ベアー編

「と、このように、運営はわたしたちを


 ベアーは北東部が〝危険区域〟に指定されたため、真柄レンの家に避難しにきていた。先ほどまではこの集落に入ってくる参加者がいないか、また、シエラが真柄レンを参加者と誤認して殺害しないかを監視するために小高い丘の上にいたのだが、そこにいてはベアーもまた爆撃の餌食となってしまう。


「どうして」

「どうしてって、そのほうがじゃないかな」


 妹との連絡を諦め、トランシーバーを耳から離したシエラに、ベアーこと佐久間タスクはさも当然のような表情をして答える。


「不幸な事故で両親を亡くした美人姉妹。謎の病により突然意識不明の重体となったシエラ。その姉を救うために殺し屋へ弟子入りするナイトハルト。しかし、姉は秘密組織の改造手術によって、過去に蓋をされて、正義のヒーローとして活動していた。この世界の日陰で、それぞれの想いを抱いて動いていた二人が、ここ『ウランバナ島』で再会する。――こんな筋書きかな」

「……そう」


 シエラはもういい、とでも言いたげに手をパーにしてベアーに向けた。俯いて、窓にもたれかかる。ナイトハルトの元へ駆けつけようにも、一歩でも外に出れば爆撃に巻き込まれてしまうだろう。愛車のバイクはウランバナ島にはない。


「僕たちには、こんな殺し合いに参加するって、一言も話してくれなかったじゃないか。なんでクマが、先生なのに」


 三ヶ月前からオーディションが行われて、参加者を募っていた。のだが、佐久間タスクに関する情報は一切ない。被り物をして現れた正体不明の参加者。それがベアーである。25番チームは即席チームであると事前の発表があったので、チームの構成メンバーの詳細が明かされなくとも、そこに異議を唱える者はいなかった。


「わたしの参加は、急遽決まったものだからな」

「じゃあ、クマはオーディションとかなんとかは」

「全部なし」

「なら、なんで? 一億のため?」

「一億よりも大事なものがある。お金は、まあ、ないに越したことはないけどな……それよりも教え子の命だよ」


 クマという愛称で生徒から慕われていた佐久間タスクが『ウランバナ島のデスゲーム』へ電撃参戦した理由は、


「真柄レン。君が巻き込まれているからだ」


 である。真柄レンの引っ越しおよび転学は、親の仕事の都合とされていた。そんなものは建前で、聞こえのいいように用意された嘘っぱちで、裏を返せば


「……僕が、ここに連れてこられたのはなんで?」


 ベアーには、事前情報として『北東部のこの家に真柄レンが滞在している』ことが伝えられている。なので、何がなんでもここに降り立たなければならなかったし、真柄レンが参加者と勘違いされる前に合流しなければならなかった。


「なんで僕がここにいなきゃいけないんだよ!」


 被り物の内部にスモークグレネードを隠し持ち、降りる場所が被ってしまった哀れな参加者を撹乱する。シエラには悪いが、ナイトハルトが真柄レンを発見してしまった場合には、誤射に見せかけて撃ち殺す心づもりであった。彼女は、真柄レンがなんと言おうと聞く耳を持たずに射殺しかねない。そうはならなかった。真柄レンのには、他の参加者も闖入ちんにゅうしたが、それはシエラが倒してくれている。殺し屋のナイトハルトには難しくとも、正義の味方であるシエラなら、交渉の余地があると思った。実際、シエラは真柄レンを撃ってはいない。


「それがな」


 真柄レンのにいれば、そのテレビが『ウランバナ島のデスゲーム』の進行状況を伝えてくれる。メリットしかない。大会を上空から、参加者の身でありながら一視聴者としての視点を獲得できる。周りの参加者が減っていくのを、ここで待っていればいい。


「おかしいだろ……」


 ヒトメサマ一行がおタヌキ様を召喚してお咎めがないのは、そのほうがだ。視聴者は参加者が困難を乗り越える姿に感動する。例えば北東部に召喚されていたら、問答無用でヒトメサマとその信者たちのチームを誅殺していただろう。敵がどうしようもなく強大であればあるほど、倒した時にカタルシスが生まれるのだ。


「わたしにもわからないんだな」

「へっ?」


 唯一、北東部がプレイゾーンから外れてしまった場合は否が応でも動かなければならないのだが、


「わたしは、大事な大事な、わたしの受け持つクラスの生徒が、本人の意志を無視して殺し合いのど真ん中に送り込まれる、だからどうする? 無論、助けるよな? とまで、ここまでしか聞かされていない」

「僕が選ばれたワケは?」

「わたしにもわからない」

「そんな……!」


 わざわざドキュメンタリーまで作って、ドラマチックかつエモーショナルに、自然と視聴者が25番チームを応援したくなるようにをする。そんな運営が北東部をセーフゾーンからずらすことはない。


「あ」


 ただし、現実というものは往々にして、シナリオ通りにはいかないものである。


「シエラちゃん!?」

「何、これ……」


 窓を突き破り、シエラの後頭部から鼻先までを貫くがあった。参加者である以上、その命を狙われても文句は言えない。たとえ運営が推していても、ライフはたった一つで、リスポーンはない。


「――ちゃ」


 思い出した妹の名前を呼ぼうとして、もう一本の矢が心臓を射抜いた。

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