Phase2 『ここまでの経緯とこれからの展開』
【with Roster No.25@ウランバナ島北東部】
(来た!)
引っ越し先はマンションの一室だったはず。なのに、真柄レンの家は二階建ての一軒家に変わっていた。寝る前と、目覚めてからで、明らかに場所が違う。部屋のレイアウト自体は変わっていないので、部屋を出るまで気付かなかった。
真柄レンはいちばん大きなダンボールを被ることで身を隠し、この災厄をやり過ごそうとしている。拾った赤い銃を構えているものの、その両手はぷるぷると震えていた。侵入者に当てることはできないだろう。当てようとしたところでこの銃はフレアガンだ。信号弾が発射される。目くらましぐらいにしかならない。
『くっそ、アイツ、バイク盗って逃げやがった! 追うぞ!』
『え、追いかけるんですか?』
『こんなとこ漁っててももうなんもねーだろ! ほらさっさと車運転しろし』
『わたしが運転するんですかぁ!?』
トランシーバーから聞こえてくるのはナイトハルトと姫りんごのやりとりである。階段を駆け上がったシエラは「……了解。仲良しなのはいいことだけど、事故には気を付けてね。」と、苦笑いを浮かべつつ、忠告する。この一言で、二人の別行動を許可した。ダンボールに隠れている真柄レンの存在にはまだ気付いていない。
『内藤チャン、シートベルトは着用したかな?』
『内藤じゃねーよ! 勝手なあだ名付けんじゃねぇクマヤロぉおおおおぉおお!?』
この家から離れた場所で、姫りんごがバギーを急発進させ、シートベルトをしていないナイトハルトがその後部座席から振り落とされそうになった。シエラはナイトハルトの悲鳴には反応せずに「この家の中に、まだ敵がいるみたい」と報告する。自分たちは四人で一つのチームであり、姫りんごとナイトハルトは別行動。ベアーは援護射撃のためにスナイパーライフルを持って、この家から南にある小高い丘で伏せている。
この部屋に人がいるとすれば、それは別のチームのメンバーなので、敵である。
『シエラちゃん、自分とだけ通信できるようにトランシーバーの設定を変えられないかな?』
「できるけど、どうして?」
『そりゃあ、……運転に集中してもらわんと内藤チャンが事故死するかもしれないからね』
シエラはトランシーバーをいったん肩と耳の間に挟み、右手にUMPを構えたまま、左手で携帯情報端末をポケットから取り出し、地図を確認する。現在地はプレイゾーンから外されていないので、さっさと移動する必要はなさそうだ。場所の確認を怠ったせいで“失格”を食らうのは避けたい。
地図上の姫りんごとナイトハルトの位置が自分とベアーの現在地からどんどん離れていく。尋常ではないスピードが出ていることは間違いない。ちょっとでも脇見運転をしたら、四人組のチームから二人組のコンビになってしまうこと請け合いである。携帯情報端末をしまい、トランシーバーを操作してベアーとだけ通信できるように変更した。
『ココの街に降りてきていたのは我々とあともう一チームぐらいじゃなかったかな』
「三人は倒して、あともう一人は尻尾を巻いて逃げ出した」
簡単な算数だ。
『とすると、数が合わなくないかな?』
口から心臓が飛び出そうになる。汗が止まらない。ダンボールの中、真柄レンは息を殺して、必死に考えていた。どうして〝クマ〟の声がするのか。こんなところにいるはずがない。彼は教師だから。いるはずがないのだ。今日も、転校前の学校で授業していなければおかしい。それなのに声が聞こえてくる。都合のいい幻聴とは思えない。
「さっき『クマ』って聞こえたの」
『ふーん?』
「聞き間違えていなければ」
サブマシンガンのUMPを所持し、ついさっきこの家の一階で他の参加者を蜂の巣にしたシエラは部屋の中を警戒しながら探索する。ベッドに近寄り、下をのぞき込んだ。人間が隠れられるようなスペースはない。
『真柄!』
トランシーバー越しに呼びかけられて、びくりと跳ね上がる。シエラの耳にはダンボールががさりと動いた音が聞こえてしまった。UMPは構えたままで、右足でダンボールを蹴り飛ばす。
「ひっ!」
真柄レンはとっさに両手を上げてしまった。右手には赤い銃が握られたままであったが、シエラにUMPの銃口を向けられると手をパーにする。真柄レンの命を守るには不向きなそのピストルは、床にポトリと落ちた。
『真柄、ここに居たのか』
「知り合い?」
『知り合いというか、
ウランバナ島に、参加者以外の人間はいない。――と、事前のブリーフィングや開会式で運営側からアナウンスがあった。
「どういうこと?」
怯え切った真柄レンの表情は、確かに演技ではなく素のものだろう。だが、オーディションや身体能力測定で、この顔を見たかと問われたら、自信を持って「いいえ」とは言えない。選ばれた百人の参加者より落とされた参加希望者のほうが多い。
『まずはその物騒なものを下ろしてやってくれ。でないと自分がシエラちゃんの頭を撃ち抜かないといけなくなる』
シエラは窓に視線を向ける。肉眼ではベアーの姿は確認できない。シエラの一挙一動はKarabiner98k――通称Kar98kへ取り付けられたスコープで監視されている。シエラはUMPを下ろした。
『自分はこの位置から、その家に敵が入ってこないかどうかを確認する』
ベアーはシエラからの質問には答えず『シエラちゃんは自分が対応しきれなかったら戦ってくれ』と命令してくる。先程確認したように、プレイゾーンの中にこの家は含まれているのでこの家からわざわざ移動しなくてもよい。ルール上、最後まで生き残れば優勝なのだから、姫りんごとナイトハルトのように移動手段を手に入れて相手チームの最後の一人を追いかけ回す必要はない。こちらから動いて探しに行って、待ち構えている敵に返り討ちにされるほうが恥ずかしい。
つまり『自分が生き残るための最善策はこの場所で敵を迎え撃つこと』だと正答を導き出したシエラは「了解」とベアーに答えた。付けっぱなしのテレビの画面には他のエリアの戦闘の様子が映されている。
「……リモコン、ある?」
シエラは真柄レンに訊ねた。真柄レンはテレビのリモコンを取り、おとなしくシエラに手渡して、さっと距離を取る。クマとの会話から、そこそこ親しい間柄なのではないか、と推測されるが、まだ信用できるかというと微妙なところだった。
シエラはリモコンを受け取ると、無表情のままポチポチとチャンネルを変えていった。この大会を中継している番組以外は映らない。残念そうに肩を落として、真柄レンにリモコンを返す。
それからテレビ台の上のフォトフレームを指差して「この写真の、あなたの隣にいる人が『クマ』さん?」と聞いてきた。真柄レンはうなずき、こう続ける。
「どうして、こんな戦いに参加しようと?」
デスゲームなんて、正気の人間が参加するものではない。
クマからシエラと呼ばれていたこの女性は、見た目だけなら普通の人に見える。自分の命をかけた戦いに参加してでも、他の参加者の命を奪い取ってでも、一億を手に入れたいような、そんな人間とは思えないので、真柄レンは理由を聞く。
「さあ?」
「特に理由もなく?」
理由、理由か、そうか。とつぶやいて、シエラは床に座り込んだ。話してくれないらしい。そこまでの信頼関係は築けていない。ひとつにまとめた髪を一度ほどいて結びなおし始める。
真柄レンは真柄レンで、自分が口にした
どうして自分は、ここにいるのか。
【生存 86(+1)】【チーム 24】
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