短編置き場・不死の呪いと魔法使い
小紫-こむらさきー
本編番外編
1:新しく来た箱/ジュジが来た当初のカティーア
「あの……おはようございます」
控えめに部屋の扉をノックする音と共に、聞き慣れない声が耳に入る。
カーテンを開けてみると、太陽はまだ登ったばかりのようで庭の向こうに見える森の木々よりも少し高いところに顔を出していた。
(昨日連れてきた
「ああ……そういやぁ、そうだった」
セルセラが耳打ちをして来てやっと思い出す。
イガーサに少し似た
仕事用では無く、部屋着として誂えた薄手のローブをたぐり寄せて身に纏う。
(もう……! 私の声は聞こえないみたいだから、早く行ってあげて)
今回の
「わかったよ」
ベッドから抜け出して、床に散らばった魔道書を足で退けながら扉を開いた。
琥珀色の大きな瞳が俺を捉えて丸くなり、それから息を飲む音が聞こえてくる。
俺よりも少し背の低い彼女は、イガーサによく似た色をした黒髪を高い位置で一つに括っている。
そんなところまで似なくとも良いのにな……と内心思いながら、俺は彼女に声をかけた。
「大地と太陽に愛された色をした肌の君、昨日はよく眠れたかい?」
「は、はい……その」
この
サービスをしておいてやろうと甘い言葉をかけてやると、わかりやすいくらい頬を上気させて、視線を泳がせる。
思わず笑ってしまいながら用件を聞き出してみると、どうやら何か仕事はないかと聞きに来たらしい。
確かに弟子という名目で
どんなに教えたとしても、体内に溜め込んだ膨大な魔力を自力で活かすことは出来ない。
「ああ、そうだな。掃除と……簡単な家事くらいは君に任せようか」
以前の
少し優しくすればつけあがって勘違いをして、そして怠ける。仕方なく本当のことを教えればこちらを罵倒して、逃げだそうとした。
なので仕方なく動けなくして、さっさと使ってやったが……。今回の
赤銅色の肌、それに琥珀色の瞳と新月の夜で染めたような細くしなやかな髪は確かにイガーサに似ているが……。
それだけなら、多分買った娼婦にも、異界から来た女にもいた。
なのに、なんでこいつを見た時に、おぼろげになっていたイガーサを思い出したんだろう。
「ええと……よければ家の案内をしてくださると助かるのですが」
笑顔が消えてなかっただろうか? そんな心配をしたが、彼女は俺に怯えた様子も見せない。きっと大丈夫だったのだろう。
(ジュジよ。名前、覚えてないでしょう?)
「ジュジ、じゃあ調理場から案内するからついておいで」
セルセラがうるさく口を出してくる。これも珍しい。自分が見える
何が今までの
魔力量は確かに多いが……特に目立った能力は無さそうだ。
俺の後ろをちょこちょこと仔犬めいた動きで付いてくるジュジを見て考えるが、全くわからない。
階段を降りてから、渡り廊下を通って中庭へ出る。
「あそこに井戸があるが……洗濯と湯浴みをしたいときに使うといい」
井戸を指差してそういうと、ジュジが首を傾げた。
調理場では別のものを使ってもらうんだが……。まぁ、行けばわかるだろう。
井戸の前で立ち止まっている彼女に手招きをして調理場へ呼び寄せる。
「わ……広い……」
調理場の扉を開いて中へ入れてやると、彼女が目を丸くして小さく声を漏らした。
感動しているジュジの肩を叩き、扉の左手にある小さな子供が一人入れるほどの大きさはある
「調理場で使う水は、この
「井戸から汲んでここに貯めるということですか?」
「……見せた方が早いか」
ジュジの視線を背中に感じながら、俺は部屋の奥へ向かう。
二つ並んだかまどには、ちょうどいいことにしまい忘れていた深鍋が置いてある。取っ手を掴んで
「すごい」
「魔法使いだから非力だと思ったかい?」
「ククク……怒ってるわけじゃ無いさ」
からかいがいがあるな……という気持ちになりながら、俺は肩に担いだ
軽くなった
「ジュジ、おいで。これを見てごらん」
ジュジに手招きをして、
水の妖精達がふわりと飛んできて
「すごいです!」
琥珀色の瞳をきらきらとさせながら、ジュジは俺を見た。
ここまで反応が良いと、こちらまで良い気分になる。どうせ短い命だ。最期の時まで、なるべく優しくしてやろう。
……優しくすれば、使う時に恨まれるだろうが、まあ、一瞬のことだ。楽しい時間が多い方がいいだろう。
「掃除にも使っていい。じゃあ、次は浴室へ行こう。
「週に二度ほど……。水が貴重でしたし、薪も箱庭のみんなが湯浴みをする余裕があるほどの備蓄はなかったもので」
「君がここにいる間は、湯浴みは好きな時にしてくれて良い」
こんな調子で雑談をしながら家の案内を続けていった。
水さえ入れれば火の妖精が湯を俺好みの温度にしてくれる魔石を使った浴槽、自動で浄化されるトイレ、魔法薬の材料になる小さな農園の手入れ方法などを教えたが、その度に綺麗な琥珀みたいな目がきらきらと光る。
イガーサも、
最後に「基本的に、俺の部屋には入らないでくれ。危険な物もたくさんある」と告げると、彼女は真剣な表情で頷いて、それからにこりと微笑みを浮かべた。
ああ、久し振りだな。
最近忘れていたが、やはりヒトの形をしているのは面倒だ。次からは加工してからこっちへよこせと伝えてみるか。
まあ、効果が落ちるからと二百年前も断られたのだが……。言わないよりは言った方がいいだろう。
「さあ、じゃあ食事にしよう。作って貰ってもいいか?」
そういえば、箱庭では
白パンを手に持って「やわらかい」と呟いている彼女を見ないフリをして、俺は調理場を出た。
使い方は一通り説明したし、任せても構わないだろう。
彼女に調理を任せて、俺は渡り廊下を戻って居間に置いてある長椅子へ寝転んだ。
セルセラが耳元で何かを喚いていたが、眠くて頭に入らない。
俺は不老不死だ。眠らなくとも平気なときは平気だが、眠気自体はあるし、眠った方が頭も体もすっきりする。
どういう仕組みなのか自分でもわからないが、いっそのこと眠らなくても平気な体なら楽だったんだろうかと思わなくも無い。
「カティーア、起きて下さい」
体をゆすられて、目を開くと眉尻を下げて困ったような表情を浮かべたジュジの顔が目に入った。
それから、自分の手を見る。
彼女の頬にそっと右手を添えていて、困った表情の理由はこれか……と思わず苦笑いをしてしまう。
「寝ぼけていた。すまない」
体を起こして謝ると、ジュジはホッと息を吐いてから、立ち上がった。
早足で歩いて行く彼女の後を追って食卓へ向かう。
牛の肉を煮込んだシチューが入った木の器と、平皿の上に盛られた白パンが並べられていた。
「
「ああ、家では自由に皿を使って貰って構わない。パンも焼こうと思えば毎日焼けるしな」
わざわざそんなことを申し訳なさそうにするなんて、本当に行儀のいいやつだなと感心する。
だいたいの
まあ、俺のところへ送られてくる
まあ、ほとんどの
「お口に合いませんか?」
「いや、美味しくて驚いていたところだ」
「よかった」
嘘ではない。が、にこりと柔らかく微笑んで、小さな口に木のスプーンを運ぶジュジを見て少しだけ胸が痛む。
何万、何億……数え切れないほどの
わかってる。イガーサを思い出して、少し
だから、少しだけ、こいつが俺の正体に気が付くまでは……優しい師弟ごっこをしてもいいんじゃないか。
仔犬のような丸みを帯びた瞳でこちらを見て微笑んでいる少女を見て、俺は柄にも無くそんなことを思った。
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