第29話 見た目って大事だなあ
「にょむょ~~」
川から巨大なワニの頭だけが浮かんでいた。
ワニ頭の巨大な顔が川を封鎖している。
瞼を閉じて、ときおり満足そうな鳴き声が聞こえてくるのでもしや日光浴でもしているのでは? とも思った。
その周りを遠巻きにしているのがら、川を利用したい地元の人々なのだろう。
それはそれとして、隣のタリクを振り返る。
「デカくない?」
「あ、やっぱ? あの魔物ちゃん、帝国育ち的にも大きいんか」
よくよく注目してしまうと、ワニ頭が龍にも似ていることに気づき背筋がゾワゾワとしてくる。
困っているはずのタリクはノホホンと答えた。
「あれ、いったい何なの」
「なんかね、昔は神様だったらしい」
「うん?」
「神様だったんだけど忘れられて一度消えて、でもまた姿が見せられるようになったから、今度は忘れられないように、こうして顔を出してるんだ、ってどこかの占い師が言ってたんだけどさ。よく分かんねえよな?」
「うん、全然分からん」
ワニ頭の正体はタリクも分かっていなさそうだった。
ビラーディは古代エジプトに何となく似ている国だから、このワニ頭ももしや古代エジプトの神様がモデルになっていたりするのだろうか。
さすがに古代エジプトの神々でわかるのはラーとかセトとかくらいだけど……。
元神を実質私1人で相手するとか、やはり無理ゲーでしたね。
「私が1人で退治?」
「んにゃ、退治っつーか説得? 元神さんなら殺すわけいかねえ~しさ、いつもは満足するまで放っておくしかねえんだけど、魔術師なら魔物とも話せんだろ?」
「いや話せないですね。話したこともないです」
「それマ? ……マジかぁ、俺んとこの奴隷にも魔術師がいるからさぁ、ソイツはもっと実力のある魔術師ならはっきりと話せるって言ってたんだけどなぁ」
私の方を振り返り目を丸くするタリク。
私の表情から事実だと察したらしい。
その後に続くタリクの言葉に、あ~~っと目を塞ぎたい欲求に駆られた。
やっぱりビラーディに奴隷はいるんだ。
少し仲良くなってきていただけに当然だと受け入れている姿がかなりショックだった。
ビラーディに魔術師が産まれないなら、その魔術師の奴隷は別の大陸から売られてきているわけで……。
いやいや、それはきっと仕方のないことなのだろう。法律で禁止されていないなら合法だ。
タリクも犯罪者なわけじゃない。
……いつぞやの奴隷商人?
アイツは人攫いもしてるから完全にアウトですね……。
場所が変われば秩序も変わる。そういうものなんだな。
「その奴隷とやら会わせて、話が聞きたい」
「別にいいけどさぁ、あの魔物のこと、ちゃんとどうにかしてくれんの?」
「するする。説得っていってもまずは詳しい人に聞いておかないとじゃない?」
「ん~、そういうもん? じゃ、こっちね。俺の奴隷、現場監督してるから」
現場監督の奴隷。
さらにタリクに着いて行くと何やら作業員のような、動きやすそうな格好をしたビラーディ人と黒髪の青年が向かい合っている。
黒髪……。
「お~いアラン。お前の言ってた魔術師連れてきたぞ~い」
「……」
近づいてみてギョッとさせられた。
背が高く、ガタイがいい。それだけでなく長い前髪に両目は完全に隠されていて、さらに下半分を髭が覆い隠していた。
当然、髪も手入れなどされているはずもなくボサボサで油っぽい。
どう見ても浮浪者だ。
エジプトっぽいビラーディは、気候もやはりエジプトに近い。
そんな灼熱の中で風呂に入っていない……?
そもそも奴隷に最低限とはいえ身だしなみを求める方が酷なのだろうか。
「あいつ、風呂に入りたがらねえ変人でさぁ。でも魔術の実力は確かだから安心しろよな」
「……わぉ」
どうやら単なる面倒くさがりらしい。
ガイウスは怪しいなりに身だしなみは整えていた。
……それで人間性の全てが決まるわけではないけれど、見た目って大事なんだなぁ。
「初めまして。ジョー・ジックといいます、この度、川に出る魔物をどうにかしてほしいとタリクさんに依頼されてきた魔術師です。
失礼ですが、アランさんは川の魔物と会話ができるとお伺いしました。ぜひ直接、拝見させていただきたいのですが」
「……ええ、構いませんよ」
こいつ疑ってんなぁ、という諦めの響きがこめられた声音だった。
前髪と髭のせいで顔立ちが完全に隠れてしまっているが、声は意外にも若い。
見た目よりも若そうだ。
「やあ調子はどうだい」
今度はタリクとアランと3人で移動した。
川の魔物の元へ行くと、アランが魔物へ声をかける。
瞼を閉じていた魔物は目を開けて、シパシパと瞬きをしてから目の前に立つアランへ焦点を合わせた。
「よにょ~」
「うんうん、そうか。ところであちらの魔術師殿が貴女を話したいと言っている。どうだろうか」
「にょ~にょ~?」
「えぇ……」
アランが私を振り返った。
魔物の視線も私へ移る。思いもしない展開に思わず引いてしまった。
いや、なんて言っているのか欠片も分かりませんけど……。
「こ、こんにちは?」
「にょ、」
「いい天気ですね~」
「にょぅお」
促されるまま魔物へ近づいて……とりあえず話しかけてみた。
なんとなく相槌を打たれているようで、話が成立しているようにも形だけは見える。
「おぉ! やっぱ魔物と話せんじゃんか!」
もちろん、そんなことはない。
「この魔物は普段はもっと深い水の底に住んでいます。この時期にこうして陸へ顔を出すのは日光浴と、皮膚にわく寄生虫を殺すためなんですよ」
「え……」
「可能ならば川を塞がなくても彼女が目的を果たせるような解決策を見つけてください」
「……ふうん」
どうやら、この様子だと本当に魔物の言葉がわかっているらしい。
もしくはそう信じ込んでいるのか。
それも、すぐにわかる。
「タリク! ここら辺で誰も使ってない土地は?」
「それなら、あっちの方に砂漠がある。砂漠は誰のものでもないから好きに使っていい」
「それじゃワニさん。ちょっと失礼しますよ~~~っと 『収納』」
『浮遊』
おなじみ収納魔術で魔物を仕舞い込み、タリクの示した方角へ浮遊で移動する。
タリクの言う通り、どこまでいっても砂ばかりの、広大な砂漠が広がっていた。
「ここら辺でいいかな」
『水』
砂漠の指定した空間に大量の水を降らせる。
水を砂漠の砂が吸っていく。
『洞穴』
そこへ、さらに穴を開けていく。まあ砂なので放っておけば、すぐに埋もれてしまうのだけど。
そこは魔物さんどうにかしてください。
やがて出来上がった即席の湖にしゅうのうしていた魔物を出現させる。
「にゅよぉお?????」
「川はあっちね。満足したらお帰りください、日向ぼっこをするときは川から顔を出すんじゃなくて、川から少し離れた場所で水辺を作った方が静かに過ごせるかもしれません」
「にゅにゅ~……」
通じているかも半信半疑なのだけど、一応驚いている様子の魔物へ声をかけておく。
果たして理解はしてくれたのか、即席湖に浮かびながら魔物は再び目を閉じたのだった。
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