50円の件
端役 あるく
50円の件 前半
「であるからにして、昨今交番からの犯罪者の発見に伴う、連絡が学校の方へ何件も寄せられてきます。これからは冬休み、世間ではクリスマスなどの一大イベントもあり、皆さんも気持ちを高らかにしている時分でしょう、そんなときだからこそ、不審者には近づかない、出会ったらすぐ逃げる、早く家には帰宅するようにすることを心掛けていただきたのです。また………………」
何とも平凡で長い文章だ。
私もそのレベルの長さを考えることはあるが、口に出すほど、自制に疎いわけじゃない。
彼はかれこれ、15分は話続けている。
聞かされる人間の数は、教師、生徒合わせて1000人弱といったところか。
15×1000=15000 この男は1万五千分、250時間のときを奪っているのだ。
時給800円と換算し、今、あの男は200000円を無駄にした。
そしてその完全な無心の中、彼の浪費は終わった。
今日は、2学期の終わりを告げる大事な会。
パーティーと考えれば、人数にして参加費は安いか。
私は自分の居場所である、一室に向かった。
「あぁ、遅かったね。ふみ」
先にその一室にいる男性は私の名前を入れながら、話しかけてきた。
「お兄様こそ、お早いことで」
「皮肉かい?」
「はい、皮肉です。」
その兄は笑った。
「言うようになったね。お兄ちゃんは嬉しいよ。」
「仕事はもうないんですか。学期末です。生徒会にはそれなりに仕事が残っていると思って訪れたのですが。」
これは嘘だ。ただ来たの間違いだ。
「いや、大丈夫だよ。幹部会がみんなやって行ってしまってね。なんでも、妹さんと最後ぐらい遊んでくださいだと。」
「嘘ですね。」
「バレた?そうだよ、ただお兄ちゃんは君を待ってたんだ。さぁ、帰ろう。もう仕事はさっき自分で終わらせたんだ。」
随分と早口で気持ちが悪いが、彼がこんななのは小さいころから知っているし、自分の中で論議することにも疲れた。
「そうですね。仕事がないなら帰りましょう。」
そう言い捨てて、踵を返す。
「えっ!マジ?」
背中に彼の抜けた声がぶつかったが、気にせずに歩く。
たったっと荷物をまとめて走ってくる兄を少しも待つことも無く、歩く。
学校を出てから数分。
兄はあれだけ堂々と誘ってきたのにも関わらず、私の半歩後ろを歩くばかりで話しかけてくる気配もない。
でもこちらから後ろを向いて兄がニヤニヤとでもしていたらこれから生きていけなくなるのでしない。
左手には公園が現れる。
こんな時間でも子供はたくさん遊んでいる。
鬼ごっこか、かくれんぼか、その複合のような遊びだ。
一人は虫網、一人は虫かご。
一人は双眼鏡を首からぶら下げているものもいる。
子供に随分といいものを持たせているんだな。
教育の一環だろうか。
その近くでは奥様方が3名で井戸端会議をしている。
人数的な理由と、子供へのあまりの無関心さからあの子供たちの母親ということではなさそうだ。
肩からはかわいらしいマイバックをそれぞれが下げており、いかにも買い物をしてきましたというようにバックはパンパンに膨らむ。
その近くをうろつく、怪しげな男。随分と黒々しい服を着ているが、まぁ今の気候では寒さ対策であれほど着込むことも珍しくはない。
「あ!ふみ」
後ろから、私の名前を呼ぶ兄は、私の後ろを通り過ぎ、あるところへ向かった。
ぴかぴかと決まった明るさで辺りを照らし続ける、自動販売機だ。
「ふみ、ジュース買わないか。今晩は特に冷え込むって言ってたし、ここから家に帰るまで手が持たないだろう。」
「いいですが…」
自動販売機の品ぞろえを見る。
その中の一つに決め、学生カバンからお金を取り出す。
「ちっちっち、妹よ。こんな状況で兄が払わないとでも?」
それを得意げに言い放った後の彼に何が良いのか冷たく伝える。
手持無沙汰になった視線はふと下に向かった。
うっすらと見える銀色のそれを視界にとらえる。
お釣りの取り出し口。
そこには確かに50円玉が入っている。
不躾にもそれに手を伸ばす。
瞬間、その腕は横にいる者に止められた。
「やめときなよ。変なものに触れる時は先に考えてから行動することだ。」
「変なものではありません。ただの50円玉硬貨です。」
そう兄に言ったが、先に歩いて行ってしまう。
私の分の飲み物を後ろに見せながら歩く。
その後ろ姿に私は駆け寄りながら、もう一度言った。
「50円玉硬貨です。」
横に着く彼には笑みがこぼれている。
「だから、それが変だと言ってるんだ。」
「何がです?」
兄は手の飲み物を私に手渡し言った。
「このジュースは百円なんだよ。」
「それがどうかしましたか?」
「実は私のも百円だ。」
「まさか」
「そう、あの自動販売機は100円均一なんだ。ではあの50円はどこからやって来たのか?今日は帰りながらにでもそのことを考えようか」
さらに兄は不敵に笑った。
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