第26話 大丈夫

体育祭も終わり、俺達は母さんの車に乗り、家に帰ろうとしていた。一緒に居る同級生の女子は、親が仕事で来ていないので、成り行きで彼女も家まで送ることとなった。


家は以前から変わっておらず、母さんも知っている場所にあった。彼女は母さんに場所を伝え、車はそこへ向かった。


道中、車内では三姉妹……ではないが、そうとも見える俺の妹二人と同級生の女子が仲良さそうに話をしていた。

席は母さんが運転席で俺が助手席、妹達に挟まれる形で彼女は後部座席に座っている。車は7人乗りのものではあるが、中学生二人に挟まれる形で高校生が座ると流石に狭そうだ。

バックミラー越しに見える後部座席は控えめに言っても中々に華やかななのは否定しない。


一体誰に似たのか知らないが、妹達の外見のスペックは高い。俺がまだ中学生の頃から、学校中で男子からの注目の的になっていたくらいだ。それに加え、この女子も高校へ入学して間もない頃から高嶺の花という称号を得て男子から注目の的となる程の美貌の持ち主である。

ま、そのおかげで俺も男子共から注目の的になったんだがな。悪い意味で。


「咲希ちゃん、可愛いくなったじゃない」


母さんは俺にだけ聞こえる程の声でそう言った。


「あのさ。俺達そういうのじゃないからな」

「はいはい。分かった分かった」

「絶対分かってないでしょ…」

「でも、良かったわ。仲直りしたみたいで」

「いや話を…」

「あなた達、ずっと避けてたでしょ?特に、あなたが」

「今その話しなくていいだろ」

「……あなた、咲希ちゃんのために避けてたのよね」

「………」


特に見るような景色も無いが、窓の方に顔を向け住宅街の流れる景色を見つめる。


「でも、ちょっとやり過ぎだったんじゃない?咲希ちゃんにとってあなたは…」

「もういいだろ。それは」

「………咲希ちゃんだって、妹みたいなものでしょ?」

「今は彼女なんじゃなかったのか?」

「ふふっ。分かるわよ。付き合ってないことくらい。借り物競争の時はつい昔の癖でやっちゃったって感じでしょ」

「ほんと、母さんってよく分からん」

「もういいんじゃない?咲希ちゃんだって、本当は」

「どうでもいい。アイツと俺は関係ない」

「…………好きなくせに」

「なっ…!」


母さんの呟きについ狼狽える。


「そんなんじゃねぇって…」

「大好きだからこそ、咲希ちゃんを守るためにず~っと避けてるんでしょ」

「何言ってんだか……」

「私が口挟むことじゃないけどさ。咲希ちゃんのこと、もっと献身的な方向で考えてあげられない?」

「…………」


俺だって、最近思うところはある。

俺がどんなに彼女を遠ざけようと、それに意味はあるのだろうか。現に、今こうして妹達と楽しそうに話して、学校でも愛依と上手くやっている。彼女のことを知ってもなお、愛依は自然と接している。


俺が彼女を遠ざけようとしていることに、意味なんてあるのだろうか。


「お兄ちゃん」

「………」

「お兄ちゃん!」

「え……?」


窓の景色を眺めていると、後ろに座っている李湖から声をかけられた。


「もう、何ボーっとしてるの?」

「………いや、何でもない。で、何だ?」

「二人っていつ仲直りしたの?」

「え?」

「李湖。またそうやって無神経にデリケートなとこを聞く」

「だって気になるじゃん。玲夢姉も気になってるくせに」

「だから二人とも。私達は付き合ってなんか」

「隠さなくていいって~。昔はすごく仲良かったし、今は付き合ってるって言われても想像もつくよ」

「まぁ……確かに仲良かったよね。でも、今のゴミぃちゃんは普通に考えて無いでしょ」

「おい玲夢。ゴミぃちゃんって酷くないか?あと、俺達は付き合ってなんかいない。何度も言ってるだろ」

「ふぅん。じゃあ私達に嘘ついたんだ」

「それは……」


お前の隣に座ってるお姉さんが咄嗟に嘘をついたんだよ……。


「ごめんね玲夢ちゃん。あれは……その…」

「……ちょっとふざけただけだ」

「……え?」

「お前らを驚かそうと打ち合わせた。まぁ、何だ。悪かったよ」

「ゴミぃちゃん……」

「ゴミぃちゃん……」

「李湖にまで言われた!?」


絶対的な俺の味方であるはずの李湖でさえ、彼女の前では味方してくれないようだ。


「もう!変なことしないでよね!咲希姉も!」

「あ、えと……あのね、それは私が…」

「俺達は体育祭の後なんだ。少しゆっくりさせてくれ。そちらさんもお疲れだろうよ」

「………」


後部座席へ振り返ると、一瞬彼女を見やり言った。再び正面を向き、眠るように目を閉じた。


「格好つけちゃって」


隣からそんな言葉が聞こえた気がしたが、無視して目を閉じ続ける。



少し時間が経つと、彼女の家に着いた。

俺からすれば、つい最近来たばかりなのだが。


「じゃあ咲希ちゃん。またね」

「はい。ここまで送ってくださってありがとうございます」

「咲希姉!今度、うちに遊びにきてね!」

「うん。分かった」

「咲希姉…」

「何?玲夢ちゃん」

「えーと……」


玲夢の咲希っ子は今だ健在。だが、玲夢とて中学生。昔なら李湖のように無邪気に自分の気持ちを言えたが、今や面と向かって自分の気持ちを言うのも難しいようだ。


「また、遊ぼっか。玲夢ちゃん」

「あ……うん!」


本当に姉妹同然だよな。この3人。

そりゃ顔は似てはないけど美人3姉妹的な感じで。


「………またね」

「………おう」


彼女から視線を送られ、俺は反射的に目を反らした。これは、あくまでも家族の前での建前のはず……。


「………咲希」

「え……何…?」

「こいつらと、たまに遊んでやってくれ。それだけ」

「あ……うん」

「ゴミゴミぃちゃん、それさっき言ったよ?」

「クソ兄貴は咲希姉と話す資格なし」

「ゴミゴミぃちゃんって何?そしてクソ兄貴とか言わないでくれる?普通に響くんだが?」


車内から発せられる野次に文句を吐きつつ、ふい彼女を見ると、クスクス笑っている姿があった。


もう……大丈夫か……。


車はその場を後にして、自宅へと帰った。

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