立ち上がり、走り始める。
「わっ!あっ!」
「黙ってろ!」
ベアの動きは遅い。音で聞いてるとはいえまだ目鼻のダメージはまだあるんだろう。
「一人で走れるようになったら言え!急いで森の外に――」
そう思いながら速度を上げようと足に力を入れようとした瞬間、右足の力が抜けてしまったかのように動かなくなり、抱えていた女ごと俺は倒れこんでしまった。
「あう!」
「くっそ!」
俺の右足。昔やらかした時に出来た古傷。夢を諦めた原因。
俺達がグダグダやっている間に回復したのか、ベアは幾分か落ち着いた様子でこちらに迫っていた。
俺もコイツも全力で逃げられるような状態じゃない。
「やるしかない……立て、戦うぞ」
「む、無理、無理」
「ここを乗り切ったら冒険者を止めて、好きな事をやる。それだけ考えろ!立て!」
「……うぅぅぅぅぅ」
女は顔をくしゃくしゃにしながらも立ち上がり、腰に下げていた剣を持った。
「それで良い。俺がまず突っ込んで気を引く。その後――おい!」
「うわああああああん!!!」
やけくそになったのか、俺の合図を待たず女が泣きながら突っ込んでいった。
「くっ!」
こうなったらアイツを囮にするしかない。そう思ったところで俺は見た。
「うううううううう!」
構えもへったくれもない剣の持ち方で走る女の体が発光している。見た事も無い、不可思議な光だった。
そしてそのまま女はベアへと突っ込み――。
「ひええええええっ!!」
情けない声と共に、ベアを上下に
「……は?」
「あっ、あぶっ!」
奇麗な断面を晒すベアの後ろで、バランスが崩れたのか女が転んでいた。手に持っている剣は刀身が消し飛んでいる。
アーマードベアを両断、しかもあんな粗末な剣でなんて見た事も聞いたことも無い。それに女のあの発光の正体は恐らくマナだ。
マナは人間に宿る生命力だと言われている。人間はそれを体内で循環させる事で肉体を強化する。だが普通、マナは目で見る事が出来ない。
銀等級相当のモンスターを両断し、可視化する程の膨大なマナ。
こいつはもしかして。
「おい」
「う、ううっ……はっ、はいっ!……アレ、あのモンスターは……?」
「お前が倒した」
「ええ!?」
「それよりお前、実力を隠していたのか?」
「な、何の事ですか……?」
「今まで何体、モンスターを倒した」
「一体も……」
「そうか……さっきのは取り消しだ。お前、冒険者続けろ」
「な、なんでってええ!?」
座り込んでいる女の手を掴み、引っ張り上げた。
こいつは逸材だ。
「俺はオーウィン。お前は?」
「え、ちょ、近いっ、フ、フリューゲル!フリューゲル!」
「フリューゲル、お前には才能がある。俺がお前を英雄にしてやる」
「は、え?」
手を固く握る。コイツは俺の、夢の続きだ。
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