佐伯さんと海へ

 「やっぱり、もう1年過去に行ったら会えますよね。かずちゃんさん」


 2018年ならたしかに、円満に付き合ってるはずだ。だがもう1年都合よく、戻れるのか。


「過去に戻るかはわかりませんよね?というより、過去に戻りつづけるかも?」


「わあ そしたら僕ら仲良く最終的には赤ん坊ですか」


「それはまた、酷い話ですね。赤ん坊までたどり着いたらどうなるんだろう。

あの、佐伯さんは過去に戻る時に、神さまとか仏様と約束したなんてことは無かったですか?夢を見たとか。」


「無かったです。死んだと思って、目覚めたら1年戻ってました」


「あぁ」


なんにも分からない訳だ......。


「兎に角、陽菜を見つけましょう。あ、お腹すきません?」


「あ、たしかに」


「何か食べたいものありますか?食べたかったもの.....」


 佐伯さんがもう一度少しでも楽しく旅立てる様に、せめてもの感謝の気持ちで、この先俺と共に居てくれる彼には出来る限りの事をしたくなった。お節介かもしれないが。


「オムライス」

「オムライス?あ、分かりました。じゃオムライス食べたら行きましょう」

「ありがとうございます」


 陽菜が結婚してあげようとしたのが分かる気がする。佐伯さんはピュアだ。なんというか、愛らしいひとだ。




 それから俺たちはどれだけ病院を回ろうが陽菜を見つけることはできない。個人情報保護により入院患者や通院患者を聞き出せるわけもなかった。

俺らはどちらも現時点では夫ではない。


 入院病棟にお見舞いのふりして忍び込んでみたり、病院前をウロウロしてみたり、行き交う人に写真を見せて『この女性知っていますか』と聞いてみたり。

そう、あの海でおじさんに撮ってもらった写真。

陽菜はいつもカメラマンだから陽菜の写真は滅多に撮らなかったのだ。


「見つからないですね......」

「はい」


 俺は子宮体癌の手術について調べていた。全摘手術といっても開腹したとしても入院期間は長くない。きっと探しているうちに退院しているかもしれない。


「もう一度陽菜のマンション調べてみます」

「そうですね」

 インターホンを押したところで返事はないだろう。というより引っ越している可能性の方が高い。俺は不動産屋で陽菜の部屋に空きがあるか調べた。やっぱり引っ越していた。


「かずちゃんさん 思い出の場所とかはどうでしょう?」


 思い出の場所、2019年ならあの海? 紅葉がきれいだった公園の教会?

それより前ならたくさんあるがそんなばったり会えるだろうか。

陽菜が来たからと覚えている人もいるかどうか......。


「佐伯さんは海と山どちらが好きですか?」


「え 僕ですか......。どちらも好きですが、山は今の体力では......いや海も......どうかな」


 そうだ佐伯さんはもう体調が思わしくないのかもしれない。


「じゃ、海にいきましょう。車でお連れしますよ」


「海か~もう見ることは無いと思っていたのでうれしいです。あの写真の海ですね?」


「はい」


週末俺は佐伯さんを海につれていく。



「わぁ 冬の海も美しいもんですね」


な.......この人はまるで陽菜のようなリアクションをする。


 海辺のアスファルトの道、陽菜と雨の中走ったこの道をゆっくり歩きながら落ち着いた口調で佐伯さんが話し出す。


「かずちゃんさん、僕がもうすぐ春になって陽菜乃さんと出会う頃、かずちゃんさん.......あなたが先に彼女を見つけてください。僕が運ばれる病院で待てば陽菜乃さんは現れるはずです。僕は陽菜乃さんに恋をしないようにします。」


俺は返す言葉が見つからなかった.......。

海を眺める佐伯さんの目は、弱ったような足取りとは違い力強いものだった。










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