その2:冥王の案


 「これはザガム様! 徒歩で戻られるとは、言っていただければお迎えにあがりましたものを……」

 「魔導通信を使う魔力も残っていなかったから仕方ない。気遣いだけもらっておく。俺は少し休む、起きたら食事とトレーニングをするから頼むぞ」

 「ハッ、お任せください」


 数時間かけて自分の城まで辿り着くと、執事のイザールに指示を出して部屋でゆっくり休むことにした。


 魔力が多少回復する程度にとどめていればトレーニングはできるし、疲労している時の方が底上げをしやすいのは経験で分かっているので、皮肉だが負荷をかけるためにも大魔王と戦った後が一番鍛えやすい。


 ――そして目を覚ました俺はすぐに食事を行うとすぐにトレーニングに取り掛かる。


 「はあ! <シャドウボルト>! <ダークフォース>!」

 「お見事ですな」

 「ふう……木偶をいくら壊しても、な。今日はこれくらいにしておくか」


 イザールに拍手をされるが、動作の遅い人造ゴーレムをいくら壊したところで評価されることはない。

 いや、オリハルコンでできたゴーレムを破壊できれば威力だけは値するか?

 そんなことを考えていると、イザールがタオルを俺に渡しながら困った笑顔で口を開く。


 「……大魔王様に勝負を挑むのはもうおやめになりませんか?」

 「お前までユースリアのようなことを言うんだな? 俺の野望は知っているはずだろ?」

 「ええ……しかし、後継ぎも必要ですし、そろそろご結婚など考えられては?」

 

 俺は無言で口をへの字にしてイザールを見る。

 最近、よくイザールが結婚を口にするのだからこれも無理もないことだろう。魔族は寿命が長く、軽く五百年は生きる者も居る。大魔王メギストスなど千年は行きそうだから始末したいんだが……

 まあそれはともかく、俺などまだ百五十歳を越えたあたりだと認識しているので結婚などまだまだ先でいい。

 ユースリアも結構な年齢で確か……う、なんだ? 寒気が……


 「人間界の美しい姫でもさらって来ましょうか? いや、ザガム様はイケメンですから、写真を見せれば向こうから食いついてくるかもしれませんな」

 「いらんことはするな、イザール。痛い目に合いたくなければ」

 「……むう、承知しました」


 不満気に一礼をして去っていくイザールの背を見ながらため息を吐く。俺が小さいころから面倒を見てくれている優秀な男だが、少々過保護なきらいがあるからそこはマイナス点だ。


 「さて、後はゆっくり休んで、明日は人間の領地へ行くとしようか」


 【王】とはいえふんぞり返っているだけではなんの意味を成さないので、俺達魔族の住む領地と人間の領地の狭間を見回りする。ユースリアは海を監視しているので地上と空になる。

 もちろん部下はいるが、上司が出ていくことで士気も上がるし、報告を聞くのも仕事の内だ。まあ、こんな辺境の領地まで来る人間は居ないのが実情だが、気になることを聞いたので少し様子を見たいと思っている。


 「よ、今日も派手にやられたってな?」

 「天王か、耳が早いな」


 ――天王マルセル

 制空権を掌握している【王】の一人で序列はナンバー4。

 今は大魔王の指示で人間の領地へは監視程度に留まっているが、国一つ亡ぼすことなど訳はない。俺も空を飛べるがこいつと比べたら『浮く』程度なもんだと思う。

 こいつは友人枠なのでこうしてよく訪問して情報を教えてくれるが、今回は提供者が俺になったようだ。


 「ユースリアがぼやいていたから見に来たんだよ。ま、ショックは受けてねえようで何よりだ。飲みにでも行くか?」

 「いや、明日は部下の様子を見に行くつもりだから今日はもう休むつもりだ、悪いな」

 「チッ、相変わらず真面目だねえ。ほっといても今はそう危機的な状況にはならないだろ?」

 「ユースリアから聞いてないのか? 勇者が選出されたらしいぞ」

 

 俺の言葉に肩を竦めながら俺の前まで来て話し出すマルセル。


 「ああ、もちろん知っている。俺達も気合いを入れなければならん時が来たようだ。まあ、勇者とはいえ、今の大魔王様とお前に勝てるやつが居るとは思えんが。……なあ、大魔王様に突っかかるのは止めたらどうだ? アレは少し異常だ。先代の大魔王も相当だったがあそこまでじゃない。正直に言えば、恐らくお前は先代に勝てたろう。だが、今のメギストス様に勝てないのなら、そういうことだ」

 「……」


 過大評価……はしないか。こいつも口は軽いが真面目で腕が立つから、嘘は言わないだろう。先代とほぼ同じ強さはあるのか……それにしても今日はよく説教を貰う日だなと呆れていると、俺の肩に手を置いてマルセルが言う。


 「聞いているのか? 勇者が侵攻してきたら迎撃をせねばならん。大魔王様と戦うのは勇者を倒してからにすべきだ。いいな?」

 「指図される言われはない」

 「ったく、強情だなお前は。つまらねえことで死んでほしくねえんだよ。お前はどこか危なっかしいからな」

 「ユースリアにも言われたよ」

 「だろうな。ま、話はそれだけだ、またな」


 マルセルが去っていくのを見ながら俺は頭の中で勇者について考えていた。それほど強いなら【王】総出で始末してしまえばいいのではないか、と。


 「……! いや、違うな……」


 そこで俺は魔族的逆転の発想に行きついた、それほど強いなら勇者にメギストスを倒してもらえばいいのではないか?

 そして所詮人間、毒なり罠なりで大魔王より殺すのはたやすいはず……自分の手で倒したいが、今は魔族が人間どもを支配するのが先で、容易く達成できる駒がある。


 「……招き入れるか」


 仲間のためにと、俺はあえて裏切り者の道を選択することを決意した。

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