海を渡る公爵令嬢
第22話 未練の形
水平線は遠く、360度をぐるりと見渡しても広がるのは海ばかりで陸地なんてものは見えない。
空を見上げれば、胸焼けを起こしそうなほど青く澄んだ大空にジリジリと皮膚を焼くような日差しが降り注いでいる。
「わぁ〜空がきれい」
「そうかぁ〜? 特段何の変哲もねえ空じゃねえか」
「ラビではここまで雲のない青空は珍しいんだよ」
「ま、そいつはちっとばかし分かるがね」
私は今、アフラ大陸にいる。
奴隷商人に捕まった私は助けなど来る間もなく、お隣のアフラ大陸に移動していた。
まあ、アイリスが無事にカツラギたちと合流できてるならいいんだけど……。
手枷の外れた手首を摩る。
魔封じの枷は外れて、あとは魔術なりでどうとでも逃げられる。
ただし問題は陸地が見えないということだ。
隣でぼんやりとしている眼帯の少年を振り返る。
背が低くあどけない顔立ちをしていてまだ幼い少年のように見えるのに、彼はこの海賊船の船長なのだそうだ。
「今、この船はどこら辺にいるの?」
「秘密〜」
「ボケクソ」
「口悪いの移ってんなぁ。おいジョー、さっさと俺の仲間になりやがれ」
「答えはノーだね」
「ケッ、頑固なやつ」
頑固なのはそっちだと言ってしまいたい。
「頑固なのはお前だ」
「あぁん??」
少し下に位置する目線ながらも上手くメンチを切ってくる海賊少年。
残念なことにさほど恐ろしくはない。顔が可愛いから。
私を拐った奴隷商人は海賊たちに捕まってしまった。
その後、商人の船でどこぞへと連れて行かれて音沙汰はない。
別に知りたいとも思わない。
そして私は、何故だか海賊の船に乗せられ仲間になれと勧誘を受けていた。
「ちょうど俺の船には魔術師いねえしな、うんうん。1人で奴隷商人をブチのめせる根性があるなら仲間にしたいぜ、どう?」
「嫌です、お断りします」
最初の勧誘も丁重に断った。だというのにダラダラと勧誘はまだ続いている。
なんでも陸に着くまでに口説き落とすとかなんとか言っていた。
知らんわ、はよ陸行こ?
かれこれ1週間はこうしている気がする。陸地まであとどれくらいなのだろうか。
話していても埒があかないと充てがわれた部屋に戻る。
海賊といえば狭い部屋に何十人も押し込められて寝食を共にしているイメージがあったのだけど、何故か私には1人部屋が与えられていた。
少しばかり手狭ながらもベッドとクローゼット、それから机と椅子があって一通りの生活には不便しない程度の一室だ。
「あ、ジョーさん! こんちゃっす!」
「あ、……はい。うん、こんにちは」
通りすがった海賊に勢いよく頭を下げられ挨拶をされた。
仲間にすると船長が決めたからなのか、海賊たち荒くれ者の私への扱いは丁重といっていい。
何故なのか。
突然現れて、船長に気に入られ何度も勧誘を受けているのに一向に頷かない新参者だ。
私を気に食わない者も多いだろうにボコボコにされてもしょうがないくらいは思っていた。
せめて一言くらい、キツいことを言われても……なんて覚悟を決めてもそれすらもない。
むしろ奴隷商人の船にいた頃よりも格段に快適で、怖いくらいだった。
おかしいよねぇ?
だってこの船、海賊船だよ?
「やあジョー。顔色が良くなってきたね」
またすれ違った海賊に声をかけられた。
濃い群青色の髪に同じ色の瞳をした褐色肌の背の高い美丈夫である。
名前は、確か……。
「私はジョン・バートレットさ。船の生活にも慣れたようで安心したよ。その調子でコックスの誘いにも頷いてくれたら尚言うことはないのだが」
コックスとは海賊船長の名である。海賊船長はディヴィス・コックスというそうだ。
高待遇を受けながら勧誘を断り続けているので、少しばかり気まずい。
「あはは……、無法者の仲間入りはちょっと」
「これでも私も元はコックスに勧誘された身だ、言いたいことも多少は分かる。ただならず者だからと、心を閉ざすには些か早くはないかな? もう少しだけコックスにチャンスを与えてやってくれ」
「彼はいい男だよ。私が惚れ込むくらいだからね」とジョンが白い歯を見せて笑った。
心を閉ざす。
側から見ると私はそういう風に見えたのだろうか。
船に乗せられ一応世話になっているのは事実なので、そんなつもりはなかったけれど。
チャンスを与えろ、ねえ?
チャンスって何だろう。
部屋に戻って、椅子に背中を預けて天井を見上げた。
どうして私はディヴィスたち海賊の仲間にならないの?
そんなの決まっている。犯罪者にはなりたくないからだ。
……、海賊になってしまえば、今度こそ本当に帝国には帰れなくなってしまう。
父や妹には逃亡のことだけでも迷惑をかけているだろうに、海賊になりました、なんて顔向けが出来なくなってしまう。
それに……と目を閉じればラウルスの顔が浮かんだ。
皇太子が海賊と会うなんて、しない出来ないさせたくない。
「……マジ?」
思わず呟く。
皇后になりたくなくて、公爵令嬢の身分も皇太子の婚約者の座も全て捨てて逃げてきたくせに私はまだラウルスに会う気で、会える気でいたわけ?
厚顔無恥も甚だしい。
恥を知らないのか?
停滞した状況で、何もすることがないからなのか、いやに自己嫌悪が湧いてくる。
私はなんて……。
ラウルスは好きにしていいって言ってくれて、それに甘えていたのだろうか。
猛烈に恥ずかしくなってきた。
自由に1人で何でも出来る気でいて、その実甘えていたなんて恥ずかしくて恥ずかしくて、そうだ。
「ラウルスに会いに行こう」
なんて思ったのだった。
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