第14話 寿観21年の桜刃組
まず見せられたのは、一ノ宮時也だった。煙草を吸いながら派手な女性と立ち話している姿の隠し撮りだった。年齢は宗助よりも幾分か若い男だ。銀髪の長い髪をマンバンにしているのが特徴的だ。ヤクザというより、ヴィジュアル系バンドのメンバーといった方がしっくりくる。爬虫類のような顔で人を食ったような笑みを浮かべていた。なるべく近づきたくないタイプだ。
宗助は名前だけ告げて写真を裏返してしまった。清美が詳しい説明を求めた。積極的な態度に多少気を良くした宗助は戯画的に嫌がりながら詳しく話し出した。
――彼は二代目組長にスカウトされて桜刃組に入った。入ってすぐ二代目組長の片腕のような扱いを受けていた。悪趣味なサディストという共通点で気が合うようだ。二代目組長はシンパと言いたくなる人間を多く抱えていた。彼もその一人だ。彼以外のシンパは二代目組長死亡の際に非情にも桜刃組を抜けた。桜刃組に残った彼は主に暴力的な解決が必要な際に動く人間となっている。話が通じるタイプじゃない上、歪んだ理想を押し付けてくるから交渉事には向いていない。嫌いだし、重要じゃないから桜刃組にまだいるってことだけ覚えておけばよい。
清美は目を丸くしていた。一ノ宮という人間よりも、今まで避けられていた二代目組長の話が聞けたことに驚いたのだろう。私もそうだった。
宗助は一ノ宮が余程嫌いらしく、私達のリアクションを無視して次の写真を出した。
そこに写っていたのは猪沢優作だった。この写真も隠し撮りだった。居酒屋のカウンターで疲れた顔をして日本酒を飲んでいる姿だった。随分と優しそうな目元をしていた。彼もヤクザには見えない。普通のくたびれたサラリーマンのようだった。清潔感はあるし、派手な格好でもないので、見ているだけで親しみが持てた。宗助とそんなに歳は離れていなさそうだ。
宗助は和やかな調子で彼を紹介した。
――彼の父親が初代組長と一緒に桜刃組を興した。彼の父親は初代組長の代では若頭だったが、今の若頭は彼だ。といっても、桜刃組は正式には在君と彼と一ノ宮しかいない。彼は初代の頃から組に属しており、宗助と同じ時代の人間だ。人の情を理解しているし、平和主義で悪い人間ではない。が、立ち回りも上手くできない不器用な人間だ。宗助がリンチされた際に彼もいたが、その時の行動で二代目組長に見限られ、以後は車の運転だけをさせられていた。在君の代になってからも桜刃組に残ったが、人員不足な上に一ノ宮はピーキーなので暴力沙汰以外は殆ど彼がしている。弱気で人に甘く見られやすいのが功を奏したのか、それとも意外な才能に目覚めたのか、他の組との付き合いが上手い。基本的に人に優しいから、清美が桜刃組に入った時も頼るといい。それを除いても重要人物なので、必ず覚えておくこと。
リンチという言葉に橙司が戸惑っていると、清美が説明した。
――二代目組長が、初代組長の代を知っている人間が逆らえないように見せしめにやった。昔、桜刃組を会社として話している時に出た二代目組長との不和とか、喧嘩とか、追い出されたとかそういうのは全てこのこと。
平然とそんなことを言うので、橙司は驚いた。宗助も特に反応を示さず、次に行こうとしていた。橙司がそれを止めた。リンチのことを詳しく聞こうとしているのかと思ったが、別の事だった。
――猪沢は嫌いではないのか?
橙司の疑問に宗助は瞬き、唸った。
――どっちかに分けないといけなければ、好きではある。が、好きかと言われると嫌い寄りだ。境遇上傍にいることが多かったから、その分の愛情はある。しかし、性質は合わない。
橙司は返事に満足せず、更に聞こうとした。しかし、宗助は、言葉にできないと強く言って、強引に次の写真を見せた。
その写真が私の度肝を抜いた。
この写真も隠し撮りだった。スーパーマーケットで葱を手に取っている姿だった。先の二人がスーツ姿だったのに対し、ダッフルコートにジーンズというラフな格好だった。買い物かごには白菜、人参、エノキダケが入っていた。多分、鍋料理をするつもりだろう。兎に角所帯じみていた。その子はどう見ても未成年だった。それも清美より年下に見えた。癖のある髪を肩ぐらいまで伸ばしていた。栗鼠のような可愛らしい顔立ちで、黒目がちな目を縁どる睫毛は長く濃い。コートの下の足は華奢だった。
――清美より年下の女の子が何で出て来るんだ?
疑問を口にすると、橙司が声を上げた。彼の目から見れば年下の男らしい。清美も驚いていた。
――三ツ矢焔の筈ではないのか。俺より一つ上の強い男じゃないのか。
清美の言葉に私も橙司も言葉を失った。宗助が肯いて、説明をした。
――彼は三ツ矢焔だ。清美が言った通り、清美の一つ上の高校二年生。今は高校に通いながら、桜刃組で在君のボディーガードのような役割をしている。三ツ矢は剣道の道場を営む家で、桜刃組とも繋がりが深い。初代組長らが桜刃組を立ち上げる前から彼らに剣道を教えていた。宗助もそこで習っていたことがある。二代目組長が桜刃組で働き始めた頃、二代目組長は浪費癖のあったその当時の三ツ矢の家長に返しきれない程の金を貸した。それが発覚した後、初代組長の計らいで、有事の際に桜刃組に力を貸すことを条件に利息は取り立てないことになった。その縁で在君と焔君は幼い頃から交流していたらしい。今年の一月に二代目組長が死亡して在君が調子を崩したので、焔君は彼の私生活全般の世話をすることになった。写真はその頃のものだろう。冬を越す前には前述の役割をもすることになった。剣道成績は芳しくないが、いとこおじから習った杖術に優れており、桜刃組でもそちらを使用している。姿からは想像できない程強く、まだ敗北を知らない。人当たりがよく、桜刃組の味方をしている組の人間の覚えも良い。人が苦手な在君が酷く懐いていて、精神的支柱となっている筈だ。清美が桜刃組に行くときに桜刃組にいれば良き先輩となってくれるだろう。道場の方で働いていても、清美は道場に通うべきだから接することもあるだろう。覚えておき、また会った際は好意的に接するように。
宗助の話を恐ろしく思った。まさか清美と年齢が殆ど変わらない人間が、清美よりも幾分と弱そうな見た目をした人間が桜刃組にいるとは思わなかった。そして、暴力を振るっているというのも信じがたかった。
私の感情の揺れを無視して、宗助は次の写真を見せた。
在君だった。膝下まである黒いロングコートを着ていた。隣にいる猪沢と話しているようだが、分かりやすい感情は顔に現れていない。猪沢よりも明らかに背が高い。彼がかなり高いらしい。体つきは程よい細身でスタイルがいい。頬辺りまで伸ばした前髪を真ん中で分けている。鼻が高く、全体的に整った顔立ちをしていた。その中でも目が特徴的だった。黒目がちで睫毛が長いという所は焔君と共通していた。あちらは垂れ目気味だったが、在君は切れ長だった。冷たい感じの美形で見た目を売りにした仕事をしてても違和感がない程だった。しかし、「蜂準長目」という秦の始皇帝の姿を表した言葉を思い起こさせる見た目でもあり、異様な経歴にしっくりと来た。
清美は、祖父の初代組長に似ていると口にした。私も橙司もその人の姿を知らなかったので、戸惑った。宗助は嬉しそうに笑った。
――彼の姿を見れば、誰だって連想する。二代目組長が彼を嫌っていたのも、白金会の会長が桜刃組の存続を支援したのもそれが理由の一つに違いない。
白金会という私でも知った名前が出てきて心臓が跳ねた。白金会というのは日本中に傘下の組を置く、巨大な組織だ。総本部は確か兵庫にあると聞くが、まさか京都の辺鄙な地にある桜刃組に白金会自体が関わってくるとは想像もしなかった。
宗助は在君の説明をした。優しい声だった。
――薬師神子在は現在の桜刃組の組長。三代目になる。父は二代目組長の淳、母親は著莪院という元財閥の娘だ。二人は不仲で、淳は末森甘夢という少女を家に連れ込んだ。在君が十一歳の頃に甘夢は焉という子を産んだ。在君は幼い頃から父親に嫌われていた。性格が合わないということもあったようだが、特に初代組長に似た見た目で嫌われているようだった。淳は在君を痛めつけるだけでなく、その見た目を利用して初代組長の時代の人間に嫌がらせをした。髪型をも初代組長に似せさせ、わざと人前で傷付けた。在君は幼い頃から淳に抵抗せず、されるがままだった。特に酷いことに、淳は惨殺する為のグループをつくり、そこに在君を入れた。そこには猩々屋善継等初代組長の代にも仕えた人間がいた。在君はそこで鉈を渡され、悪趣味な行為に加担させられた。しかし、甘夢と恋人になった以降でわざと失敗するようになった。使い物にならないと判断され、武器密輸の方を手伝うようになった。そこで才覚を見せていた。しかし、今年の一月、恋人の甘夢が発狂した。在君の父母を殺し、我が子を失踪させた挙句に自殺した。運動面で特別優れていた訳でもない女一人が起こしたこととは思えず、他に共犯者がいたか、淳自身が加担したかどっちかだろう。一人残された在君は塞ぎ込み、その間に殆どの組員が桜刃組を去った。在君はそれを止めなかった。焔君に支えられて桜刃組を動かせるようになっても、人員を補充しようとはしなかった。それどころか、在君自身が桜刃組を潰そうとした。当然、誰もそれを許さなかった。その時、白金会の会長は兎良島武瑠――自身の母の瑠璃と共に桜刃組に属していたが、二代目組長の時代に白金会へと移り、幹部にまで成り上がった男――に桜刃組のサポートを命じていたが、在君の動きを知るや否や自ら止めに入った。武器の調達に利用していたから困るというのが建前の事情だった。しかし、会長が憧れていた初代桜刃組組長によく似た孫によって桜刃組が消されることに我慢がならないのが本音のようだった。在君は白金会会長の言葉を結局は聞き入れた。唯、二代目組長が始めたことのうち武器密輸以外は殆ど切り捨てた。今はまだ桜刃組に逆風が吹いているが、在君は乱心もせず落ち着いている。
言葉を切って、宗助は清美を見た。清美は言葉を促されたように感じたらしく、新情報が多かった、と言った。その言葉以上に思う事があったのは、苦い顔から察せた。
宗助は何やら頷いて、実感が湧きにくいことだろう、と言った。
――清美には在君を精神的に支えてほしい。頼れる人間が今のままでは少なすぎる。その為に、在君を人間として見てほしい。けれども、自分一人が出来るのは情報の羅列だけだ。だから、無理を言ってこれを調達した。
宗助は残り二枚の写真を並べた。一枚は被写体がカメラを見ていた。もう一枚の方は今までの殆どの写真と同じく隠し撮りで、被写体がカメラを意識していなかった。
前者は、在君と焔君が並んで座っていた。在君はぶっきらぼうにこちらを見ていた。先程の写真と比べると、若干不服そうだ。焔君は在君の腕を引っ張って微笑んでいた。営業スマイルだとすぐに分かる笑い方だった。
後者は二人とも会話中のようだった。服装も場所も先程の写真と同じだったから、同日のもののようだ。在君も焔君も笑っていた。焔君は先程とは違い、悪戯気な笑みを浮かべていた。随分と自然で、スーパーの写真よりもずっと少年らしかった。在君は笑うと近寄りがたい冷たさが薄まって、あどけなさが見えた。宗助が語ったような重苦しい過去を背負っているようには見えなかった。
その写真の対比が残酷に思えた。愛らしく笑うこともある人間が過酷な道を歩かされているという現実に、そして清美もそこに放り込まれるという将来に吐き気がした。
宗助が清美に感想を求める。清美はわざとらしいつんとした声で、在君は笑っていた方がいいと言った。宗助が清美にそうさせることを勧めた。清美はむっとして、焔君で十分だと返した。宗助が唇を尖らせる。
――ずっと焔君がいればいいが、いずれ道場に戻るだろう。それに、この子はこの子で問題がある。今はそれが上手い事作用しているが、バランスを崩せば在君を苦しめかねない。
清美が詳細を尋ねると、宗助は焔君の母親の自殺に淳が原因になった可能性があることや焔君が在君の腹違いの弟であるかもしれないことを言い出した。清美は聞いている最中に舌を出し、聞きたくないと言い張った。宗助がむっとすると、橙司が口をはさんだ。ヤクザらしいヤクザが見たいとお願いすると、宗助は荷解きしてくると言って、嬉しそうに自室に戻った。
残された私達三人は誰も何も言わなかった。皆、言葉が見つからなかったのだと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます