第13話 ラッキースケベなど存在しないのだ
「え、和風じゃん。世界観よ」
湯気の向こうから相変わらずカツラギの呑気な声が聞こえる。
私、全裸の上に装備もないんだが?
温泉に入っているのに指先が冷えていくような感覚がしてくる。
少しずつ独り言を言うカツラギの声が近づいてきて、ぽちゃん、とお湯に浸かったのがお湯の波でわかった。
湯気の向こうに肌色が見えるほど近くにいる。
「あれ、キミ」
「よお、お前もこの時間に温泉かよ」
『虚像』
咄嗟に自分の体に詐称魔術をかけて事なきをえた。
しかし悲しいかな。私の記憶の中にある裸の男体はラウルスのものだけだ。
「キミ……その傷、は……」
「ああ。以前の居場所で色々とあってな。気にするなよ、カツラギ」
今、カツラギにはラウルスの裸体を見せているわけだけど、体のあちこちに残る物々しい傷跡にカツラギが目を見張るのがわかる。
ラウルスは皇太子であったけど、立場の弱い皇妃の息子でもあったから宮中での立場は微妙なものだった。
すぐ下に皇后の息子であるロウタス第二皇子もいたし、アカデミーを卒業してからは行く必要のないスタンピートの前線へ立ち指揮をとったりしていた。
今思えばあれは死んでもいいからという扱いだったのかもしれない。
ラウルスの体にはそのときについたのだろう傷があちこちに残っていた。
初めて見たときには悲鳴をあげてしまい、それからラウルスが私の寝所に訪れることはなかった。
……あの時は事情も知らずに悪いことをしてしまった。
「その、さっきの夕食でさ。悪い、嫌な気持ちにさせたよな」
「オレが先にアイリスを揶揄ったのが悪い。気にするなよ」
「うんまあ、それはそうなんだけど。なんかさ、大人げなかったしさ。……そういやジョーっていくつなんだ?」
「オレ? 今年で16。そう言うお前は?」
「うわ、やっぱり若いなぁ……。僕は15くらい」
「15って年下じゃないか! な〜にが大人げなかった〜だよ。生意気な奴め」
15かよ。年下かよ。
それで大人げなかった云々言っているってことは、もしやカツラギの中の人っておっさん?
「さっきのこと、アイリスと同じ部屋だと眠らなくなるって、やっぱりそういうことなのか?」
「ん? あ〜、アイリスは魔術師なんだろ。オレも仮にも魔術を学んだ身だからさ、絶対に話が弾むだろうなって」
「あ、あ〜そういうね!? なんだ、僕……てっきり……寝取られるのかと……いや、それは僕の心が汚れてるからなのか……?」
ぶつぶつと独り言を呟き始めるカツラギ。
大丈夫だよ、カツラギ。私も断られるの前提だったとはいえ、そういう意味で言っていたからね。
お前の認識は正しいぞ。
「カツラギって名前、ここら辺じゃ聞かないけど、どこの出身なんだ?」
「日本……って言ってもわからないよな。すごく、遠いところだよ」
「それはまた。なんだって帝国に? 仕事か?」
「うん、僕自身もよく分かってないんだけどさ。天使に誘われて、て何言ってんだろ……僕」
言いながらカツラギは、あははと苦笑いをした。
天使??
私もジャンルとしては異世界転生に当たるけれど、そんな存在と会った記憶がない。
忘れているだけ?
だとしたら、逆行にも天使が関わっているのだろうか。
「僕の知る世界とは何もかも違う、この世界に来られて今、僕は本当に楽しいんだ。少しの間とはいえキミとの旅も楽しいものになったらいいと思ってる。改めてよろしく、ジョー」
「ふーん」
「ふーんって……僕は本気で言ってるんだぜ?」
まあハーレム要員にならないならいっか。
あとは私がイチャつきに耐えればいいだけだ。
差し出されたカツラギの手を握り返す。
「それじゃオレはもうあがる。明日からはエル・デルスターまで魔物の森を通り抜けなきゃならないからな。お前もゆっくり休めよ。おやすみ、カツラギ」
「実戦経験もないくせに偉そうにいうなよ。でも、うん、キミもね。おやすみ」
話は済んだと、そそくさと露天風呂からあがってしまう。
いくら相手に私の体は見えていないとはいえ、やはり異性の前で全裸は色々と恥ずかしい。
部屋に戻ると女将が気を利かせてか、鏡にブラシや化粧水などのアメニティを部屋に届けてくれていた。
ありがたく使わせてもらうことにする。
馬車の横倒しの際に負った擦り傷は顔にもいくつも残り、風呂上がりなこともあり髪はボサボサだ。
鏡に映る私の姿は以前の令嬢だった私とは全く違ってしまっている。
それでも私は今の自分も嫌いじゃないのだ。
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