その10:冥王は渋々労働をする


――ジャイアントアント


 名前通り巨大なアリで、基本的に群れて行動する魔物だ。

 顎の力は強く、革や銅といったランクの低い防具ならあっという間に潰されてしまう。さらに直線の動きがとてつもなく速い。


 だが、その代わりに手足や腹、関節といった部分の防御力は殆どないので、不意打ちをするか突っ込んできたところに対して少し体をずらしてすれ違いざまに腹を斬るのが効果的だ。

 

 「だからEランクでも回せる仕事というわけだな」


 恐らく人間でも五匹程度なら一人でもなんとかなるはずで、奇襲に失敗しても突撃を狙って排除すればいい。

 注意しなければならないのは向こうから奇襲を受けた時くらいだろう。


 「さて、頭を持って帰ればいいんだったな。宿賃がいくらか分からないが、定食代くらいは稼ぐとしようか」


 昨日の夕飯を思い浮かべながら俺は剣を抜いて静かに森を歩いていく。あれは美味しかったのでまた食べたい。

 早朝の冷たい空気が心地よいと感じながら、数十分ほど進んだあたりで目標のジャイアントアントを発見した。

 

 「……三匹か、一気に叩く」


 他に魔物が現れたとしても力を元に戻せば俺に勝てる相手はまず居ないので、慎重になる理由も無いと滑るように近づいていく。

 この町まで飛んできた<フライ>の魔法を低空で使い、足音を消す。気配を消すことも俺には造作ないため――


 「ハッ!」

 「ギィィ……」


 ――背後から一撃で首を刈り取ることができるのだ。

 ジャイアントアントなど子供のころに泣かされたくらいで、今では物の数に入らない。


 「この剣なら背中の固い部分ですら問題ない、運が無かったな」


 俺はアレイヤに渡された革袋の中に頭を三つ入れた後、胴体を細切れにして土を少しかぶせ、準備が整ったので岩陰に身を隠す。

 こいつらは死んだ際にフェロモンというものを発生させ、仲間が死体や倒した相手を食料にしようと集まってくる習性があるためさっさとバラしてこの場を離れる必要がある。

 だが、逆を言えば『勝手に集まって来てくれる』のでこういう時は利用するに限る。


 「ギギギ……」

 「ギチギチ……」


 そんなことを考えていると、仲間がやってきたので俺は気配を消して剣を振る。


 「フッ、ハァ! ……これで五匹」


 目論見通りやってきた二匹のジャイアントアントを斬り伏せて解体。

 それからまた隠れて様子を伺うという作戦を繰り返して次々とやってくるアリを狩り続け、三十匹を越えたところで俺はふと気になることができたので一旦休憩を挟む。


 「……Eランクはどれくらい狩れるものなのだろうか?」


 このまま日が暮れるまで狩ることはできるが、加減が分からないので魔法適正の時のように疑われるのも困る。


 「四千五百ルピあれば宿と飯は食えるか……? 魔族領とは通貨の価値が違うから分からないな」


 魔族領なら八百ゼリンあれば簡単な食事はできるが、昨日食べた食事は二千、いや三千ゼリンはくだらないと思う。

 通貨が同じ価値なら食事はできるが、宿は泊まれない可能性が高い。

 それでも疑われるよりはいいかと思い、このまま帰ろうかとも考えたがここでまた壁にぶち当たる。


 「早く帰りすぎだ、とか言われそうだ……」


 面倒くさい。


 人間に成りすますのは制限がありすぎて面倒くさいと俺はため息を吐いた。


 「もう少し狩って今後のためにキノコや野草でも取っておくか。掲示板とやらを見た時に買取をしているようだったからいくつか採っておこう。最悪食えばいいし」


 五千ルピ分のジャイアントアントを狩った後、俺はフェロモンを消すため地面に魔法で穴を空けて解体した胴体などを放り込んで片付けると採集へ取り掛かる。


 「……俺はなにをやっているんだ……」


 魔王軍ナンバー2で【冥王】の俺がキノコと草の採取をしているとは……部下が見たら泣くだろうなと少し悲しくなってきた。

 だが、俺はあいつらのために領地を拡大するため勇者を探しているのだ、これはその足掛かり……金ができれば冒険者という肩書は必要ないからな。


 「それにしても大金を得るならもっと大きな依頼をするべきか? Cランクくらいまでは上げた方が――」

 「きゃぁぁぁぁ!?」

 「下がれ! くそ、あいつら……!!」


 「なんだ?」


 グリーンマッシュルームを摘んだところでどこからか女性の悲鳴が聞こえ、続いて焦りと怒りの声が混じった男の声が森に響く。

 俺は耳がいいので聞こえたが、少し距離がある場所のようだった。


 「まあ、俺には関係ないか。それよりも金が必要だ」

 「いやぁ!? 誰か助けて……!! 血が……!」

 「……」


 声の調子で切羽詰まっているのが伝わってくる。

 悲鳴を聞かされながら採集するのも気が滅入ると思い、俺は革袋を担いで現場へと向かうことにした。

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