0-1.話の前のちょっと休憩

「じいや、彼女の食事もよろしくお願いします」

「かしこまりました。お嬢様、折角でしたら優木さんたちも呼んでは――いえ、やめておきましょう」

「ええ、彼女たちも先日の一件で只野さんのことを嫌っていますし、彼女もかなり苦手のようですのでやめておいてください。というよりも私がここに戻っていることは内密にしていますし」

「はい、そちらのほうは徹底的に秘匿しております」


 昼食をいっしょに取ることを決めると理事長はうしろに立つおじいさんに指示を出す。

 おじいさんは恭しく頭をさげ、すごく嫌なことを言ってきたため……顔をしかめていたと思う。

 それを見たみたいですぐにおじいさんは提案をさげた。

 理事長も苦笑しながらも、あれらに伝えるのは控えるように告げる。というかあれらにも秘密にしてたんだ……。

 手紙の内容からあれらに伝えるとぜったいに厄介なことになると分かっていたから……だよね。そして来ているとばれたら理由を探ろうとするだろうし。

 そう思いながらわたしは目の前の理事長はあれらよりも信用できる存在だと認定する。……まあ、害があれば見限るつもりだけど。

 そんなちょっと黒いことを考えていると、ノックがされておじいさんが返事をするとお手伝いさんだと思う年配の女性が立っていた。


「ご主人様、食事の準備ができましたので食堂へご案内いたします」

「ええ、ありがとう。さ、只野さん。行きましょうか」

「ん」


 理事長が立ちあがり、わたしを見てそれに返事をして立ちあがると食堂へと移動する。

 移動中に別宅のなかを見る機会があったから、チラチラと見るけれどお金持ちが持っているような見るからに高い感じがするインテリアは無かった。

 どちらかというとシックな印象がするものが多く見られ、気が張らないように感じた。

 そんな感想をいだきながら理事長の入った部屋へとはいると、長いテーブルが置かれた広めの部屋だった。

 会食をするときはこういうところを使うんだろうなと思いつつ、お手伝いさんに引かれた椅子にすわると対面に理事長が座った。


「そういえば嫌いなものがあるか聞いていませんでしたが、大丈夫でしたか?」

「脂っこいものじゃなかったら、とくに問題はない」

「でしたら大丈夫ですね。私もとしですから脂っこいものは控えてもらっていますので」


 わたしの言葉にそう言って理事長はやさしく微笑む。悪意などは感じられない微笑み。

 そんな中でお昼ごはんが運ばれてきた。

 料理はしゅんの春野菜をふんだんに使ったものだった。

 やさいのスープは野菜だしが利いているけどあっさりとしたやさしい味わいで美味しく、サラダはキャベツの甘味が活かされているしアスパラの甘さとサクサクとした食感が感じられた。

 つけ合わせのテーブルロールは柔らかくモチモチで甘くておいしい。これは……ここで作った? それとも商店街で買った? もしくは都会にあるパン屋かな?

 そう思っているとメイン料理がのった皿がおかれた。

 置かれた皿の上にはニジマスが1匹のっていた。見た感じからしてムニエルだと思う。

 きつね色のうっすらとした衣が表面についていて、ナイフをくびすじに入れると表面につけられた小麦粉のパリッとした感触がゆびさきに伝わり……背骨にそってきっていく。

 そして中骨から身を取ると今度は中骨を外して、首といっしょにどかしてからずらした身を乗せて……ひと口食べてみる。


「ん、おいしい」


 しょうゆベースのソースがニジマスの身に合う。そのまま食べても塩コショウもついているみたいで程よい味。

 つけあわせのスナップエンドウの甘さとゆでられたジャガイモのまったりとした舌ざわりで口の中がリセットされておいしく最後まで食べられる。

 そう思いながら食べていると視線を感じ、見ると理事長がどこか安堵したように見えた。

 わたしが見ていることに気づいたようで、理事長は謝ってきた。


「ああ、食事中に見ているのは失礼でしたね。ごめんなさい」

「ん、別にいい。でも……どうしたの?」

「いえ、只野さんはテーブルマナーをしっかりしているようなので、安心しただけです……」

「……パパとママもだけど、モルファルがそう言うのを大事にする人だから」

「モル……ああ、お爺さまのことですね?」

「そう」


 理事長の言葉に頷く。

 くわしく話を聞くとアレは同じニジマスのムニエルを頭から骨ごとバリバリと食べていたそうで、半田先輩は黙々とたいりょうに食べていたそうだ。ナイト生徒会長は企業の令嬢らしいからテーブルマナーをしっかりしているみたいだったけど、ふたりの子守りで料理に集中できなかったらしい。

 それを思い出しているみたいで理事長はとおい目をしていた。

 何というか大変だったんだろうと思う。

 すこしだけ理事長に同情しながら、わたしはムニエルを食べた。


 ●


「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまです。今日もいい料理だったとお伝えください」

「かしこまりました。料理人も喜ぶと思います」


 それからしばらくして昼食を食べおえて、皿が持っていかれるさいに理事長が使用人へとそう言うと恭しくあたまを下げられていた。

 そんな光景を見ていると本当に目の前の人は、上の立場にいる人なんだと思えてしまう。

 きっとそれはこれまでつちかった経験がものを言っているのだと思うことにした。

 異世界での日々、そしてこの世界に帰ってからの日々が理事長を理事長にしたのだ。

 そう思っているとデザートとして皿に乗ったクッキーと飲み物が置かれる。

 さっきまで理事長も紅茶だったけど、今回はコーヒーのようでコーヒー独特の香りが漂う。

 甘さが控えめになったいちまつ柄のクッキーを食べ、紅茶を飲む。

 クッキーも買ってきたものかと思ったけど……甘さや食べたときの食感から手作りだと思う。

 食後に食べるのにいい甘さだと感じながら食べていると理事長が話しかけてきた。


「こういうのを只野さんたちは何と呼んでいるのでしたっけ?」

「……フィーカ。食後のお茶というよりも、3時のおやつとかそれに近いと思う」

「なるほど、こういうのも良いですね」

「ん、お菓子としてシナモンロールがきほんてきに付いてくるけど、わたしはクッキーやビスケットの少しあまいお菓子のほうが好き」

「機会があれば試してみますね」


 わたしの言葉に理事長はほほえみ、コーヒーを飲む。

 何というか……その姿は本当に絵になるとわたしは思ってしまった。

 ……絵、か。そういえば、あの師匠たちが描かれた絵って師匠だけが持っているみたいだけど、理事長は持っているのかな?

 疑問に思ったからちょっと聞いてみることにした。


「……絵」

「はい?」

「師匠たちが描かれた絵って、持ってる?」


 突然話しかけたからか理事長は首を傾げる。

 だけどもう一度聞いた言葉でようやく理解して、すこしだけ困った表情をした。


「いえ、この世界に戻ったときに魔力などは残っていましたが、持っていたアイテムはすべて残っていませんでした。ですので賢者さまが送ってきた写真に写っていた絵をもとに描いてもらおうと思ったのですが……」

「うまくできなかった?」

「はい、絵か写真になのか分かりませんが、認識阻害の魔法がかけられていて画家に頼んでも描けませんでした。私自身、絵の技術がないので表現ができませんでした」

「……欲しい?」

「欲しい、ですか? あの絵を?」

「ん」


 わたしの言葉に理事長はすこし戸惑いながらも聞きかえす。

 それに頷いたわたしを見ながら、考える……けど無理と思いつつも返事をした。


「まあ、貰えるならほしいですけど……、描かれた絵は一枚だけしかありませんし、それを賢者さまが持っているので無理ではないですか?」

「だいじょうぶ。お昼ごはんのお礼ぐらいはするから、描くものと大きい紙か布をちょうだい」

「わ、わかりました。じゃあ……お願いします?」


 理事長はそう言っておじいさんに指示をだすとおじいさんはうなづき、食堂から出ていく。

 そして家のなかにそういう道具は揃っていたからか、おじいさんはすぐに戻ってきた。


「お嬢様、画材を用意いたしました」

「ありがとうございます。それじゃあ、只野さん行きましょうか」

「ん」


 立ちあがり食堂から移動し、廊下を歩いて部屋に案内されると独特なにおいがした。

 たしか……油絵のにおいだと思う。

 そう思いながら部屋の中に入ると、そこは元もと絵を描くための部屋のようでいくつかの画材道具が置かれているのが見えた。

 理事長も絵を描く人なのかと思いつつ見ると……苦笑された。


「描いている人かと思っているみたいですが……私は絵が下手で、お爺様が下手の横好きで絵を描いていたということがあってこの部屋が残っているんです」

「なるほど。でも、新しい?」

「はい、一応は絵描きに依頼するときにこの部屋を使ってもらったりしているので定期的に絵の具などが補填されていますね」

「ん、なら大丈夫……だと思う」


 返事をして、絵を立てかける三脚みたいなやつ……たしかイーゼルって名前の前に立つ。

 イーゼルには木枠に布が張られたキャンバスが置かれていて、大きさはポスターよりもすこし大きいサイズだった。

 それを見て、理事長を見る。


「同じもので良い?」

「えっと……そう、ですね。それで良いです」


 理事長のはぎれの悪い返事を聞きながら、キャンバスに向き虚空から杖を取りだす。

 その様子におじいさんから驚いた様子が感じられ、理事長からは「あの杖、賢者さまの……」という声がした。

 とりあえず失敗用なのか、キャンバスは何枚か……ある。じゃあ始めようか。

 魔力を室内に広げ、呪文とともに杖を振るう。


「彼の者の思い出を彩れ――≪描画ドローイング≫」

「っ!? これは……」

「なんて精密な魔法ですか」


 数枚のキャンバスが宙を舞い、踊るようにふでとパレットが動く。

 それはまるで童話のような光景で、使ったわたしも見とれてしまうものだけど……かつて師匠に見せてもらった記憶のとおりにキャンバスに絵が描かれていく。

 1枚、2枚、3枚と次々に描かれて、4枚が終わり……最後の5枚が他のキャンバスの中央に並ぶように置かれて作業が終了した。

 っと、忘れてた。最後に劣化防止……。


「≪保護コンサベーション≫……完成」

「これは……見事な写真のように綺麗な絵画ですな。……お嬢様?」

「………………す、すみません。少し目にゴミが入ってしまいました」

「……そうですか。ではしばらく黙っております」


 描かれた絵画を前におじいさんは感心していたけれど、理事長はしずかに目頭をおさえる。

 本人は目にゴミが入ったと言ったけど、わたしもおじいさんも理由が分かっているからなにも言わない。

 そんな彼女を見てから、わたしは自分が描いた絵を見る。

 この絵はかつて師匠が異世界から流れ着いたときに持ってきたものと同じものと、のちに師匠がその絵を真似て自分で描いた絵だった。

 元の絵には勇者、聖女、騎士、賢者の4人だけの集合絵だった。

 だけど、師匠がそれにつけたすようにしてかつて共に戦った仲間を周囲に足していった。

 理由があって離れていった仲間、戦いのすえに死んでしまった仲間、みんなが4人の集合絵に混ざるようにして微笑んでる。

 きっと師匠も異世界を懐かしく思っていたからこの絵を描いたのだろう。

 そう思いながらわたしはしばらく静かに目のゴミをとる涙を流す理事長を見ていた。

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