第3章-7


 というのが蓮實淳のすべての〈能力〉――それがいかなるもので、どのようにもたらされたか――の説明だ。それと、どうして占い師になったかも理解していただけたと思う。


 いや、理解まではいたらないかもしれないけど、この世界はくつだけで出来てるわけではない。目に見えないものであっても存在してるし、我々は実のところそういうものに取り囲まれて生活してるのだ。そう、たとえば《愛》だってそのひとつだ。目には見えない。でも、存在はしてる。というわけで、可能な限りの《愛》を持ってこれからの話を読んでいただきたい。


 さて、千春に言ったのはまったくの出まかせであったものの、彼は「うん、占い師も悪くないな」と思うようになった。猫の声を聴け、他者の経験を見ることができる力。これを使うとなれば占い師が最も適当なんじゃないか――とだ。


 まあ、一度だけの成功で判断するのはそうけいと知りあいに試してみた。「占いの勉強してるんだけど、ちょっと見させてよ」などと言って時間をつくってもらったのだ。結果、その全員が顔を青くて食ってかかってきた(これは伝え方が悪かったのだ)。


 幾人かの友人を失いはしたものの、彼は自信を深めた。これなら仕事を見つける手間もはぶけるし、自由気ままにもうけられる。どうしてこんなおいしい商売に気づけなかったのだろう――とすら思った。彼はそういう男なのだ。自信を失うとオロオロするのに、未来へ目が向いたたんに飛びねる。実際にもつばさの生えたライオンとばかりに新たな仕事へまいしんしていった。できればキティのテリトリーで開業したいと思っていたのもかなった。ちょうどいいぶっけんぞうみみずく公園とはのうちだ)に空きが出たのだ。そこはテナント料もそこそこだったし、二階に住めるというのも助かった。


 彼は『蓮實淳の占いのやかた』というばかでかいかんばんこしらえ、紫色の布きれをてんじょうかららした。星のかざりや金色のくさりで占いっぽさを演出するのにも成功した。そして、ソファにふんぞり返って客が来ないかと通りをながめる生活に入ったのだ。



 ところで、千春につきまとっていたストーカー男がどうなったかも念のため書いておこう。


 彼は猫たちにらいして、その男についても調べてもらった。そいつは千春と同じマンションに住んでいて、職場は池袋のスポーツジムだった(千春はそこの会員でもあったので、個人情報を悪用されたわけだ)。猫たちはてっていてきに調べまわった。立ち回り先――飲食店、パチンコ屋、コンビニ等々。それを元に彼はとくめいの手紙を送りつづけた。


『お前をずっと見てる。お前は七月十二日にやよいけんからげ定食を食った。その後、パチンコ屋で二時間ねばった。だまはよかったのか?』


『お前をずっと見てる。お前は七月十四日にこく駅前のマルエツプチに立ち寄った。ネギを買ったようだがソーメンでも食べたのか?』


『お前をずっと見てる。お前は今日もジョギングしたな。走った後でアクエリアスを飲み、ペットボトルをにちだいざんの植え込みに放った。回収する人間の気持ちを考えたことはあるのか?』


 手紙を受け取った男の顔つきまで猫は報告してくれた。「すごくびっくりしてたよ」とか「口あけたまま固まってたぜ」とかだ。蓮實淳はころいをはからって、ベランダにふうとうを置いてもらった(くわえていってもらったのだ)。中にはやはり『お前をずっと見てる』と書いてある。猫はこう報告してきた。「すぐカーテン閉めちゃったけど、すきからずっと見てたみたい。面白かったよ」


 かくして、その男は遠い町に引っ越していった(会員の振りをして勤め先に電話をかけると、「彼はたい調ちょうくずして田舎いなかに戻ったんです」との回答だった)。


 蓮實淳は深い愛情によって、千春を取り巻く悪の影を払ってやったつもりだった。ただ、それにもかかわらず彼こそストーカーとうたがわれていたのはの通りだ。しかし、それがなければカンナと出会ってなかったかもしれないのを考えると、運命というのがいかに不思議かわかってもらえると思う。

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